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「ここ……は? ああ、そうか、俺は……」

 目覚めたルカの目に映るのは、以前にも見た医務室の天井だった。

 気を失ってここに運ばれたのだろう。

 一体どれだけ眠っていたのか? 戦いの行方はどうなったのか?

 なにより、ルカが気になったのは、青い髪と瞳を持つ少女――アテネの安否であった。

「ッ、アテネ……」

 ルカは痛みを堪えて無理矢理に起き上がった。

 すると、

「…………ルカ?」

 探していたアテネは、すぐ隣にいた。

 濡れ布巾を絞る体勢で、驚いたように目を真ん丸にしてこちらを見ている。

「――――怪我はないか、アテネ!?」

「――――目が覚めたのですね、ルカ!?」

 二人は同時に声を放ち、言葉と言葉がぶつかり合う。

「す、すまない……アテネから言ってくれ」

「い、いえ、ルカから言ってください……」

 アテネは真っ赤な顔でうつむくと、布巾を両手で握り、モジモジと太ももを擦りあわせる。

「怪我はないのか?」

「は、はい……ルカが身を呈して守ってくれたおかげで、かすり傷一つありません」

「本当に大丈夫なのか?」

「大丈夫……です……ッ」

「顔も赤いし、熱があるんじゃないか?」

 アテネの様子はどこかおかしかった。

 目を合わせようとしないし、顔も赤い。

 アテネを心配したルカは、脈を測ろうとアテネの手を掴みとった。

「ひゃあ!?」

 突然手を掴まれたアテネは可愛い悲鳴を上げ、さらに顔を真っ赤に染める。

「やはり少し熱いぞ。脈も早いし、って、うわ、アテネッ、な、何を!?」

 アテネは突然、濡れた布巾をこちらの顔に押し付けてきたのだ。

「る、ルカは怪我人なんですから、おとなしく寝てて下さい!」

 ベットに無理やり寝かされたルカは、アテネの体温ですっかり温くなった濡れ布巾を額に乗せる。

「よくわからないが、元気なのは間違いないな……」

「わ、私……食事貰ってきますッ!」

 真っ赤な顔のアテネは、そう言って医務室を飛び出していった。

 と、

「目が覚めたようね。でも、医務室でイチャつくのは感心しないわよ」

 アテネと入れ替わるように入って来たのは、ダークブロンドの髪を編み込みにした大人びた美貌と身体つきの女性で、女司祭の聖衣を纏っていた。

「私はこの船の軍医であり、従軍司祭を務めるマリーンよ。怪我や病気の治療の他に、心のケアなどをしているわ」

「俺の名はルカ。見習い水兵だ」

「ええ、知っているわ。救助された君を治療したのは私だもの。メルティナから事情も聞いているわ。診察するから動かないでね」

「海賊たちは引き上げたのか?」

「話して上げるから慌てないの。君は三日も意識が戻らなかったのよ。現在この船はトリニティ湾のリーグレット港に停泊して、修理や修繕、物資の補給をしているわ。うん、熱は下がったわね。寝返ってくれる? 背中の傷を診るから」

 マリーンはルカを診察を続ける。

「肉も盛り上がって来てるし、血も出ていない。化膿もしてないし、もう大丈夫ね」

 大丈夫と言われ、ルカは驚いた。

 気絶するまでの僅かの間に、ルカは自分の傷が致命傷だったのを知っていた。

「あの傷をたったの三日で治療出来るなんて、あなたは凄腕の聖霊師なんだな」

「褒めてもなにも出ないわよ」

「戦いに支障は?」

「もちろん、完治すれば戦闘に支障はないわ」

「そうか、良かった……」

「完治すればと言ったでしょう? とりあえず一週間は戦闘行為を禁止します。包帯も毎日変えに来なさい」

「わかった」

「身体を動かすと、筋が突っ張り痛みを伴うはずよ。でも、痛みに負けないで毎日ストレッチをしなさい。少しでも早く戦いたいならね」

「ありがとう。感謝する」

「素直な子は好きよ。だから忠告してあげる。どんなに怪我をしても必ず生きて帰りなさい。死んだら流石に治して上げられないわ。あと、忘れないで。身体の傷は治せても、心の傷は簡単には治せないから」

「心の傷?」

「ちゃんと、あの子のフォローをして上げなさいって事よ」

「アテネに何かあったのか?」

「落ち込んでるわ。凄くね。理由はわかるでしょ?」

「敵におくれを取った事を、気にしているのか……?」

「それもあるでしょう。でも、あの子が一番ショックを受けたのは、君に怪我を負わせてしまった事よ」

「俺?」

 予想外の答えに、ルカは戸惑う。

「三日三晩。あの子はほとんど飲まず食わずで君の看病をしていた。誰が何を言っても側を離れようとしなかったわ」

 マリーンの言葉に、ルカは想像してみた。

 もし自分を庇ってアテネが怪我をした場合を――

「……そういう事か」

 胸が一気に締め付けられ、口の中に不快な感覚が広がる。

 ルカは己の行為が、如何にアテネを傷つけたかを思い知る。

 アテネを守ったつもりが、逆に彼女の心を酷く傷つけてしまっていたのだ。

「勘違いしないで。君のした事はとても英雄的で、素晴らしい行為だわ。あの子の命がまだここにあるのは、君のおかげなのだから」

 ただ――と、マリーンは言葉を切ると、

「あの子は、とても頑張り屋さんなの。頑張り過ぎて、自分で自分を壊してしまうほどにね」

 アテネが時折見せる危うさは、ルカも気が付いていた。

「知っているなら教えて欲しい。アテネが抱える悩みを」

「本人には聞いた?」

「いや、一度は聞こうとはしたんだが、話の途中でアテネが寝てしまったんだ」

「ふふ、あの子が人前で寝ちゃうなんて、君の事を随分と信頼しているのね。なら話しても大丈夫かな。これからもアテネの支えになってあげられる?」

「ああ、もちろんだ」

「あの子の悩みは……そうね。一言で言えば、 周囲の『期待』かしら」

「期待?」

「アテネの実家の事は?」

 その問いに、ルカはコクリと頷いた。

「コロンビアの三大名家に数えられるフォーサイス家だろう? 彼の家がどれほどの名門かは、奴隷の俺でも知っているさ」

 ルカが奴隷として働いていた商船は、フォーサイス家とも取引があり、積み荷に刻まれた家紋をよく覚えている。

 そして、アテネが大切にする形見の『指輪』には、フォーサイスの家紋が入っていた。

 導き出される答えは、『一つ』しかないだろう。

 だが、ルカは、アテネの過去や出自を詮索するつもりはさらさらなかった。 

 ルカの奴隷仲間は、色んな知識を持っていた。

 中には軍の知識を持つ者や、歴史や神話に深い造詣を持つ者もいたが、奴隷に身をやつすという事は、何かしら人には言えない過去があるのだ。

 脛に傷を負った者は、過去の知られるのをことさら嫌う。

 そのためルカは、アテネが自分の口から話すまで、知らないフリをするつもりであった。

「確かに、名家の出身のアテネが抱えるプレッシャーは相当なものだろう。だが、俺にはそれだけとは思えない」

「ええ、そうよ。問題の本質は……身分違いの『恋』にあるわ」

「身分違いの……恋?」

「フォーサイス家は、アテネの『父方』の実家よ」

「なるほど……そういう事か」

 マリーンの言葉に、ルカはアテネの抱える本当の悩みを理解した。

 古い封建制を維持する大和の国では、身分とは絶対の壁であった。

 武士の子は武士であり、商人の子は商人であった。

 鬼狩りの一族に生まれたルカは、鬼狩りになる以外に道はなく、父に隠れて蘭学塾に通っていたのは、武芸以外を許されなかったからだ。

 マリーンの話によれば、フォーサイス家の長男だったアテネの父エリオットは、天才造船技師として名を馳せ、このステラ・マリス号を含め、現在竣工している多くの軍艦は彼の設計によるものだという。

 メルティナとエリオットの出会いは、彼がさらなる船への造詣を深めるため、停泊中の軍艦に乗り込んだ時の事だった。

 当時、十六歳だったメルティナは、既に海尉となり海軍で頭角を表し始めていた頃だ。

 港に停泊中とはいえ男が船に乗り込む事に、メルティナは大反対だったらしく、エリオットへの対応はそれは辛辣だったらしい。

 だが、二人はほどなく恋に落ちた。

 それはもう、燃え上がるような激しい恋だったそうだ。 

「でも、フォーサイス家は二人の仲を認めなかった……」 

 才気溢れるとはいえ、メルティナは無名の一海尉で、実家はパン屋。

 対してエリオットは、天才造船技師で、実家は歴史ある元王家で、現在は世界的な大財閥だ。

「それで、どうなったんだ?」

「二人は家の反対を押し切って、親しい者だけを集めた式を挙げたわ。私が誓約の言葉を紡いだのよ。次の年にはアテネが産まれたけれど、その時には、もう……エリオットは亡くなっていた。現代の医学ではどうにも出来ない病だった……」

 医師でもあるマリーンは、悔しげに唇を噛む。

 その後、メルティナは女手一人でアテネを懸命に育てたが、エリオットの実家あるフォーサイス家に裁判を起こされ、養育権をはく奪されてしまった。

 アテネは母の元を離れて、フォーサイスの大邸宅で幼少期を過ごす事になる。

 娘を取り上げられたメルティナは人が変ったように冷徹になり、死に場所を求めるように軍務に打ち込み、やがて――英雄へと登り詰めた。

「ところが、メルティナが英雄として絶大な名声を手にすると、フォーサイス家は亡きエリオットとメルティナが婚姻関係あると大々的に発表したわ。コロンビアの誰もが知っている二人の大恋愛は、あの家に都合がいいようにでっち上げられたものよ」

「随分な、手のひら返しだな……」

「本当にね」

 こうして、メルティナとアテネは母娘の再開を許され、アテネは母と同じ海軍への道を歩む事となるのだが――

「英雄の娘で、実家は名門となれば、その行動は常に注目を集める。良くも悪くもね」

「それが……周囲の期待という訳か」

「あの子は、本当に努力したわ。家の名に恥じないよう、母の名を穢さぬように。成果を上げなければ……また一人になってしまうと恐れるかのように」

 でも、とマリーンは言葉を続けた。

「先月、フリョーダの海軍本部で、あの子は海尉任官試験を受けた。もし合格すれば、メルティナと同じ十五歳で海尉となれた。あの子にとって大きな目標だった。でも、結果は不合格。海尉見習いを剥奪されて、士官候補生として一からやり直す事になったのよ」

「………そう、だったのか」

 ルカの中で、点と点が線で繋がる。

 最初に出会った時、士官候補生だと紹介された際の恥じ入るような表情も。

 教育係りを命じられ、海兵隊を外された際の焦りも。

 母の名前を出されて、黒髭の挑発に乗ってしまったのも。

 全ては周囲の期待に答えようとするあまり、理想とする母と、未熟な自分を比べてしまい、それが大きな劣等感となっていたのだ。

 アテネはその小さな肩に、ルカが想像していたより遥かに重い宿命を背負っているのだ。

「あの子の歩む道は、暗くて孤独で茨の道よ。母の名声に、名門の重責、そして、心無い者たちの言葉に、あの子は押し潰されそうになっていた。そこへ、現れたのが君よ」

「俺、ですか?」

「君はこれっぽっちも、あの子を英雄の娘としても、名門のお姫様としても、見なかったでしょう?」

「それは……無知が成せる技だ」

 アテネがメルティナの娘であるのは、顔立ちやその言動からすぐに察せられたが、ルカにわかるのはそこまでだ。

 奴隷であったルカは、メルティナがコロンビアの英雄とは知らなかった。

「でも、真実を知っても君の態度は変わらなかった」

 マリーンの言う通り、アテネが英雄の娘であり、フォーサイス家の令嬢であり、奴隷であるルカにとって雲の上の存在である事はすぐに知る事が出来た。

 だが、

「アテネは、アテネだ。肩書きなんて、次の朝には『王』から『奴隷』に変わっているかもしれない虚ろなものだろう?」

 奴隷であるルカに対して、アテネは二心なく接してきた。

 対等に勝負を挑み、勝っても負けても素直に喜怒哀楽を表し、常に一緒に飯を食べた。

 なればこそ、ルカは例えアテネが王族であろうとも、彼女がそう望まない限り、アテネを一人の少女して、大切な仲間として側にいるだけだ。

「曇りのない綺麗な目ね。そこに惹かれちゃったのかな」

「なんだって?」

「ふふ、ただのひとり言よ。話はこれでおしまい」

「話してくれてありがとう」

「なら、元気な姿をあの子に見せてあげて。それが、あの子にとってなによりの癒しになるわ」

「了解した」

 ルカは力強く頷いた。


  ◇


 医務室から出たルカは、身体の感覚を取り戻すように船内を行く。

 時折すれ違う水兵や、海兵隊の少女が、キラキラした表情で敬礼してくるのは、一体何故だろう。

 飛び出して行ったアテネを探すが、肝心の食堂にもおらず。

「アテネのやつ、食事を貰うって何処へ行ったんだ……?」

 腹は減ってるが、一人で食べるのも味気ない。

 仕方がないので、ルカは先に『目的』を果たすべく船底にある倉庫へ向かった。

 と、

「おや、珍しい客じゃないか」

 店のカウンタに肘をつきながら、ジョアンナは楽しげに笑う。

「武器が欲しい。見せてくれないか」

 と、ルカは言った。

「武器ならごまんとあるさ。だが、お前さんは見習い水兵だ。銃の携帯は禁じられてるよ」

「銃は不要だ。剣がいい」

「剣ねぇ、どんな品がお望みだい? 華麗な装飾のレイピアか、士官用のサーベルか、水兵用のカトラスか。敵を一刀両断に出来るクレイモアなんかもあるよ」

 ジョアンナは次々に武器を取り出し、カウンタに並べていく。

 その中でルカが手に取ったのは、一番見慣れた形の士官用のサーベルであった。

(素延べの刃とはいえ、鋼は上質で、切れ味も申し分ない。一級品に違いないだろう。だが、あの龍鞭を防ぐには足りない……か)

「これ位の重さと太刀幅で、もっと頑丈なものはないか?」

「頑丈な物ねぇ。こんなのはどうだい?」

 ジョアンナはさらに幾つかの剣を並べた。

「流石に『刀』はないか……」

 陳列された武器を見ながらルカは呟く。

 刀とは、大和の国の剣だ。

 人を斬る。ただそれだけのために千年以上も研鑽されてきた刃は、折れず、曲がらず、よく切れ、一流の刀匠に鍛えられた刀には魂が宿るとさえ云われる。

 最上大業物に至っては、聖霊器としての力を持つ物まで存在した。

 実際、商船に乗っていた客人で、剣術を教えてくれた『師』が使っていた刀は、紋章を刻んでいないにも関わらず聖霊を自在に操ることが出来た。

「カタナ――大和の国のサムライソードだね?」

「知っているのか?」

「知っているもなにも、この店にも一振りあるよ」

 意味ありげにジョアンナは笑う。

 それは最初からルカの望みを知っていて、隠していた表情だ。

「頼む。見せてくれ!」

「やれやれ、素直すぎるよお前さん。アタシが悪い商人なら、身ぐるみどころか尻の毛まで抜かれちまってるよ?」

「大丈夫、『目』は良いんだ」

 それはジョアンナを信頼しているという意味であった。 

「くくっ、一丁前に言うじゃないか。なら、覚えておきな。商人という生き物は、客の顔を見れば何が欲しいぐらいわかるのさ。けどね、最初から望みの品を出す商人はいないんだよ」

「そうなのか?」

「これも目利きの一つさ。相手が望む品より一つか二つ劣った品を出すのが商人だ。それで満足するならそれまでの客だし、そうじゃない客はさらに上の品を求めてくるってわけさ」

「手の内を隠すのは、商人も武人も変わらないんだな」

「そういうこった。それにそのカタナは売りもんじゃなく親友の形見なんだ。勿体ぶる気持ちもわかっておくれ」

「見せてくれるのか?」

「ああ、ちょっと待ってな」

 店の中に入っていったジョアンナは、しばらして戻ってきた。

 その手に漆黒の拵え袋を携えて。

「ほら、手に取ってみな。この店にある『剣』の中じゃコイツより上は存在しないよ」

 拵え袋を受け取ったルカが最初に感じたのは、ずしりと腕に来る刀の重量感であった。

(鞘を含めても二キロ位だろうに、随分と重く感じる……)

 袋の紐を解いてみれば中から出てきたのは、鞘から柄にかけて黒で統一された、武用本位の無骨な刀であった。

 立鼓形の柄には黒染めした鹿皮が巻かれ、巴透かしの鍔に、鞘は装飾が一切ない黒漆打刀拵。

「どうだい?」

「凄すぎて言葉もないな。失われていた身体の一部を取り戻したかのように手に馴染むよ」

「驚くのは、抜いてからにしな」

 ジョアンナに促され、ルカは息を止めて鞘から刀を抜き放つ。

 リンッと、涼やかな音が鳴り、眠っていた『魂』が目覚める。

 一瞬、船倉に風が吹き抜け――

「!」 

 刀身を見たルカは驚愕に目を見開き、ジョアンナは懐かしそうに目を細めた。

 刃渡りは二尺四寸五分。反りは六分。切っ先は大帽子で、波紋は直刃。

 だが、鬼狩りの子として、これまで多くの刀を見て来たルカからして、こんな刀を見るのは生まれて初めだった。

 何故なら、その刀身は、刃から切っ先に至る全てが『漆黒』であったのだ。

 それも漆などを塗って人工的に黒くしたのではなく、刀の金属そのものが闇を凝縮したかのような深い黒で、それでいて、凪いだ海のような透明感を放つ。

 如何なる金属を使い、如何なる技法を使えば、このように美しい刀が打ち上がるのか想像もつかない。

 ただ、一つだけ、たった一つだけわかる事があるとするなら――

「――――《黒刀こくとう闇一文字暗月やみいちもんじあんげつ》」

 と、ルカは呟いた。

「驚いたね。その刀の銘がわかるのかい?」

「いや、初めて見る刀だ。でも、手に取った時にこいつ自身が名乗った……そんな気がするんだ」

「良い武器は使い手を選ぶというからね。アンゲツとはどういう意味だい?」

「月齢でいう新月の別名であり、月の出ない朔夜の意味も含んだ大和の言葉だ」

 鞘へと刃を納めたルカは、刀をジョアンナへと返す。

「見せてくれて、ありがとう」

「刀を欲していたんじゃないのかい?」

「親友の形見なんだろ」

「いいさ。譲ってやるよ。後生大事にしまっているよりも、お前さんに振るってもらった方が、そいつも喜ぶだろう」

「ありがたいが、こんな名刀の対価は俺には払えない」

 まず間違いなく大業物の刀だろう。もしかしたら、最上大業物かもしれない。

 そうであるなら、この刀一本で城が買える値が付く。

「商品じゃないから金はいらない。でも、商人に『ただ』って言葉はない。その刀はアタシの宝物だ。なら、お前さんの宝物と交換でどうだい?」

 ジョアンナはそう言って、真っ直ぐにルカが首にかける『黒水晶の首飾り』を指差した。

「これは……」

 奴隷となったルカにとって、唯一最後の家族との絆である。

 これを手放すという事は、辛うじて繋がる家族との絆を、己の存在証明を、自らの手で断ち切る事に他ならない。

 ルカは黒水晶の首飾りを握りしめる。

 家族との思い出が走馬灯のように脳裡を過るが、最後にルカが見たのは、アテネが龍鞭に打たれそうになったあの瞬間だ。

(――――アテネ)

 過去ではなく、今を。新たな絆を守るために――

「その刀、ありがたく頂戴する」

 ルカは漆黒の瞳に覚悟を宿らせ、黒水晶の首飾りをジョアンナに差し出した。


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