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エピローグ 帰港

エピローグ 帰港 



   

 ハイランドを出港してから八日目。

 ルカ達が乗る『ブラックファルコン号』と、イスパニア帝国の商船『サン・フェリペ』は、既にコロンビアの領海にあり、フリョーダの海軍本部がある《サザングレイス大要塞》まで、六七海里のところまで来ていた。

 昼頃には海軍本部に着くだろう。

 メインマストの見張り台に立つルカの隣には、風になびく青い髪を押さえる女神のように美しい少女・アテネがいた。

 すっかりトレードマークになったメイド服を纏い、ルカと同じ方角を見つめる。

 水平線の先には、白銀に輝く船が見えていた。

 コロンビアが誇る最強の超大型フリゲート艦『ステラ・マリス号』である。

「大冒険でしたね、ルカ」

 白銀の女神の姿を懐かしげに眺めながら、アテネは呟く。

 その声には、喜びと興奮、そして、僅かな哀愁が籠められていた。 

「確かに大冒険だったな」

 海に落ちたマーメイドを助けたら、竜宮城ではなく無人島での暮らしが待っていて、黒髭との出会いに、海の悪魔との戦い。最後は悪い海賊を退治し、囚われた人々を助け出し、船とお宝まで手に入れた。

 冒険譚として一冊の本に出来そうな苦難と、困難を乗り越え、得難い出会いを、ルカ達は経験して来たのだ。 

「ルカと一緒だと、退屈する暇がありませんね」

 メイド服のスカートをふわりとひるがえし、後ろで手を組みながら、アテネはこちらを向いた。 

「それはこっちの台詞だ。頼むからあまり無茶をしないでくれ。アテネが海に落ちた時は……本当に心臓が止まるかと思ったんだ」

 ルカは眼前に立つ蒼い髪の少女を、心の底から愛しいと感じている。

 身分も立場も、関係ないほどに。

 だが、強い絆を得れば得るほど、想いを通じ合わせれば合わせるほど、別れは――想像を絶する痛みとなって心を壊すだろう。

 最早ルカには、アテネのいない生など考えられなかった。 

 アテネはしばらくのあいだ逡巡すると、口を開いた。

「いいえ、これからも誰かを助けるためなら、私はまた、無茶をしてしまうでしょう。だから――」

 そこで言葉を切ったアテネは、頬を染め、後ろで組んだ手をモジモジすると、

「――――だから、ずっと……側にいて下さい。私が無茶をしてまた海に落っこちてしまわないよう、ルカという名の『鎖』で……私を縛って欲しいのです!」

 勇気を振り絞るように告白した。

「せっかく牢獄から抜け出せたのに、鎖で縛ってしまっていいのか?」

「ルカと一緒なら、あの暗くて寒い牢獄だって幸せを見つけられます」

 アテネは真っ赤な顔で、言い募る。

 ルカはそんな愛しい少女の頬に手を伸ばす。  

 頬を撫でると、アテネは嬉しそうに身をゆだねる。

「俺は……アテネが思っているような、清い男ではないぞ?」

「構いません。ルカがエッチな事は……その、十分知っていますから」

 アテネは、何故か嬉しそうに頬を染めた。  

「なら、俺が今、何を考えているかわかるか?」

 ルカはアテネの頬から、細い首筋を通り、鎖骨に指を這わせる。

 鎖で縛って欲しいと言われた瞬間から、ルカは、アテネに『首輪』を着けて鎖で繋いでしまいたいという醜い欲望を抱いてしまった。

 仄暗い炎を心に宿してしまった影響なのか、それとも元からこのような邪な性格だったのか、ルカは自分の愛情がいつかアテネを傷付けてしまうんじゃないかと恐れていた。

 だが、

「わかります。ルカは今……私に首輪を着けたい(・・・・・・・)――そう、考えています」

 アテネは潤んだ瞳で真っすぐにルカを見つめると、熱の籠った声でそう言ったではないか。

「!?」

 これには、ルカは驚きに目を丸くするしかなく。

「あまり侮らないで下さい! 私の方が、ルカの事をずっとずっと好きなんですから!」

 恋する乙女の甘く、勇ましい叫びが、大空に響き渡る。

 ルカの心にジクジクと燃えていた仄暗い炎が、津波のようなアテネの愛に一瞬でかき消され、沸き上がるのは笑みが浮かぶほどの清々しさ。

「その言葉は聞き捨てならないな。俺の方が、アテネを好きに決まっているだろう?」

 負けてなるものかと、ルカは吠える。

「いいえ、私です」

「いいや、俺だ!」 

「なら、勝負です! どちらがより相手を想っているか勝負です!」

「望むところだ!」

 ルカとアテネは額を突き合わせる勢いで顔を寄せ合うが、どちらとともなく噴き出して、青空に笑みを木霊させた。

 しばらく笑いあっていたルカは、腰のツールベルトのポーチから神珠を取り出した。

「それは?」

「クラーケンから取り出した神珠らしい。テュッティに貰ったんだ」

「す、凄い!? クラーケンの神珠なんて値段が付けられないほどの価値がありますよ!」

「そうらしいな」

「やったじゃないですか、ルカ! これで奴隷身分から解放されますね!」

 自分の事のように喜ぶアテネだが、ルカは首を振って神珠をアテネに差し出した。

「銃の事は詳しくないが、これを触媒にすれば壊れた銃を、より強力なものに修理できるだろう?」

「だ、駄目ですよ! 受け取るわけにはいきません! それはルカのために使うべきです!」

 両手をぶんぶん振って、アテネは受け取りを固辞する。

「奴隷身分の解放は、軍で働く限り遠くない未来に必ず叶う。なら、これは無茶をするマーメイドのお守りにすべきだ」

「で、ですが!」

「テュッティが言っていた。この世には金で買えないものがあると。俺はこれでアテネ……君の命を守りたいんだ。頼む、俺のためだと思い受け取ってくれ」

「ルカは、ルカはわかっていません! この神珠があれば一生遊んで暮らせるどころか、三代にわたって尽きる事のない富を得られるのですよ!?」

「金は大事だ。それは家族のために奴隷となった俺が一番知っている。だが、あの無人島での暮らしは、苦労も多かったがそれ以上に『ゆたか』だったと確信を持って言える。俺は気が付いたんだ。アテネさえいればどんな場所だって楽園に出来ると。一生遊んで暮らせる金も、三代にわたって尽きない富も、君という存在には代えられない!」

 ルカは灼熱する愛情を、胸の丈を、言葉に乗せて伝える。

 アテネは頬を真っ赤に染め、心の底から嬉しそうに、だが、ほとほと困った顔で神珠を受け取った。

「こんな高価な品を受け取って、お礼の言葉だけでは私の気が済みません。私もルカに何か差し上げたいのですが……あいにくこんな品と釣り合う物は……」

 アテネは何かないかとエプロンのポケットを漁るが、後でこっそり食べようと思っていたクッキーしか出てこなかった。

 そんな可愛い少女に、愛しさがさらに沸き上がって来る。

「何もいらない。アテネがいれば他になにも」

「いいえ、駄目です! 私もルカにちゃんとしたお礼がしたいのです。私に出来る事ならなんでもしますから!」

「本当に、なんでも――望んでいいのか?」

「はい!」

「アテネならわかるんじゃないか? 俺の望みを……」 

 ルカがそう言うと、アテネはじっとルカの瞳を覗き込む。

 しばらくして、

「あ、う…………」

 アテネは可愛らしく呻くと『唇』を押さえ、ボンッ! と、火が噴き出る勢いで顔を真っ赤に染めた。

 こちらの望みを正確に理解した少女に、ルカは歩み寄る。

 アテネは無意識に後ろに下がるが、狭い見張り台では逃げる場所があるはずもなく。

「駄目か?」

 と、ルカが問えば、アテネは首をぶんぶんと左右に振って、

「だ、駄目じゃないですッ! ただ、改めて求められると恥ずかしくて……でも、覚悟は出来ています!」

 頬を赤く染めたまま毅然と顔を上げた。

 人工呼吸などで、何度か口と口を交わらせた事はある。

 だが、これだけ想いを通じ合わせた二人は、今だにキスに慣れてはいなかった。

「目を閉じてくれ」

「……こ、これでいいでしょうか?」

 祈るように両手を組み、素直に目を閉じたアテネは、少しだけ顔を上げて背筋を伸ばす。

 完璧な、口付けの体勢だ。

 ルカは両手で掴めそうに細いアテネの腰を、優しく抱き寄せる。

 あ――と、甘い吐息が漏れ、ルカはそれすらも惜しむように艶やかな少女の唇を奪う。

 もう、言葉は必要なかった。

 触れ合う唇から、交わり合う視線から。

 そして、互いの胸の鼓動から、全てを知る事ができるのだから――


 出港した船は必ず帰港する。

 それは一つの冒険の終わりであり、同時に、次の冒険までのほんの僅かな羽休めでしかない。


 海は、どこまでも無限に広がっているのだから――


これにて、パイレーツ・オブ・マーメイドの二巻は完となります。

いかがだったでしょうか?

少しでも楽しいと思っていただけたら、作者としては嬉しい限りです。


三巻の公開までしばしのお別れとなります。

また次の冒険で、お会いしましょう。

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