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ルカが怪我から目覚めて、六日がたったその日。
艦長室には航海長と、海兵隊長に、テミスを含む六人の海尉が集まっていた。
「フリョーダの海軍本部から、正式にクラーケン討伐指令がくだったわ」
「いよいよですな」
「二日後に、二四門級フリゲート四隻がネーブルズ軍港を出発するわ。我々もそれに合わせて二日後にはここを経つ。指定座標で合流したのち、クラーケンの巣を叩く」
「追尾弾の聖霊がそれまで持てばいいのですが」
追尾弾とは、聖霊を利用して特殊な磁場を発生する土属性の紋章弾だ。
専用の方位磁石を使う事で、相手を追跡出来るコロンビア海軍の新兵器である。
危険をおかしてクラーケンに砲撃したのは、この追尾弾を撃ち込むためであった。
「今は信じて準備に取りかかるしかないわ。陸に上がった人魚たちに伝えなさい。海に帰る日が来たと」
「了解しました」
テミス副長を始めとする、集まった海尉たちが声を揃えた。
と、
「黒髭の足取り掴めましたか?」
そう尋ねたのは、海兵隊長のセラフィナだ。
「本拠地のポート・ロイヤルに引き上げたのは確認出来たそうだけど、その後の足取りは不明よ」
と、メルティナ。
「そう、ですか……」
「やつらは必ず来るわ。必ずね」
「クラーケンの相手をしている時に横槍を入れられるのだけは、勘弁願いたいところですな」
パイプを咥えた航海長のミラルダが言った。
「そうね……」
「なにか、気になる事でもおありですか、艦長?」
と、テミスは尋ねるが、メルティナは首を左右に振って答えた。
「いえ、なんでもないわ」
メルティナがずっと引っ掛かっていたのは、黒髭襲撃のあの夜だ。
ルカの活躍によって事なきを得たものの、一つでも間違えばあの場で全滅してもおかしくはなかった。
夜間停泊中の船はそれだけ脆弱であり、軍艦の停泊場所は最高機密であった。
なのに、
(やつらは真っ直ぐにこちらを目指していた。停泊場所を知っていたに違いない。内通者の可能性も考えなければ……)
ミラルダとセラフィナに頼んで不審者の洗い出しを進めているが、見つかるには至っていない。
「本日より、第二種警戒態勢を発令する。出港に向け艦を総点検しなさい」
最後にメルティナはそう命じて、軍議を終えた。
◇
ルカとアテネの姿は、艦首甲板にあった。
足を一八〇度に開く股割りからの前屈をするルカに、
「ほら、もっと頑張ってルカ!」
メイド姿のアテネが背中に乗って、大きな胸をむにむにと押し付けて来る。
「くっ」
身体の柔軟性はあらゆる武術にとって最も重要であり、ルカも柔軟にはそれなりの自信があったが、アテネの身体の柔らかさは、まさに天性であった。
勝負の果てに、柔軟の教育係りはアテネに決まり、今も指導を受けている訳だが――
「まだまだいけますよ。頑張って、頑張って♪」
ルカの背中に乗ったアテネは、耳元で頑張れと囁きながら、胸を押し付け前後に動く。
アテネ本人は、純粋にルカへの指導を楽しんでいるようだが、
(じゅ、柔軟どころじゃないぞ……)
アテネの胸の柔らかさや、甘い匂いに加え、身体の熱がダイレクトに伝わって来て、柔らかくなるどころか身体の一部が硬くなるを必死で抑える羽目に。
「むぅ、今日は硬いですよ、ルカ」
背中から降りたアテネは、腰に両手を当てて不満げな顔をする。
「す、すまない」
この一週間でアテネのメイド姿にも慣れたとはいえ、その魅力が減じたわけではない。
さらに、アテネは、メイドに目覚めてから『奉仕』と称して、昼夜問わずルカの世話をしようとするのだ。
今までとは比べ物にならないほど距離感が近付き、ルカはドキマギした毎日を送っていた。
(アテネは魅力的で、美しい少女だ。心根の清らかさにも好感を持っている。だが、ここ最近……一緒にいると落ち着かない気分になるのは何故だ?)
ルカは肉体的要因によって立ち上がることが出来ず、甲板にあぐらをかいてアテネを見上げる。
「いいですか、ルカ。手本を見せますからよく見てて下さい」
アテネはそう言って、右足をスッと天高く持ち上げ、立ったまま一八〇度の開脚をして見せた。体幹は全くぶれておらず、揺れる甲板の上でピクリとも体勢を動かさない。
「ふふ、どうです?」
アテネは自信に満ちた表情で胸を張る。
凄まじい柔軟性と、バランス感覚だと感嘆する場面であるが、ルカは鼻を押さえて視線を逸らす。
メイド服が、とても短いスカートなのを忘れているのだろうか?
それとも、同性相手だからこその無防備だろうか?
いずれにせよ、ルカの目の前にはパープルピンクのパンツが広がっていた。
「また、鼻血ですか? 最近多いですね」
「い、いや、大丈夫だ」
ルカの後ろに回って首筋をトントンするアテネに、ルカは照れるように答えた。
ここ一週間の鼻血の原因は、アテネの無自覚な誘惑にあった。
「それで、今日から本格的な訓練を始めてもいいんですよね?」
「ああ、マリーンさんも大丈夫だと太鼓判を押してくれた」
「ルカが帯剣許可を得た事にも驚きしたが、毎日戦闘訓練をしてくれだなんて、一体どういう風の吹き回しです?」
「少し……思うところがあってな」
テミスに言われた答えは、未だに出せてはいない。
だが、見習い期間は三ヶ月と決められており、その間の成績と本人の希望によって後の所属が決められる。
そして、戦闘で優秀な成績を収めた者は、『海兵隊』へ入ることも出来るのだ。
「戦闘訓練を増やすと、他の部署を手伝う時間が減りますけど構いませんか?」
空いた自由時間に、ルカとアテネは他の部署の手伝いをしていた。
自分自身のスキルアップの為もあるが、大きな軍艦で面通しは重要であり、仲間が多い者ほど長生き出来ると云われていた。
「構わない」
「ルカは優秀でどの部署からも引っ張りだこでしたから、皆、残念がりますね。特に見張りなどの人員を出す航海科は、凄くルカを欲していましたから」
航海科は船の心臓部でもあり、船を知り尽くした叩き上げの水兵しか所属できない部署でもある。
航海長ともなれば下士官ながら、士官と同列に扱われ、給料面でも大変優遇されていた。
「だからだよ」
「どういう事です?」
「航海科に所属すれば確かに待遇はよくなるだろう。奴隷身分の解放もずっと早くなるに違いない。だが、アテネと会う機会は今よりずっと少なくなってしまうだろ?」
ルカの言葉に、アテネはきょとんとした顔になり、
「――――ああ!?」
と、大きな声で叫んだ。
アテネはいまさらながら、あと二ヶ月と少しで離れ離れになる事実に気が付いたのだろう。
「そ、そうでした。ルカもいずれは見習いではなくなるんですよね。で、でも、同じ船に乗っているから、会えなくなるわけじゃないですし……ああ、でもでも、やっぱり航海科は駄目です! 駄目ですよ、ルカ!」
「そうか、駄目か」
駄目と言われて、ルカは嬉しそうに口元をほころばせる。
一緒に居たいと思っているのは、自分だけではないのだ。
「そうだ! 海兵隊とかどうですか!? お給料なら負けていませんし、危険手当も付きます。勲章を貰えれば退役後の生活も安心ですし、今ならメイドの私もつけちゃいますよ!」
アテネは焦った表情でルカの手を掴むと、必死に海兵隊の良さを売り込む。
「なるよ。海兵隊に」
ルカはさらりと言った。
テミスに上を目指さないかと問われ、ルカが出した答えの一つが『これ』であった。
戦闘訓練を頼んだのも、海兵隊を目指すためである。
「だ、駄目です! 考え直して下さいっ!」
こちらの声が届いてないのか、アテネはなおも言い募る。
ルカはなだめるように、アテネの頭をぽむぽむと優しく撫でた。
「落ち着け、アテネ。海兵隊になるといっている」
「え? あれ? い、いま……海兵隊になるって?」
「ああ、そうだ」
「で、では、これからも一緒にいられるんですか?」
「まぁ、入隊試験に受かればの話だけどな」
不安と期待の眼差しを向けて来るアテネに、ルカは照れるように言った。
「――――やったぁ!!」
飛び跳ねて喜ぶアテネに、ルカは『本心』を隠していた。
本当は、アテネと一緒にいたいから、アテネの背中を守れるだけの存在になりたいから、海兵隊になろうと思ったのだ。
だが、それを正直に伝えてしまえば、今の関係が壊れてしまうんじゃないか。そんな、漠然とした不安をルカは抱いていた。
なにより、マーメイドになるには、厳しい入隊試験をクリアせねばならない。
大言壮語を吐いて合格出来ませんでしたでは、最悪に格好がつかないだろう。
(でも、ちゃんと合格出来たら、その時は……)
アテネを見つめるルカの瞳には、ルカ本人でも気が付かない熱が籠められていた。
「――――ルカ? 聞いていますか、ルカ?」
「すまない。少しぼっとした。で、なんて言ったんだ?」
「海兵隊の入隊試験は確かに厳しいです。ですが、ルカには私という強い味方が居るではありませんか。合格を目指して特訓しましょう!」
「ああ、よろしく頼む」
「では、さっそくこれに着替えて下さい!」
アテネはそう言って、短いスカートの中から今着ているのと同じメイド服を取り出した。
「ちょ、ちょっと待て、今どこから取り出したんだ?」
「七つあるメイドスキルの一つです! さあ、これを着て、共に最強のマーメイドを目指しましょう!」
「海兵隊にはなりたいが、その服を着るのは断る」
「えー、なんでですか!」
「嫌だからに決まっている!」
「大丈夫、最初は怖いかもしれませんが、一度着れば絶対に気に入るはずです」
「絶対に着ない」
「むぅ、頑なですね」
「アテネもしつこいぞ」
「そこまで拒絶されると、是が非でも着て欲しくなります」
「なら、勝負だアテネ」
「勝負?」
「戦闘訓練を兼ねた模擬戦だ。もし、俺が負けたら言う事を何でも聞こう」
強くなりたければ、強い相手と戦えと、剣の師は言っていた。
そして、目の前の可憐な少女こそが、ルカが最も強いと思う好敵手であった。
「何でも……?」
「ああ、何でもだ」
「その言葉を忘れないで下さいよ、ルカ!」
アテネは瞳をキラキラと輝かせると、スカートの中から《双銃グラウクス》を取り出して構えた。
「《聖盾アイギス》はいいのか?」
「大丈夫、ちゃんと履いていますよ」
アテネはそう言って、コツコツと爪先で甲板を蹴って見せる。
すると、白のニーソックスと黒のメイドシューズがぼやけて、白銀のソールレットが一瞬だけ垣間見えた。
「この子の本質は『水』ですから、こういう事も出来るんです」
「なるほど、流石は聖霊器だ」
高位の聖霊師は、聖霊器をそのままの姿ではなく、指輪や、腕輪などに偽装すると聞いた事がある。
「ルカが持つそのカ・タ・ナでしたっけ? その武器にも凄い『力』が秘められているのがわかります」
アテネは真剣な表情で、ルカが腰に差す黒鞘の刀に目を向けた。
怪我の事もあり、この一週間は柔軟などの基礎作りがメインであった為、アテネに刀を抜いて見せるのは今日が初めてとなる。
「ふぅ…………」
ルカは静かに呼吸しながら腰だめに構えて、左手で鞘に添え、右手を柄に置いた。
刀を手に誰かと相対するのは、師と刃を交えたあの夜が最後となる。
技は錆び付いていないか、腕は鈍っていないか、アテネと戦う事で全てわかるだろう。
「俺が勝ったら、アテネにも何でもいう事を聞いて貰うぞ?」
ルカは『七星一刀流』の教えに従い、『刀』と『己』を一体にしていく。
剣は人なり、剣は心なり、故に心によって剣は動く。
それ即ち、剣心一如なり――
次の瞬間。ルカの周囲に吹く優しい風がピタリと止まり、変わりに吹くのは『嵐』の如き荒々しい剣気。
「――――ッ!」
アテネが息を呑む声が、聞こえた。
殺気こそ感じられないものの、その威圧感たるや尋常ではなく。
離れた場所で訓練をしていた海兵隊や、作業をしていた水兵が、あまりに鋭い剣気に当てられ腰を抜かすほどであった。
「ルカ? あなたは本当に、ルカ……なのですか?」
微かに震える声で、アテネは問う。
その声には畏れと、それを遥かに上回る歓喜があった。
「これが『今』の俺の全力だ。だから、アテネも本気で戦ってくれ」
アテネと戦うのはこれが二度目となる。
最初の一回目は、ルカは『刀』を持たず、アテネも『力』を試すにとどめた。
すると、
「ルカ! やはりあなたは私の永遠のライバルです! だから私も本気で行きます。今度は誰にも邪魔はさせませんッ!」
アテネは、心の底から嬉しそうに言い放つ。
周囲に雷光が炸裂。凄まじいエーテルが奔流となって渦巻き、青い髪は光を纏って舞い上がり、青い瞳は強い輝きを放つ。
直後、ルカは漆黒の風となり――アテネは蒼い閃光となって駆け抜けた。
◇
ルカとアテネの戦いは、夕暮れになっても続けられていた。
最初は甲板で戦っていたが、いつの間にか船から浜辺に移動していた。
激しくぶつかる剣戟に、眩い火花が茜色の空に散る。
ルカもアテネも、互いに一言も発しない。
声を出す労力すら惜しむように、武具を振るう。
二人の間にあるのは、弾む呼吸と、流れ落ちる汗と、交わる視線だけ。
やがて、太陽が海の向こう側に完全に沈み行くと、どちらとともなく武器を下げ、そのままルカとアテネは並ぶように砂浜に寝っ転がる。
「……引き分け、だな」
「……ですね。でも、楽しかったです」
手が触れ合う距離で、ルカとアテネは互いの健闘を称える。
「そうだな」
「ルカにメイド服を着せるのは、次の機会にします」
「まだ諦めてないのか」
「ふふ、絶対に諦めません。だって私とルカは二人で一緒に、最強のマーメイドになるんてますから」
「二人で、か」
「ええ、二人でです」
暮れていく夕焼け空を見上げながら、アテネは確信めいた口調で言った。
「これからも特訓に付き合ってくれ、アテネ」
「もちろんです。だって私は、ルカの教育係りですよ!」
アテネはどやっ! という顔をする。
直後、二人は同時に吹き出して、声を出して笑う。
さわやかな笑い声が、日暮れの浜辺に木霊した。
「こんなに笑ったのは久しぶりだ」
「私もです。それに、なんだかすっきりしました」
「そうか」
ルカは優しい声でそう言って、アテネに目を向ける。
「私……ルカに内緒にしていた事があるのです。聞いて貰えますか?」
「内緒にしている事か。実は、『男』だとか言わないでくれよ」
「ふふ、なんですかそれ?」
「それぐらいじゃ驚かないって事さ。で、秘密ってなんだ?」
「はい。私の……出生の秘密になります。共に道を歩むルカには、知っていて欲しくて……」
「聞こう」
「実は、私のお母様は――――メルティナ艦長なんです!」
胸に手を当て、重大な秘密を告白するアテネ。
だが、
「ああ、知っている」
「…………え?」
「最初に医務室で会った時から、二人は母娘だろうと確信していた」
「そ、そうでしたか……むむ……」
アテネは安心半分、拍子抜け半分といった、物足りない表情を見せる。
「で、では、もう一つの秘密も告白します!」
「もう一つの秘密?」
「実は、私の父方の実家は――――フォーサイス家なんです!!」
これなら驚くでしょう、という顔のアテネ。
だが、
「それも、知っている」
ルカはさらりと言った。
「な、なんで知っているんですかっ!?」
身体を起こしたアテネの方が、びっくりした表情で目を丸くする。
「知ってるもなにも、アテネが教えてくれたじゃないか」
アテネの仕草があまりに可愛くて、ルカも身体を起こすと笑みを堪えながら答えた。
「私、が?」
「夜の見張り台で話した時に、親父さんの形見の指輪を見せてくれただろ? そこにフォーサイスの家紋が刻まれてあったんだ」
「うう、ルカの目の良さを侮っていました」
「なんで悔しそうなんだ?」
「だ、だって、黙っていた事を怒られたり、嫌われたりしないかと、凄く勇気を出して告白したんですよ! それなのに……」
「大丈夫だ。ちゃんとアテネの気持ちは伝わっている」
「え?」
「そんな大事な秘密を教えてくれるほど、俺の事を信頼してるって事だろ?」
「あ、改めて言葉にされると、凄く気恥ずかしいですが……その通りです……」
アテネは恥ずかしそうに、でも、嬉しそうに頬を赤く染めた。
「話してくれてありがとう。俺も、アテネの信頼には必ず応えよう」
ルカがそう言うと、アテネは可憐な笑みと共に「はい」と頷いた。
そして、
「私、今までずっとお母様の背中を追い続けて来ました。お母様のように強くなり、お母様のように偉くなる。それが英雄の娘であり、フォーサイス家に生まれた私の務めだと、そう信じてきたのです。でも、その目標には肝心のものが欠けていました」
「欠けているもの?」
「はい、私自身が何を成したいかです」
「何を成す……か、アテネはそれを見つけたんだな」
「いいえ、実はまだなんです。私は自分が空っぽな事にようやく気付いただけで、何を成したいかはまだわかりません。だから、まずは自分のやりたい事をやろうと思うのです。このメイド服もその一つです」
「いいなそれは。とても自由だ」
「そして、今一番やりたいのは――――『彼女』へのリベンジです」
「黒髭エドワード・テュッティ……か」
「正直言うと、怖くてたまりません。また負けてしまうんじゃないか。また誰かに怪我をさせてしまうんじゃないか。今度こそ……死んでしまうのではないか。そう思ったら足が竦んでしまいます」
黒髭と刃を交えたルカには、アテネの気持ちは痛いほど理解できた。
テュッティの強さはまさに人外のそれで、あの強さに対抗するには、こちらも人の限界を、人の領域を、越えなければならないだろう。
「それでも戦うのか?」
「戦います。負けたままで終わるのは、死ぬよりも嫌なんです」
アテネの青い瞳には、決して折れない闘志が燃え上がっていた。
「大丈夫だ。アテネは負けないし、絶対に死なせない。何故なら、アテネの側には優秀な見習い水兵がいるからな」
ルカもまた漆黒の瞳に、静かな闘志を燃え上がらせる。
「一緒に……戦ってくれるのですか?」
「俺は剣だ。この刀そのものだ。だから、この命は全てアテネに預ける。好きに振るってくれ」
ルカの声には、アテネを守るという強い想いが籠められていた。
次の瞬間。
「――――ルカぁッ」
感極まった様子のアテネが、胸に飛び込むように抱き着いて来たではないか。
咄嗟の事に支えきれず、ルカはアテネに押し倒される。
どさっと、砂浜のベッドに倒れ込んだ二人。
アテネはしばらくルカの胸に顔をうずめていたが、やがて、ゆっくりと顔を上げる。
その頬は真っ赤に染まり、涙で潤んだ瞳は宝石のように煌めき、桜色の唇が艶めかしく、青い髪がさらりと零れ落ちた。
そして、
「私、この船も、この船の仲間も、このカリブの海も大好きです。でも、私がなにより大好きになったのは、ルカ……あなたです」
アテネは真っすぐにルカを見つめたまま、さらにグッと身体を押し付け――
「――――大好きです、ルカ」
と、ルカの耳元で甘く囁いた。
「――――ッッッ!?」
アテネの突然の告白に、心臓が口から飛び出すかと思うほど鼓動が爆発し、ルカの顔は一気に真っ赤に染まる。
言葉の意味を問うより先に、波が引くようにサッと身体を離したアテネは、
「ふふ、驚きましたか?」
地面に座り込んだで、悪戯だと示すように小さく舌を出す。
「か、からかったな!」
ルカは身体を起こして言った。
「いつも私を惑わせるルカに、ちょっとした仕返しです。ドキッとしたなら私の勝ちですよ!」
「……こんな悪戯を他の奴にもしているのか? 勘違いされても知らないからな」
ルカは拗ねたように顔を背ける。
「安心して下さい。私が悪戯をするのはルカだけです」
「ッ」
そういう発言も、ルカの鼓動をおかしくさせるのだが――
「もう騙されないぞ」
この時、顔を背けていたルカには、アテネの表情を伺い知る事が出来なかった。
その頬が真っ赤に染まり、青い瞳には欠片の嘘もない事に。
「そろそろ帰ろう。もうすぐ暗くなる」
このままでは理性の限界を迎えそうだと感じたルカは、立ち上がってアテネの手を引く。
「はい」
アテネはルカの手を取り、立ち上がった。
こうして二人は、黄昏の空の下、ステラ・マリス号への帰路いつく。
二人の手は、ずっと繋がったままであった。
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