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パイレーツ・オブ・マーメイド ~奴隷の英雄~  作者: スタジオぽこたん
パイレーツ・オブ・マーメイド3 ~奴隷の英雄~
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プロローグ 若獅子の誓い

お待たせしました。

本編再開です。

どうぞお付き合いください。


 それは懐かしくも、ほろ苦い――父に叱られた思い出の記憶。

  

 最低限の茶道具が置かれた四畳半の茶室は、とても簡素で、湯の沸く音が静かに響く。

 普段は入る事を許されないその場所で、居心地悪げに正座する幼い少年の前には、鷹のように鋭い目を持つ男が座禅を組んでいた。

 男は柄杓で、茶釜に水を足すと、

「――――琉風よ。術の修行はつまらぬか?」

 と、こちらを見ずにそう言った。

「…………そんな事は、ありません」

 下を向き、琉風と呼ばれた幼い少年は答える。 

「ここには私とそなたしかおらぬ。正直にもうせ」

「僕には『術理』の才はありません。何度やっても……何をやっても、お爺様のように上手くいかないのです」

「だから修行を投げ出し、蘭学小屋へ行ったのか?」

 柄杓を置いた父は、身体ごとこちらへ向きなおる。

「…………はい」

 父に叱られると、琉風は身を硬くし目をギュッと閉じた。

 だが、

「西洋の学問は楽しいか?」

 その声はあまりに優しくて、琉風はパッと顔を輝かせて、

「楽しいです!」

 と、答えてから、厳格な父の顔に慌ててうつむいた。

「琉風よ。そなたが世間では何と呼ばれているか知っておるか?」

「いいえ……」

 きっと良い評判ではないだろうと、琉風は小さい身体をさらに小さくした。

「そなたはな、橘の『麒麟児』と呼ばれておるのだ」

「麒麟児?」

「天賦の才を持つという意味だ」

「僕が!?」

 予想外の父の言葉に、ルカは驚きに顔を上げた。

「そなたにその自覚はないやもしれぬ。だが、我が父――橘道雪が、才なき者に橘の『秘奥』を伝授するはずがなかろう?」

「で、ですが、僕はもう七つです。兄様達は七つには槍を振るっていたと聞きます。でも、僕はまだ……刀を握る事すら許されていません」

 少女のように細い手足の琉風は、背が高く逞しい兄達に強い憧れを抱いていた。 

「兄達にそなたほどの才はない。一つを極めなければ生き残れぬのだ」

「あ、兄様は強いです!」

「当然だ。あれは橘の次代を担う男達ぞ。強いに決まっておろう」

「はい!」

 力強い父の言葉に、ルカは嬉しそうに返事をした。

「私はな琉風よ。そなたは橘の家には納まらぬ器と思うておる。いずれは広い世界に羽ばたくであろうとな」

「――――世界に?」

「だからこそ、そなたには出来る限りをしてやりたいのだ。後悔せぬようにな」

「とと様……」

「一つ昔話をしよう。私の若かりし頃の話だ」

 父はそう言うと、茶室の連子窓から外を見やる。

 今まで見た事のないほど悲しげな表情で。

「私と、そなたらの母とは俗にいう許嫁でな。千郷の家は神代から続く剣巫の大家で、あしきを祓う聖なる一族であった。鬼狩りの橘とは古くからの付き合いで、歳も近い私達は二人で修行し、知らぬ間に惹かれ会うようになっておった」

 初めて聞く父の過去に、琉風は静かに耳を傾ける。

「あれは――――私が十五になった夏の日だ。千郷と二人であやかし退治をしていた私達の前に、陰陽師の少女が挑んできたのだ。少女は、私が斬ろうとしていたあやかしを守ろうとしておった」

「あやかしを守る?」

「そうだ。あやかしにも心があるという不思議な少女でな。あやかしに魅入られておるのかと思うたが、曇りなき澄んだまなこをしておった」

「どのような人だったのですか?」

「そなたらの母は、清楚でありながらも強く美しい女性だ。逆にあやつは……男勝りで勝ち気であった。この私を投げ飛ばしたのは、後にも先にもあやつだけであろう」

 そう言って、父、宗重は苦笑した。

 七つの琉風に大人の恋が理解出来るはずもないが、それでも父にとってその女性が、母と同じくらいに大切な人なのだというのはわかった。

「その方はいま?」

「生きてこの世にはおらぬ。この私が、首を斬り落とした(・・・・・・・・)故に、な……」

 父はこちらを真っすぐに見つめ、そう言い放つ。

「!!」

 琉風は驚愕に声を失った。

「覚えておくのだ琉風よ。人は愛を知る事で無限に強くなれる。だが、愛を知るからこそ――どこまでも深い闇に堕ちてしまうのだ」

「と、とと様……」

「私は失敗した。愛ゆえに業を背負うあの者を、止めることも、救うことも、共に死ぬことも出来なかった卑怯者よ。この身はいずれ……相応の酬いを受けるであろう」

 父はそこで言葉を切ると、こちらの頭に手を乗せ。

「強くなるのだ、琉風。何者にも屈せぬほど強くなれ。そして、真に愛する者と出逢ったなら決して手離してはならん」

「ですが、とと様」

「なんでも申してみよ」

「あ、愛する者がとと様のように二人になった時は、どうすればいいのでしょう?」

「迷うことなどない。選ぶ必要などないのだ。そなたが愛する者を全て愛せばよい。何人でも、何十人でもな」

「そ、それはあまりに不埒では……」

 厳格な父の言葉とは思えない台詞に、琉風は目を白黒とさせた。

「ははははははッ! そう。不埒だ。大和男児の風上にもおけぬ不埒者よ。だが、私に不埒者の汚名を被る勇気があれば、あの者を夜叉に落とさずにすんだであろう。千郷を今も苦しめる事もなかったであろう。全ては……我が身の不徳よな」

「とと様。僕は決めました!」

 琉風は胸に手を当て、すくっと立ち上がる。

「なんだね。橘の若獅子よ」

「――――僕は、日ノ本一の不埒者になります!」

「よくぞ言い切った。ならば、強くならねばな!」

「はい!」

 それはまだ、ルカが己の運命も、己の身に課せられた試練も知らぬ頃の優しい記憶。

 覚えているのは父の笑顔と、淹れられた茶の苦さ。

 

 そして、日ノ本一の不埒者になると誓った、父との約束であった。

エピローグまで毎日更新の…予定。

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