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海兵隊は三つのチームに分けられた。
砦を攻略する、海兵隊長セラフィナ率いる『ブルーチーム』二十名。
臼砲艦を奪取する、海尉見習いのマリナを隊長にする『ブラックチーム』二十名。
残りのメンバーは、母艦であるステラ・マリス号の戦闘員として待機。
ルカとアテネは、ブラックチームに配属され、まもなく作戦決行の時間となる。
と、
「でもさ、海賊の『格好』をする日が来るなんて、夢にも思わなかったよ」
軽い口調で言うのは、ビキニの水着とミニ丈のスカートを履いて、海賊に変装する緑の髪の少女で、名はクロエ。
海兵隊の士官候補生であり、代々フォーサイス家に仕える従士の一族である。
「うふふ、よくお似合いですよ。クロエさん」
落ち着いた雰囲気で上品に微笑むのは、ピンクゴールドの長い髪と、アメジストの瞳を持つ少女で、名はマリナ。
海兵隊に所属する海尉見習いであり、ブラックチームの隊長だ。
マリナもまた、ビキニの水着に、非常に短い丈のスカートを履いて海賊に変装していた。
「そんなボインボインを見せながら、似合うっていわれてもね。っていうか、もう少し小さいサイズとかなかったわけ?」
クロエは羨ましげに、マリナの豊かに実った二つの果実を見つめる。
華奢でスレンダーな体系なクロエは、ブラのサイズがどうにも合わない様子だ。
これらの海賊衣装は、先の戦いで捕らえた海賊たちから回収したものだ。
何故、海賊のフリをするのかというと、臼砲艦を制圧するの時に、少しでも敵から発見をカモフラージュするためである。
「サイズが合わないなら、こうすればいい……」
と、言ったのは、銀色の髪と、金の瞳を持つ、美しくも無表情な少女。
彼女の名前は、ルテシャ。
砲術科に所属する士官候補生で、ガンマイスターの資格を持つ紋章学のエキスパートでもある。
ルテシャは十三歳だが、年齢以上に幼い身体つきをしているため、胸元には水着ではなく包帯を巻いていた。
ブラックチームには海兵隊の他に、船と砲を操作するための水兵も同伴する。
彼女はその一人だ。
「すまないが、我慢してくれ」
海賊に変装しようと提案したのはルカであった。
「別に、ルカッちを責めている訳じゃないよ」
「それにしても、海賊に変装するだなんてよく思いつかれましたね。これなら霧越しにはそうそうばれません」
マリナが感心した様子で言った。
「確かにね。どう、ルカッち。ちゃんと海賊に見えてる?」
クロエは腰に手を当て、海賊っぽくしなを作った。
「ああ、どこからどう見ても海賊だ」
肌色が増えて目に毒な光景だが、商船の仲間も似たような格好だったため、ルカは特別どうとも思わずクロエの姿を評価する。
「あとは、アテネさんだけですね」
と、マリアが言った。
アテネはルカの前で着替えるのは恥ずかしいと、一人だけ船内で着替えていた。
「あ、噂をすれば準備が出来たみたいよ。お嬢様、早く早く!」
クロエが手を振る。
「――――ッ」
特別どうとも思っていなかったはずなのに、そこにアテネの三文字が加わるだけで、ルカの鼓動はおかしくなる。
「お、お待たせしました!」
恥ずかしげなアテネの声に、ルカは緊張と期待を隠して、後ろを振り返る。
だが、そこに立っていたのは――『メイドドレス』を着たアテネの姿であった。
「……海賊の服はどうしたんだ、アテネ?」
心なしか寂しげにルカは言った。
「えっと、その……胸のサイズが合わなかったのか、壊れてしまいました……」
アテネは羞恥に頬を染め、胸元の紐が切れた水着をルカに手渡した。
確かに、アテネの胸は相当大きい。それはメイド服の胸元に刻まれた深い谷間を見れば明らかだ。
だが、ブラの紐がちぎれるとは、どれほどの重量なのだろう。
「時間がないし、アテネはそのまま行こう」
予備の服はないし、今から準備するには時間がなかった。
「ごめんなさい、ルカ」
作戦成功に並々ならぬ熱意を注ぐアテネは、申し訳なさそうに頭を下げる。
「いや、問題ない。むしろ、戦闘中に切れなくてよかった」
「大丈夫だってアテネお嬢様。もし見つかってもその格好じゃ、絶対海軍とは思われないって」
「そう……でしょうか? あ、またお嬢様と言いましたね!」
怒るアテネに、クロエは慌ててマリナの後ろに隠れる。
ルカはまじまじとアテネのメイド姿を見つめていたが、
「そのメイド服だが、光を全く反射しない布地なんだな。隠密性はかなり高そうだ」
と、感心したように呟く。
かくいうルカも男装という形で、黒装束で固めていた。
上下も黒で、ブーツも黒。最後に黒のマフラーで口元を覆えば、闇に同化するかのように気配を消せる。
大和の国では隠密として知られる『忍者』の格好であった。
「ほ、本当ですか!?」
アテネは嬉しそうに言う。
「ああ、本当だ。それにアテネは体術のエキスパートだから隠密戦闘は得意だろう? 頼りにしているぞ」
「ええ、任せて下さい!」
頑張りますのポーズを取るアテネに、ルカは力強く頷いた。
そんな息の合った二人を、微笑ましそうに見つめるクロエとマリナは――
「ほんと、ルカッちは、アテネお嬢様の扱いが上手だよね」
「扱っているという感覚がないんでしょう。どちらも凄く自然体で、互いに支え合っているように感じます」
「でもさ、ルカッちだけど、あれで女とか反則だよね」
黒装束で身を固めるルカの勇ましい姿は、『男装』という領域を超えていて、同性だとわかっていても見惚れてしまうほど魅力的だった。
現に、ブラックチームの海兵や、随伴する水兵の少女らは、チラチラとルカを気にして身だしなみを整える。
「ふふ、もしかすると本当に……『殿方』かもしれませんよ?」
「あはは、そんな訳あるはずないじゃん」
と、クロエは笑い飛ばすが、マリナは――――熱い眼差しをルカに向けるのであった。
◇
時刻は夜の〇時を少し過ぎた頃。
六〇名定員の輸送ボートには、海兵隊二〇名に、船の操舵に必要な水兵十五名。臼砲を扱うための水兵が一〇名。加えて船頭役であるルカを入れた計四六名が乗船していた。
「凄い霧ですね。全く前が見えません」
船尾で舵を取るルカの隣に、アテネは居た。
オールで水をかくたび霧が渦を巻き、前に進んでいるのか、潮に流されているのか、今自分たちが何処にいるのかもわからないほど、濃い霧が辺りを覆い尽くす。
一寸先も見えない霧の世界は神秘的であると同時に、異界に迷い込んだかのように不気味で恐ろしく、少女たちが思うのはつい先日に出会った海の化け物で――
「クラーケンか、幽霊船でも出そうな霧だな」
誰もが思いつつも口にしなかった名前を、ルカがさらりと呟いた。
「ふ、不吉な事を言わないで下さいッ!」
アテネがちょっぴり涙目で叫んだ。
「しっ、あまり大きな声を上げるな。臼砲艦はもう目の前だ」
これだけの濃い霧の中でもあっても、ルカの瞳には敵の船影をはっきり捉えていた。
「も、もう、ルカが変な事を言うから……」
窘められたアテネは、不満げに唇を尖らせた。
そんな何気ない仕草も、英雄の娘として強く己を律するあまり、自縄自縛となっていた頃のアテネでは見られなかった柔らかさだ。
ルカは内心嬉しく思うが、これからの戦闘に備えて気を引き締める。
「オールを上げろ」
ルカが小声で言うと、漕ぎ手たちが一斉にオールを上げる。
舵を操作するルカは、巧みな操船技術で臼砲艦の左舷後方にピタリと横付けしてみせた。
霧の中から突然壁が現れたように見え、少女たちは目を白黒させて驚く。
「係留アンカーを打ち込む。手伝ってくれ、アテネ」
ルカはロープが付いたアンカーを臼砲艦の外殻に突き立て、消音用の布を巻き付ける。
「はい!」
アテネはルカが支えるアンカーに、蹴りを叩きこむ。
ズンッと鈍い音が微かに響き、アンカーが付け根まで深く突き刺さった。
「完了だ」
ルカはブラックチームの隊長マリナに合図を送る。
マリナはコクリと頷き。
「ルカさん、クロエさん、頼みます」
「了解した」「あいよ」
マリナの命令に、ルカとクロエは外殻の僅かな取っ掛かりを掴み、身軽な動きでどんどん登っていく。
二人の役割は偵察だ。
慎重に船縁から頭を出して、甲板を見る。
ルカが集中して偵察する間は、クロエが周囲を警戒する。
偵察を終えた二人は、縄梯子を掛けたのちボートへ戻った。
「やっぱり、かなり厳重だよ」
と、クロエ。
「船尾楼甲板に四人。メインマストのミズンマストの戦闘楼に二人づつ。中央と八人。船首方向に五人。合わせて二十一人だ」
夜の甲板で、これだけの人数が警戒しているのだ。
船倉で休んでいる者たちも入れれば、その数はさらに増えるだろう。
ルカの報告に、隊長であるマリナはコクリと頷いた。
「海賊の格好をしていて正解ですね。これだけの人数を一度に倒すのは不可能でした」
と、アテネ。
「ほんとだよ。誰か一人でも『敵襲だ!』って叫べば、それで作戦失敗だったもん」
クロエも同意する。
「この格好なら霧越しには仲間にしか見えないでしょう。一気に倒す必要はありません。一人一人確実に仕留めて、数を減らしていきましょう」
マリナの言葉に、全員がコクリと頷く。
「では、同士討ちを避けるため甲板制圧は少数精鋭で行きます。クロエは、マチルダとセシル。それにルテシャを連れて高所の敵を排除して下さい」
「オッケー、マリナ」
「…………わかった」
マリナの命令に、クロエとルテシャらがそう答えた。
ルテシャは海兵ではなかったが凄腕の狙撃手で、今回の作戦に持ち込んだマスケットライフルには、自身が開発した消音装置が付けられていた。
ルカは作戦決行前に見せて貰ったが、あの大きな銃声が、弓から放たれた矢のように僅かな音に抑えられていた。
「船内に突入する海兵と、船を操作する水兵たちはここで待機。制圧地域が増え次第甲板に上がって来て下さい。甲板制圧メンバーは、わたくしとアテネ。ナターシャにガブリエラ。それに――ルカさん。来てくれますか?」
マリナの指名に、アテネを始めとする誰もが、ルカへ期待の眼差しを向け――
「ああ、勿論だ」
ルカは力強く答えて、刀を握りしめた。
◇
「見ろよ、アルビダ。すげぇ霧だぜ。手に掴めそうだ」
夜襲に備え、甲板を見張る海賊の一人が霧に手を伸ばす。
「無駄口叩く暇があったらしっかり目を凝らしな。奴らは絶対に来るよ」
大斧を背負う女海賊アルビダは、忌々しげに包帯を巻く手首を撫でる。
先の戦闘の傷は癒えたが、あの時の恐怖がしこりとなっていた。
「本当に来るのかねぇ? こんな霧じゃ幾らマーメイドでも、前すら見えねぇだろ」
「化け物のように目がいい奴がいるんだよ。黒い髪に黒い瞳を持つ『悪魔』のような奴がね……」
アルビダは斧を握りしめるが、その手は恐怖に震えていた。
だが、相方から返事はなく。
「どうしたんだい急に。えらく無口になったじゃないか?」
アルビダは、お喋りな相方が黙り込んでしまったのを訝しむ。
霧のせいでうっすらとしか見えないが、確かにそこに人影がある。
アルビダは何気なく、相方に歩み寄っていき――
「その悪魔ってのは、こんな『目』をしていなかったか?」
「!?」
漆黒の瞳と目が合い、直後に、腹部に衝撃。
ガハッと息を吐き出したアルビダは、甲板に倒れ込む。
闇へと沈んでいく意識の中で、最後に見たのは自分と同じように甲板に倒れる仲間の姿であった。
◇
「これで六人目と」
ルカは気絶した海賊を拘束し、声を出せないよう口に猿轡を噛ませる。
「順調ですね」
「今のところはな」
アテネ言葉に、ルカはそう答えた。
既にマストの制圧は終わり、船尾の制圧もいましがた終わった。
制圧領域が増えたことで、ボートに待機していた海兵たちが上がって来て、拘束した海賊たちを捕虜にしていく。
ルカたちはこのまま中央へ進んで、艦首にある臼砲を押さえる手はずだ。
と、その時。
「――――ッ! 全員伏せろ。誰か上がってくる!」
ルカの声に、全員が身を固めて甲板に伏せる。
ほどなくして、
「おーい、アルビダ! 交代の時間だぜ!」
下の甲板から階段を登って、五人の海賊たちが上がって来た。
当然、アルビダは気絶しているため返事はない。
「ちっ、あいつらサボってやがるな」
「叩き起こしてやろうぜ」
近付いてくる海賊たち。
一度に倒せない数ではないが、物音を立てれば、他の誰かが異変に気が付くかもしれない。
緊迫した状況に、
「――――私が、囮になります」
と、アテネが言った。
隊長であるマリナは、瞬時に決断。
「わかりました。では、わたくしは右から、ルカさんは後ろからお願いします」
「了解した」
ルカが答えると、アテネはその場で立ち上がり、海賊たちに向き直る。
マリナは右に回り込み、ルカはさらに相手の後方に回り込む。
そして、アテネは真正面から、海賊たちに近付いていく。
銃は抜かず、腕は垂らしたまま、コツリ、コツリと靴音を響かせて――
◇
「おい、誰かいるぞ」
海賊の一人が、こちらへ近付いて人影に気が付いた。
「誰だ、アルビダか? ったく、いるなら返事をしやがれ!」
もう一人の海賊が、霧の向こうに見える人影に向かって叫ぶ。
だが、人影からの返事はない。
「なぁ……なんか、妙じゃないか?」
「ああ、返事がないのは解せないね」
海賊たちは警戒するようにその場で立ち止まり、それぞれの武器を手に取る。
人影は徐々に、その姿を鮮明に現していき――
霧の中から現れたのは、漆黒と純白のドレスを纏う一人の『少女』であった。
「は、え?」
海賊たちは言葉を失い絶句する。
何故ならその少女は、人とは思えない美貌を持ち、闇夜にあって不思議な光彩を放つ瞳に、蒼い髪を不気味に揺らめかせているのだ。
美しくも妖しげなその容姿は、人ならざる『魔性の徒』に見えた。
さらに、少女が履くのは黒い革靴なのに、コツリと響く足音は何故か鋼の響きがするのだ。
百戦錬磨で知られる黒髭海賊団の女たちは、『敵』であるなら誰であれ、恐れずに戦う事が出来た。
だが、人は理解できないものを、本能的に恐れる。
柳の木が幽霊に見えるように、海賊たちの目には漆黒と純白のドレスを纏う少女の姿が――
「エル・カルーチェの魔女…………」
海賊の一人が恐れをなすように、そう呟いた。
エル・カルーチェとは霧の夜に現れる伝説の幽霊船の名で、死者を操る『魔女』が、海を穢すものを呪い殺すと云われている。
すると、
「――――海を……穢すのは、お前たちね?」
少女が凍えるように冷たい声を放つと、その足元が徐々に氷に覆われていくではないか。
神の加護をその身で体験しているが故に、船乗りとは総じて迷信深い。
誰かが武器を取り落とし、次の瞬間には、海賊たちは総崩れとなって逃げ出そうとするが――
振り返った海賊たちが見たのは、漆黒の悪魔であった。
ルカは一人目を横薙ぎに斬り、流れるような動作で二人目を袈裟斬りにした。
同時に横合いからマリナが、銃槍で二人の海賊を一瞬で仕留める。
さらに、
「――――えい!」
最後の一人をアテネが蹴り倒した。
「見事でした。ルカさん」
と、マリナが槍を振り払いながら言った。
「いや、マリナ隊長も凄まじい槍捌きだった……」
マリナの絶技を、ルカの目は捉えていた。
彼女はたった一突きで、二人の海賊たちの心臓を一度に貫いて見せたのだ。
しかも、穿ち貫いた傷痕からは、血は一滴も流れていない。底知れない実力を、ルカは感じ取った。
「上手くいきましたね、ルカ!」
と、駆け寄って来たアテネが小声で言った。
「ああ、アテネの囮のおかげだな」
わかっているルカからして、アテネの演技は寒気がするほど雰囲気が出ていた。
と、
「敵の増援が来る前に、このまま船首まで攻め落としましょう」
隊長のマリナの言葉に、ルカとアテネはコクリと頷く。
こうして、マーメイドたちは、慎重に、迅速に、甲板を制圧していった。
そして、
「甲板の制圧は完了だね」
マストから降りて来たクロエが言った。
甲板の攻防で倒した海賊の数は二六人。対して、こちらの被害は無しと大成功の結果だ。
あとは、船内にいる海賊たちだが、これには秘密兵器があった。
「睡眠弾を投げ込む。みんな離れていて……」
身の丈を越える紋章マスケットを背負うルテシャが、腰から金属の筒を取り出した。
睡眠弾とは、昏睡ガスを放出する聖霊術の『眠りの雲』を、紋章学を使って再現した非致死性兵器である。
ルテシャはエーテルを充填したのち、安全ピンを抜いて、睡眠弾を階段から下へ放り込む。
同時に、二人の海兵が布を広げて、煙の流出を避けるために出入口を塞いだ。
シューッとガスが噴出する音がして、布の端から僅かに白い煙が漏れ出て来る。
「そんなに近くで、大丈夫なのか?」
口元をマフラーで覆うルカが、階段の前に膝をつき、懐中時計で時間を測るルテシャに尋ねた。
「起きている人間を強制的に眠らせるほど強力な術じゃない。あくまで、寝ている人間の眠りを深くするだけ……」
「なるほど、上手くできているんだな」
ルカは関心した様子で、ルテシャが持つ金属の筒を見る。
銃や砲についてもっと知識を増やしたいルカは、事が終わればルテシャに色々聞いてみたいと思った。
こうして十五分が経ち。
「睡眠弾の効果が現れた頃。いつでも突入出来る」
ルテシャがそう言って、懐中時計をしまう。
待機していた海兵隊十二名が、マリナの命により船内に突入していく。
睡眠弾によって深い眠りに落ちた海賊らは、抵抗する間もなく拘束されていった。
「臼砲艦制圧任務……完了です!」
隊長のマリナがそう言うと、ルカとアテネを含む海兵たちは、無言のまま勝利を祝うように拳を掲げる。
暗い船内で二人の怪我人が出たが、命に別状はなく完全勝利といえる内容であった。
そして、勝利の最大の功労者である『見習いの水兵』に、誰もが尊敬と、感謝の眼差しを送る。
「次は、私たちの出番ですね」
と、言ったのは、栗色の髪と、真紅の瞳を持つ可憐な少女エリミーだ。
隣には茜色の髪と瞳を持つ、活発な少女テオもいる。
彼女たちは船を操舵するための水兵であった。
「私は……臼砲を見てくる」
ルテシャを含む砲術科に属する水兵は、船首甲板にある巨大な二門の臼砲を起動させに行く。
「では、アテネさんは、ステラ・マリス号に作戦成功の光信号を送って貰えますか? ルカさんも一緒にお願いします」
マリナの命令に、ルカとアテネは「了解」と答えた。
二人はシュラウドを登り、見張り台に向かう。
「ルカと出会ってから、見張り台に縁がありますね」
先を登るアテネがそう言った。
「そうだな。霧で見通しが悪いから、気を付けて登るんだ」
ルカは問題なく見えているが、アテネには前が全く見えないだろう。
万が一足を滑らせた時はすぐに助けられるようアテネを先に登らせたが、短いスカートのアテネが上にいるため、ルカも上を見れない事態に。
多少のトラブルはあったものの、無事に見張り台に到着。
「ど……どうしましょうルカ。方角が全くわかりません」
濃い霧のため方向感覚は失われており、船の停泊位置がつかめないアテネに対し、
「ステラ・マリス号はあっちだ、アテネ」
ルカの瞳はこの霧の中でも、ステラ・マリス船影をはっきり捉えていた。
「わかりました!」
アテネは『合図灯』と呼ばれる四角いカンテラを取り出した。
中にはエーテルで発光する光源が入っており、スイッチを押せば蓋が開いて指向性の光が放たれる。
単純な構造ながら、遠く離れた場所にも合図を送れる優れた装置であった。
「……光は届いてるでしょうか?」
「大丈夫、届いたようだ」
ルカの目にはこちらの成功の知らせを受けて、ステラ・マリス号の各所に灯りだす明かりが見えていた。
直後、ステラ・マリス号が一斉に片舷斉射。
凄まじい砲火の音が、開戦の号砲の如く湾内に響き渡る。
この砲撃は空砲であり、こちらへの返信と同時に、砦攻略組への信号も兼ねていた。
今頃、セラフィナ率いる海兵隊が砦に突入しているだろう。
「随分と派手な目覚ましだ」
これで敵の目は完全にステラ・マリス号に釘付けとなった。
敵の注意が白銀の女神に向かう分だけ、作戦の成功率は上がり、仲間の犠牲が少なくなる。
「下に戻ろう。これからが本番だ」
「――――はい!」
決戦の予感に、アテネは力強く頷いた。
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