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ルカが新たな武器を手に入れてる頃。
アテネの姿は港町にあった。
「どうして私は、こんな所にいるのでしょう……?」
賑やかな町の風景を眺めながら、アテネは呟いた。
ルカが目覚めた事が嬉しくて、嬉しすぎて、胸が痛いほどドキドキして、あのままあそこに居たら、自分はきっととんでもない事を口走っていただろう。
なにより、自分を庇って大怪我をしたルカに、合わせる顔がなかった。
だから、医務室を飛び出した。
一度は調理場に足を向けたが、食事を貰えば、ルカと顔を合わせる事になる。
平静を失っていたアテネは、丁度通りかかった副長テミスに上陸許可を貰い、停泊中の船から飛び降り――今に至るという訳である。
「…………ルカ」
アテネの心には、初めて経験する感情が渦巻いてた。
ルカを想うだけで身体が熱くなり、言葉を交わすと血流が早くなり、触れられたら息が乱れる。
まるで、カリブ海特有の熱病に似た症状だが、体調に問題はない。
この特殊な異変は、ルカに対してだけ起きるのだ。
胸に渦巻く感情を、一言で表すなら、
「――――『好き』、でしょうか?」
ぽつりと呟いた直後、ボフンと顔が真っ赤に染まる。
言葉にしたが最後、これまであやふやだった感情が急速に固まり、同時に、強烈な羞恥といった照れが、間欠泉のように吹き上がった。
「ち、違います。これはあくまで『ライク』であって、決して『ラブ』ではありません! だ、だってルカは、ルカは……女の子ですから……」
両手で顔を覆ってその場にしゃがみこんだアテネは、自分に言い聞かせるように呟く。
何とか心を落ち着けようとするが、目を閉じれば次々にルカの姿が浮かんでくる。
気高い狼のような野性味を感じさせる反面、遠くの海を見つめる漆黒の瞳には誰にも癒せない哀しみが宿っていた。
まるで男の子のような言動と、立ち振舞いをするが、それがどうしようもなく似合っていて、時折見せる凛々しい顔がアテネの胸をおかしくさせるのだ。
思えばルカとの出会いは、不思議な運命の導きがあった。
その日は朝から水の聖霊たちがしきりに何かを訴えており、促されるように海の様子を見に来たアテネは、そこで漂流しているルカを発見したのだ。
海に飛び込んだアテネは、沈み行くルカを海中で抱き締め、そして――『口付け』によってルカの肺に酸素を送り込んだ。
「あ、あれは、た、ただの人工呼吸です!」
アテネは耳まで真っ赤に染めて、ルカと触れ合った唇を撫でる。
ルカはもちろん、あの時の事を覚えいないだろう。
アテネ自身も、今まで考えないようにしていた。
だが、胸に灯った『好き』という感情を意識した途端、過去に行った救命処置にまで羞恥を覚える始末。
「こ、困りました……」
ルカとの時間を過ごすなかで、アテネはすぐに彼女が持つ人間性に好感を抱いた。
真面目で勤勉で高い向上心を持ちながら、勇敢で優しくて、アテネを英雄の娘でも、名門の令嬢でもなく、ただ、一人の人間として見てくれる。
得難い友を、永遠のライバルを得たと感じていた。
ルカの側にいるだけで、アテネはなにものにも縛られない自由なマーメイドでいられた。
風が吹いているのだ。
夜の化身のように神秘的な彼女の周囲には、目には見えなくとも、肌に感じなくとも、心という名の帆を満帆に膨らませる清浄なる風が。
だが、友情だった想いが、決定的に変化する日が訪れた。
激しいスコールが降り注ぐあの夜だ。
『君が、アテネが……あまりに綺麗で……つい見惚れてしまったんだ』
ルカが放ったその言葉は、どんな銃弾よりも強力にアテネのハートを撃ち貫いた。
そして、言葉の真意を問うべくルカを探した果てに、彼女の生い立ちと、望郷への想いを知った。
きっと、あの時にはもう、ルカへ惹かれ出して――
「ああ、もう! や、止めです! これ以上考えたら変になってしまいます!!」
と、アテネは叫んで立ち上がった。
考えれば考えるほど、悩めば悩むほど、どつぼに嵌まっていくようだ。
今は自分の事より、ルカの事を優先しなければと、アテネは思い立つ。
「せっかく上陸したのですから、ルカのために精の付くものを買って帰りましょう。病み上がりですし、栄養があってなおかつ消化のいいものがいいですね」
火照った頬を風で冷ますように、アテネは歩を強める。
士官候補生ともなると、ある程度の私物や私財の持ち込みが許可されている。
他にも、食材を用意すれば、手間賃と引き換えに好きな料理を作って貰えるのだ。
善は急げとばかりに市場を覗くアテネは、新鮮な魚介類に釘付けとなる。
「わぁ、おっきなコンク貝。ふふ、こっちの帆立も美味しそう。あ、岩牡蠣まであるではありませんか。イカもぷりぷりして凄く新鮮です!」
アテネはしばらくの間、海の幸を見つめ――
「決めました。アロス・ア・ラ・マリネーラを作って貰いましょう」
とっておきのメニューを思いつく。
アロス・ア・ラ・マリネーラとは、カリブ海では有名な郷土料理の一つで、簡単にいうと、魚介たっぷりの炊き込みご飯である。
こうしてアテネは、色んな種類の魚介を購入し、意気揚々と帰路につく。
その帰り道の途中。
ふと、一件の『洋服屋』が目に留まった。
何故なら、その店の看板はイスパニア語で書かれてあったのだ。
「海外の洋服を扱う店ですか、珍しいですね」
興味をそそられたアテネは、寄り道する事に決めた。
自分を庇って大怪我をしたルカへ渡す、お詫びの品を探そうと思ったのだ。
海外品を扱う店なら、もしかするとルカの故郷の品があるかもしれないと思ったのだが――
「残念です。流石に大和の国の服はありませんか……」
店員に尋ねたところ、取り扱いしていないといわれ、少し期待していたアテネはガックリと肩を落とす。
「お力になれず申し訳ありません。ですが、東洋の『染色技法』を取り入れた服ならございますよ」
「み、見せてください!」
女性店員に案内されて店の中を進むと、西欧文化の最新ファッションが展示されていた。
中でもとりわけアテネの眼を惹きつけるのは、一着の『黒のミニドレス』であった。
「――――凄く、綺麗な黒」
高級感溢れる艶やかな黒生地は、ルカの髪や瞳のように漆黒で、これほど濃くて深い色の黒生地は、アテネも初めて見る。
「布からではなく糸の状態から、何度も何度も繰り返し黒染めしてあるそうです。最初に『紅』に染めるのが、黒を美しく引き立てるポイントだそうですよ」
「これが……ルカの故郷の色なのですね」
生地の色も素晴らしいが、ドレスのデザインもとても洗練されていた。
胸元を強調する作りに、半袖の部分は肩を膨らましたパフスリーブ。
ドレスのスカートはミニ丈のフレアで、アサガオのように花開き、フリフリの純白のパニエが覗いていた。
他にも、頭に着けるフリルがあしらわれたカチューシャに、首に着ける黒いチョーカー。手首に着けるリストカフスに、純白のエプロンは後ろに大きなリボン。
さらに、白のニーソックスと、黒靴がセットになっていた。
クラシカルなのにモダンで、白と黒のコントラストがとても美しく、なにより凄く可愛らしい。
と、
「このドレスは『メイドドレス』と呼ばれ、西欧のとある国では『完璧な淑女となれるドレス』として、若い女性から、近衛の女騎士まで幅広く支持を得ているそうですよ」
「――――ッ!」
店員の説明に、アテネは雷を浴びたかのような衝撃を受けた。
マーメイドを下ろされ今の自分は、まさに「マー」を抜いた「メイド」ではないか。
この店に寄ったのも、一目でこのドレスを気に入ったのも、全てはメイドになる運命だったのだ。
「弱い己を鍛え直すために、そして、いつか完璧な淑女になるために、私は――今日より『メイドさん』になります!」
天に誓いを立てるように、アテネは言い放つ。
後の世に絶大な名声を刻む事となる、海軍特殊部隊『ブラックマーメイド』誕生の瞬間であった。
「ありがとうございます」
店員は嬉しそうにぺこりと頭を下げた。
「あ、すみません。友にもプレゼントしたいんで、もう一着頂けますか? いえ、あるだけ全部下さい!」
大和の国の服はなかったが、大和の国の技法によって作られた物なら、ルカもきっと喜んでくれるだろう。
なにより、ルカの『男装』はあまりに似合い過ぎて『危険』だ。
このままだと艦の風紀が著しく乱れてしまう。
ルカには早急に男装を止めさせ、女の子の格好をさせる必要があった。
こうして、アテネは心からの善意で、ルカの分のメイド服を購入したのであった。
◇
「な、なんだ? 今、妙な悪寒を感じたぞ……」
新しい刀を身体に馴染ませるため、七星一刀流の型を一通りなぞっていたルカは、突然の悪寒に襲われた。
「気のせいか? いや、不足の事態にそなえて用心はしておこう」
と、
「精が出るな」
背後から声がして振り返ると、副長のテミスが立っていた。
ルカは刀を鞘におさめて敬礼する。
「構わん、楽にしろ」
「了解、サー」
アテネの言うとおりサーを付けてみたが、テミスは苦笑しながら尋ねる。
「怪我はもういいのか?」
「もう大丈夫です」
「少し、話がある。時間を取らせて構わないか?」
「はい」
「先の戦い。見事な活躍だった。その偵察能力と白兵戦力は我が船にとって、ひいてはコロンビア海軍にとって、大きな力となるだろう。艦長も高く評価していたぞ」
「光栄です」
「艦長は素晴らしい方だ。お前の力を誰よりも早くに見抜き、登用していたのだから。それに引き換え私は……」
「副長?」
「優秀な艦長に、優秀な士官、そして、優秀な水兵。どれが欠けても船は動かない。そう、わかっていたはずなのだがな」
テミスの声には後悔が滲んでおり、ルカは驚いたように目を丸くした。
「なんだその顔は? 私だって反省もするし、落ち込みもするのだぞ」
拗ねたように目を細めるテミス。
少し赤らんだ頬と、潮風に混じるラム酒の香りに、ルカはテミスが酒を飲んでいる事に気が付く。
「副長でも、酒を飲むのですね」
「今日は非番でな。仕事はないが上陸する気にもならず、さりとて本を読む気にもなれず、生まれて初めて酒を飲んでみたが……後悔しているところだよ」
「部屋に戻って休むべきだ」
「お前が目覚めたと聞いてな。一言、謝罪しておきたかった」
「謝罪……ですか?」
「夜間一八〇〇〇メートルで敵艦隊を発見したというお前の報告を、私は信じることが出来なかった。それはお前の能力を疑っていたのも大きいが、もし、お前が士官であったなら……答えは変わっていただろう。つまりはそういう事だ」
そう告白するテミスの声には、悔恨の念があった。
差別的な扱いをされたも同然だが、不思議と怒りは沸いてこず、ルカの脳裡には自分を信じてくれたアテネの声があった。
「俺は奴隷で、人として最低の地位にいる人間だ。そんなヤツの言葉を簡単に信じろというのは難しいかもしれない。だが、アテネは……アイツだけは真っ先に俺を信じてくれた」
「――――すまなかった」
「顔を上げて下さい、テミス副長。俺はさっき、あなたが酒を飲んでいた事に驚いた。誰だって先入観を持って人を見る。あなたが謝罪するなら、俺だって謝らないといけない。上手くは言えないが、つまり……そういう事です」
ルカは照れを隠すように、頬をかきながら言った。
テミスは驚いたように目を見開いたあと、ふっ、と表情を和らげる。
「ルカ。お前の心遣いに感謝を」
「いえ……」
「ちなみに、私の事をどう思っていたのだ?」
胸元で腕を組み、悪戯な表情で目を細めるテミス。
「正直に言っても?」
「かわまん、無礼講だ」
「…………『鬼の副長』のあだ名の通りだなと」
ルカがそう言った瞬間。
真面目で、厳しく、鉄面皮で知られるテミスが、身体をくの字に折って大笑いする。
「ぷっ、あははははははっ! まさか、本当に言うとは!」
「痛いですよ、副長」
笑いながら肩をバシバシ叩かれ、ルカは苦笑する。
「くくっ、馬鹿正直な奴だ。だが、気に入ったぞ。なぁ、ルカ……お前」
テミスはそこで言葉を切ると、表情を改め、
「――――士官を目指してみないか」
と、真剣な顔で言った。
「流石に酔いすぎだ」
「酔ってはいるが正気は失ってない。私は本気で言っている」
「だが、俺は見習い水兵だぞ」
「確かに士官を目指すには、まず士官候補生になる必要がある。そして、士官候補生になるには様々な条件の他に、最低三年の軍務経験が必要だ。だが、何事に特例はある」
「特例?」
「有事の際に速やかに指揮系統を回復させるための特例だ。例え必要条件を満たしていなくても、二人の海尉の推薦と、艦長の承認さえあれば、明日にでも士官候補生となれるのだ。推薦の一人めは私が引き受けるぞ。お前の優秀さなら二人目もすぐに見つかるだろう」
「俺が、士官候補生に……」
「これからも私のように、人を、身分や肩書きでしか見れない奴と必ず出会うだろう。その時、お前とお前を慕うものを守るのは、誰でもないお前自身の立場だ」
「テミス副長……」
「偉くなって損はないぞ、ルカ」
テミスの言葉を受け、ルカが真っ先に考えたのは、自分を信じてくれたアテネの事だ。
士官を目指すなんて今のルカには話が大きすぎて想像もつかないが、一つだけ確定している事がある。
それは、ルカの見習い期間だ。
(艦長は、見習いの期間は三ヵ月と言っていた)
つまり、三ヵ月後にはルカは水兵としていずれかの部署につき、役目を終えたアテネは元のマーメイドへ戻る事になる。
そうなれば、これまでのような関係は維持出来ないだろう。
なにより、アテネは海兵隊である以上、これからも黒髭海賊団のような恐るべき敵と、直接刃を交えなければならないのだ。
その時、アテネの側にいるのは、ルカではない他の誰かで――
と、その時。
「ルカ――――ッ!」
甲板にアテネの元気な声が響き渡る。
「どうやら君の教育係りも調子を取り戻したようだ。答えはすぐに出さなくてもいい。よく考えてくれ」
「…………はい」
ルカは、真剣な表情で頷いた。
と、
「こんなところにいたのですね。探しましたよ、ルカ!」
後ろからアテネの声がして、同時に振り返ったルカとテミスは――
「!?」「!?」
二人揃って言葉を失うほど驚愕した。
何故なら、アテネの姿は見慣れたマーメイドの制服から、白と黒が基調のミニドレスに変わっていたのだ。
マリンブルーの髪はツインテールに結ばれ、ホワイトプリムと呼ばれるカチューシャを頭に乗せる。
大きく開かれた胸元からは、一五歳とは信じられないほど大きな胸がたゆんと揺れ、超ミニ丈のスカートからは純白のパニエと、健康的なふとももが付け根付近まであらわになり、しなやかですらりと長い美脚を包むニーソックスが魅惑的な絶対領域を作り出す。
美の女神アフロディーテはその美しさでもって多くの神々を虜にしたというが、ルカはまさにアテネという名の女神の『虜』となっていた。
全身が痺れるような感覚に、指一本動かせない。
元より美しく可憐な少女である事はわかっていたが、着飾ったアテネの愛らしさはさらに別次元の領域にあった。
上品な雰囲気を醸し出しながら、抱きしめたくなるほど可愛くて、劣情を感じるほどエロチックなのに、何故か不思議な懐かしさ感じる。
ルカの中に宿る大和魂が、確かに震えているのだ。
「テミス副長、長らく軍務を離れて申し訳ありませんでした。アテネ士官候補生、本日より通常任務に復帰します!」
踵を揃えたアテネは、びしっと敬礼した。
「そ、そうか。それは何よりだ。期待しているぞアテネ士官候補生。では、私は部屋に戻るとしよう」
テミスはそう言うと、『この場は任せたぞ』というようにルカの肩を叩き、ふらつきながら去っていった。
「医務室にいないから心配しましたよ、ルカ」
「すまない。身体を動かしていたんだ」
ルカは何とか平静を装い、アテネに向き直る。
「食事の用意が出来ました。今日のメニューは新鮮な魚介の炊き込みごですよ。早く食べに行きましょう!」
食堂に立ち寄ったルカは、今日のメニューがインゲン豆と豚肉のトマト煮だと知っている。アテネがあっさりしたものを、わざわざ用意してくれたのだろう。
その心遣いに、ルカは胸が暖かくなる。
「ありがとう、アテネ」
「いいえ、ちょと寄り道して遅くなってしまいました」
アテネは小さく舌を出して、失敗しちゃいましたという表情をする。
「それにしても、随分とその……今までとはイメージが変わった服だな」
「メイドドレスといって、完璧な淑女になるための服だそうです。どうですルカ。可愛いと思いませんか? 興味を持ったのではありませんか?」
アテネはルカによく見えるよう、その場でくるりと回る。
超ミニ丈のフレアスカートがふわりと広がり、パニエの下に隠されていたライトブルーの下着が一瞬だけ見えた。
この時、ルカの漆黒の瞳は、その超人的な視力は、無意識のままに一瞬だけ見えたアテネの下着を完了に捉えてしう。
レースの模様から、シワの数や形まで全て――
「――――くッ!」
ルカは首が取れそうな勢いで顔を逸らした。
「むぅ、どうして目を反らすのです? ちゃんと見て下さい!」
アテネは腰に手を当て、上目遣いで不満げに頬を膨らませるのだが、少し前屈みな体勢のため胸の谷間がさらに強調されていた。
視界の端でたゆんたゆんと揺れ動く魅惑の果実に、心臓の鼓動が早くなる。
「に、似合ってるよ、凄く……」
ルカは顔を逸らしたまま答えた。
「本当に?」
「ああ、本当だ」
「なら、どうして顔を逸らすのです?」
「それは……」
「それは?」
萌ゆるという、咲き誇る花などをことさら美しいと感じる大和の言葉がある。
今のアテネは、まさに満開に咲き誇る花であった。
彼女の中で、壁を乗り越えるきっかけを掴んだのだろう。
全身全霊で己の道を行き、何かを成さんとする意思の強さが、内面の美しさとなって放たれていた。
「眩しいんだ。アテネの姿が……」
「眩しい、ですか?」
「ああ、眩しいほど綺麗で、あまりに魅力的すぎて、ずっと見ていたら目が焼けてしまう」
ルカは顔を逸らしたまま、真っ赤な顔で呟いた。
「……えっと、え?」
アテネは腰に手を当てたポーズのまま硬直し――
次の瞬間。ボッと音が聞こえそうな勢いで耳まで真っ赤に染めた。
「あうぅ……ち、違います! わ、私の事を聞いているのではなくて、この服について尋ねているのに、うう~、やっぱりルカは女の子の格好になるべきですッ!」
アテネはまくし立てるように言って、隠し持っていた紙袋を両手でルカに押し付ける。
「これは?」
「私を庇って怪我をしたルカに……お詫びというか、これからもよろしくという意味も籠めて、ささやかな贈り物です」
「俺はアテネを大切な仲間だと思っている。仲間を守るのは当たり前の事だ。礼なんていらない」
ルカの言葉にアテネは嬉しそうにはにかむと、さらに強く紙袋を押し付ける。
「では、仲間の証しとして、改めて受け取ってください。いきなりこの服は難易度が高いとわかりましたから、まずは中からです」
「中から?」
「はい、私とお揃いなんですよ。その……大事に使って下さいね」
アテネは先に食堂に行ってますと、頬を染めて走り去る。
残されたルカは、とりあえず紙袋の中身を確認してみる。
「ハンカチ……なのか?」
中に入っていたのは、艶やかなシルクの光沢が眩しいライトブルーのハンカチで、細やかなレースの装飾が施された。
「ん?」
ルカは違和感に気が付く。
このライトブルーの色と、レースの模様に見覚えがあったのだ。
それは忘れもしないアテネのスカートから一瞬見えた『アレ』であり、ルカは恐る恐るハンカチを摘まんで広げてみる。
「なん……だと……」
ルカの手にあるのはハンカチではなく――アテネが履いていた『パンツ』であった。
いや、同じ種類のパンツなだけで、履いていた物ではないだろう。
そうだと信じたい。
だが、いずれにせよ、今、真っ先に考えねばならないのは、
「だ、大事に使えって、一体何に使えばいいんだ?」
ルカはパンツを広げたまま、茫然と立ち尽くすしかなかった。
マー「メイド」爆誕!




