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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

マネキン

作者: 小川かいた

 ちょっとグロです。

 なぜか、こういう系多いですね、短編だと。

私はこの時ほど、この世の中で一番恐ろしいのは人間なんやいうことを痛感したことはなかったです。あの事件はほんとに怖かったです。

 ある文化住宅の住人から、隣から異臭がすると通報を受けて私らは駆けつけました。扉開けて入ったら……入ったら、男は白骨化した頭蓋骨を抱きかかえながらニヤついていたんです。部屋中に血がこびりついていて、生臭い鉄錆びの匂いが充満していました。そんな中であの男は、頭蓋骨をさもいとおしいかのように撫でながらニヤついていたんです。

 そしてその男の横に、継ぎ接ぎだらけの女の死体が転がっていたんです。そう、5人分の女の体で作ったマネキン人形です……。


     ※     ※


 男は家に帰って早速包みを開いた。デパートのロゴが入った包装紙や手提げのついている白い箱を部屋の中にばら撒き、そして中の包装紙とビニール袋を一気に破り開くとそれが出てきた。それは白いワンピースであった。薄い生地の長袖ワンピース、スカートがひらひらと広がっている。所々に白や淡いピンクで刺繍やレースが飾られていた。

 男はデパートのブランド店でこの服を購入した。マネキンに着せてショーウィンドウに飾ってあったものを2時間もかけてじっくりと観察し、ようやく財布に手を伸ばした。その服が今手元にある。男は吹くを広げてみて、うっとりとそれを眺めた。

「何かに着せてあげんとなぁ……」

 男の薄い唇がぼそぼそと動いた。そしてやにはに狭い部屋をがさごそと漁って一冊のアニメ雑誌を見つけ出した。その一番後ろに通販の広告ページがあり、そこに等身大のアニメキャラフィギアが掲載されていた。男はのっそりと立ちあがり黒い電話を手に取った。


     ※     ※


 ほどなくして人形が家に届いた。

「いやぁ、この辺りは家が建て込んでますねぇ。学生さん相手の下宿なんですかね、ほらすぐ近くにあるでしょう。ここもそうなんですか?」

 男は知らないとだけ呟いた。

「まぁとにかく。代金引換えでしたね。はい、確かにお預かりしました。ではどうもぉ」

 等身大という割には小さな箱であった。開けて理由は判明する。手足バラバラに入れられていたのだ。男はすぐさま組み立てに入る。組みあがって、一緒に箱に入っていた服を着せずに、壁に掛けてあったあの服そっと着させる。

「はぁはぁ……はぁ……、フ、フフフ……」

 男は細い目をめいっぱいに広げてしばらく遠めにその服を見やり、そして近くによってまじまじと観察した。時折薄い唇の端を僅かに上げて笑う。

「キレイや……やっぱり思うた通りや……。僕の目に狂いはない……最高や……」

 男はぶるぶると全身を震わせながら、服へゆっくりと手を伸ばした。指先が僅かに服に触れた瞬間、男は衝動的に吹くを抱きしめた。

「はぁっっ……」

 男は満面の笑みを浮かべた……が、長くは続かなかった。

「固い……冷たいやないか……」

 男の目の色がさっと変わった。突然人形を張り倒し、それを力一杯踏みつけた。胴体部分に穴が開き、首が飛び、腕が折れた。

「あっ! しまった、服!」

 男は泣きそうになりながら慌てて人形から服を脱がした。幸い痛みも汚れもない。

「ゴメンよぉ! お前に乱暴するつもりじゃなかったんやで、分ってぇなぁ。なぁ、ゴメンよぉ……」

 男はしばらく服を抱きしめ、優しく撫で続けていた。


     ※     ※


 男は真夜中に外へ出た。インターネットで購入した睡眠薬を持っていた。

 電柱の影にもぐりこみ、じっと獲物を待っていた。

「はぁ……はぁ……」

 鼓動が高まり、息も自然と上がる。全身が震えてたまらない。

 女ならなんでもいい。とにかく生身の女だ。暖かさと柔らかさのある体が必要だ。あの服を着せて……。

 と向こうから一人、とぼとぼと待っていた獲物がやって来た。男は細い目をいっぱいに見開いて女を観察した。服は派手ではない。容姿も……それほど悪いわけではない。少し胸がないのと、太り気味なのが難点か。顔立ちも少し口が大きめかもしれない。

 いやえり好みしている場合ではない。女なら何でもいいんだ、何でも……。

 女はうつむき加減でフラフラと歩いていた。酒にでも酔っているのだろうか? 酒を飲んでいるとして、睡眠薬は大丈夫だろうか……? いや、そんな心配をしている時じゃない。

 男の全身がブルッと震え、僅かに薬ビンがかちゃかちゃ音を立てる。女がもうそこまで来ている……。

「ひゃぁっっ!」

 男は奇声を上げながら女に飛び掛った。女の反応はいやに遅かった。ぼんやり、という風に顔を上げたときには、男に押し倒されていた。女の表情にはなんの感情も浮かんでいなかった。しかし男にそれを気づく余裕はなかった。

 慌ててポケットの薬ビンを取り出し、中の錠剤を幾錠かてのひらに落した。そのてのひらで口をふさぎ、女に薬を飲みこませる。女は次第に、うつろな目になっていった。


     ※     ※


 目が覚めて最初に気づいたことは、なんだかじっとりと湿ったところに寝かされているということだった。意識がはっきりとしてきて、ようやく汚い天井が目に入る。ゆっくりと首をめぐらせると、ゴミだらけの狭い部屋にいることが分った。

 なぜこんなところに?

 女にはここがどこだかさっぱり見当がつかなかった。

 夜かと思ったがどうやら違うらしい。部屋にはこうこうと明かりがついているが、分厚いカーテンの隙間からは、はっきりとした太陽の光が漏れこんできている。

 女は大きく伸びをして、布団から起きあがった。手をついたところになにか固いものがあった。掴んでみると、それは人の頭だった。

「!」

 女は慌ててそれを投げ捨てた。にぶい音を残して壁にぶつかり、畳の上に転がる。よく見てみると、もそれは人の頭ではなく人形の頭だった。

 ちょうどその時、部屋の扉が派手な音を立てながら開いた。そこに男が一人立っていた。

「あっ! 目ぇ覚めてしもたんか!」

 男はわずかにきょろきょろと辺りを警戒した後、いかにも慌てた感じで部屋に上がりこんできた。そしていきなり女の体の上に馬乗りになる。

「いいか! 騒いだり暴れたりするんやないぞ! そんなんしたら、す、す、すぐ、殺すからな!」

「痛っ……いたたた……」

「うわぁぁぁ……」

 男は情けない声を上げながら、すぐさま女の体から離れる。女は頭を抑えながら、不思議そうな表情で男を見た。

「痛いんか? どっか怪我したんか?」

「は?」

 一瞬、沈黙が走る。

「頭痛いんか? 大丈夫か?」

「ちょっとあなた」

「頭痛薬かな? ちょっと待っててや、薬はあるからな。水も持ってくるから……」

「ちょっと待て。あなたねぇ、さっき殺すとかいっといて、それはなんやの」

「え? ああ、そうやなぁ……」

「間が抜けてるわねぇ。ラチっきてなんやそれ。ラチったんならそれなりのことしぃや。犯して殺すとかやぁ。臆病者」

「あ、ええと……」

 男はなかば浮かせていた腰を、また畳の上に落ち着けなおした。そしてじっと女の顔を見つめる。

 女は軽くため息をつき、豪快にボリボリと頭をかいた。

「で? なんのために私をここに連れてきたんや?」

「あ、あの、これを……」

 男はさっとたちあがり、慣れた様子でゴミだらけの床を渡る。部屋に唯一の家具であるタンスの前にきた。この汚い部屋の中でこのタンスだけがきれいだった。それに一人暮しの男にしてはかなり大きなタンスだった。

 男はそのタンスを観音開きに開いた。防虫剤のかすかな匂いが流れてくる。そこには数着の女物の服がつられていた。一着一着丁寧にビニールをかけられていた。そしてその中に、先日買ったあの白いワンピースもあった。男は迷うことなくそのワンビースを手に取る。

「こ、これ……着てくだ……いや、着ろ!」

「大きな声出さんでよ……頭痛いんだから……」

「あ、ごめん……」

「で? 着れば満足するわけね? わかった、それ貸しなさい」

 女はゆっくりと立ち上がった。まだ足元はフラフラとしてておぼつかない。少しバランスを取りなおすと、女はおもむろに着ている服を脱ぎはじめた。

「あ、ちょっと!」

 男は慌てて後ろに振りかえる。女からは見えていないが、男の額にじわりと汗が浮かんでいた。

「ちょっと、その服貸しなさいよ」

 男は振りかえらずに服を渡した。女はぶんだくるように福を取り着替える。がさがさと衣擦れの音だけが男の耳に届く。

「はい、着たわよ」

 男はゆっくりと振りかえった。女は肩まである髪を両手でかきあげて服の襟首から出していた。

「ああ、これや……。これや、ははははは……」

 男は弱い声をだしながらゆっくりと女に近づいた。足元のおぼつかなさでいえば、男も負けていなかった。ふらふらと近寄り、震える手をゆっくりと女へ伸ばした。ゆっくりと肩に手を回し、そして優しく抱きしめる。

「あああったかい……柔らかい……。これや、こうでなくちゃいかんよ……」

 男は大きく息を吸い、ゆっくりと吐き出した。

「いい匂いや……よう見せて」

 男はすっと体を離してしげしげと眺める。

「なに? 私やなくて服見とんの?」

 男にはなにも聞こえていないらしく、細い目を一層細くしてじっくりと舐めるように女の体を、服を眺めていた。

「ちょっと、聞いてる? 私は?」

「いいから黙って。僕はねぇ、服が好きなんや。ひらひらで、キレイな……」

「はっ! 変態野郎……」

 男はゆっくりと観察した後、満足げな表情を浮かべてひとつうなづいた。


     ※     ※


   奇妙な同棲生活が始まった。

 男は白いワンピースを着せたまま女を離そうとしない。だが不思議なのが女が帰る気になっていないようなのだ。

 男が部屋にいるとき、女は黙って布団の上に座っていた。男は2台あるパソコンを駆使してプログラムを組んでいた。男の仕事はゲーム会社のプログラマー。本来なら会社に出て仕事をしなければならないところだが、彼は特別に自宅勤務を認められていた。毎週土曜だけ大阪の会社まででかければいい。

 ある日そうして会社に出て夜遅くに帰ってきたとき、部屋の様子がガラッと変わっていた。ゴミは全て片付けられ、シミだらけの畳がきれいに現れていた。ホコリや汚れも極力きれいに拭き取られていたし、布団のシーツもほぼ元の白さを取り戻している。布団もシーツも見ただけでよく乾いていることがわかった。

 部屋の片隅に花瓶があり、そこにカスミソウが生けてあった。部屋の中に漂っていたすっぱいような匂いは、その花とカレーの匂いにとってかわられている。

 タンスの前に、大きなスポーツバッグがおいてあった。

「なにこれ?」

 男はまるで自分の部屋ではなくなった部屋をきょろきょろと見まわして呟いた。

「なにって?」

「部屋が……」

「だってねぇ、汚い部屋に住むなんて私はイヤやからね。ちょっとくらいは私も好きにさせてもらうわよ。まぁそこ座って待ってなさいよ。今カレー作ってるんやから」

「分るよ……」

 男はなんとなく場違いなところにいる気がして、机の前にきちんと正座して座っていた。

「あなた、毎日毎日コンビニ弁当とレトルトやったろう。よく病気にならんかったわねぇ。ちゃんと台所あるんやから、ちょっとぐらい使いなさいよね。まぁ料理くらいは作ってあげるわ。でもトイレが共同で、おフロがないってのが不便かぁ……」

 女はぼんやりとしながら、ぐるぐるとカレーをかき混ぜていた。ふと男が気づいたことに、女は白いエプロンをつけていた。この部屋にはない代物である。

「えっと……ちょっと?」

「なに?」

「ひっとして……外に出たんか?」

「うん、だって着替えがないんやもん」

「はぁ!?」

 男があきれているのにそ知らぬフリをして、女はカレーをお玉に掬って一口すすった。

「うん、上出来。こう見えても料理は得意なんよ」

 女は鼻歌なんかを口ずさみながらカレーを盛りつけていた。

 一度はあの服を着てもらってある程度満足もしていたし、乱暴なことをしたという引け目もあって男は女が逃げてしまってもまあいいか、と思っていた。しかし女は一度家に帰っておきながら、またここに戻ってくるなんて……。


 次の日朝早くに叩き起こされた。机にはすでに朝食が並べられている。白いゴハンと味噌汁。ししゃもとのり、日本の朝食風景があった。

 女はジャージにエプロンをつけて立っていた。

「いつまで寝てるつもりや? ゴハン冷めてしまうよ」

「今何時?」

「きっかり7時。もちろん午前の」

 シャッと音を立ててカーテンが明けられた。朝の強烈な光が窓から刺しこんでくる。

「うくっ……」

 女は軽やかに机につくと、さっさと朝食を取り始めた。その様子を男は寝ぼけた様子で見ていた。

 化粧はしていないし髪もボサボサの女がぼんやりと朝食を取っている。だが男には部屋に女がいるということ自体初めての経験だった。それを思い起こして、急にはっきりと目を覚まし、にわかに緊張する。

「ねぇ」

「あ、はい!」

「なぁに素っ頓狂な声上げてんのよ。ところでさぁ、私、まだあなたの名前知らんのやけどさぁ」

「え、名前? 名前……僕も……」

「私は日高都、よろしく」

「ああ、ええと……岸田……恭介……」

「下の名前で呼ばせてもらうわ。だから私もミヤコでいいよ」

 それから静かに朝食を取った。

 その日の午後になって男は部屋から追い出された。掃除している間に散髪と風呂屋に行くよう命じられる。男は散髪どころかフロにも長く行ってなかった。髪はボサボサで伸び放題。脂ぎっていた。散髪に行く前に風呂に入らないとな……。

 そうして夕方頃に部屋へ戻ってきた。扉を開けたとき、さわやかに風が吹きぬけていった。ほとんど開けられたことのない窓が全開になっているためだった。女はその窓で、干してある布団をぱたぱたと叩いていた。

 男はのっそりと部屋に入り机の前に座る。女が布団を抱えて振りかえったとき、思わず布団を投げつけるくらいにびっくりした。

「ちょっと! 帰ってくるときぐらい挨拶しなさいよ!」

「ああ、ごめん……。ただいま」

「はいおかえり。けっこう見れるようになったんやない?」

 女はしげしげと男を眺めた。さっぱりと短く切りそろえられた髪。剃り跡もみずみずしいあご。風呂に入ったお陰か、顔に血色が戻ったようにも見える。

「まぁギリで合格ラインってとこか。さわやかヘアにしては、メガネがブサイクやな」

「言いたい放題やなぁ……」

「まあまあ。ところでどうしてカーテン閉めたままやったん? この部屋すごい景色いいのにさぁ」

 少し高台に立っているため、南側に切ってある窓からはかなりの景気が眺められた。

「きっとそんな分厚いメガネ越しに見てるからキレイともなんとも思わんのやろ。いっそコンタクトにでもしてみたら? 変わるんじゃない?」

「コンタクト……ねぇ」

 男はなかば真剣に考え込んだ。


     ※     ※


 そんな生活が続いた。ありふれた日常だった。

 男は規則正しい生活が身についたらしく、最近は女に起こされなくても目を覚ますようになっていた。女はこの部屋にすっかり馴染んでしまって、どこになにがあるのか全て把握してしまった。

 ただ二人の間に体の関係はまったくなかった。女が布団に寝て、男は適当に雑魚寝ですましている。おやすみ、と言って電気を消し、そのまま寝るだけだった。が、それも変わる日がきた。

「ねぇ、私とセックスしたくない?」

 電気を消してうつらうつらしている時に、男は突然そう言われて一瞬で目を覚ました。

「セ、セセ……セックス……」

「そんな感情こめて繰り返さんでよ」

「あ、いや……すまん……。でもなぁ」

「でも何よ」

「僕女性とそんなことしたことないし……なぁ」

「じゃあ今からすればいいんじゃない? ね、しよ?」

 そしてセックスをした。男は焦るばかり、結局は女がリードしていた。男はただがむしゃらで、女は極めて冷静だった。男ばかり6度もイッたが、女は一度も気持ちいいと思わなかった。

 男は疲れ果てて終わったあと、女の体をそっと抱きしめ髪をゆっくりと撫でていた。

「ふーん、意外と優しいんだねぇ」

「え? いや。嬉しいやろ? 女性はこうしてもらうのが嬉しいって読んだことあるから」

「本からの知識ね。ふーん……」

 女は適当に手を伸ばして自分のハンドバックを取った。そして中からメンソールのタバコを取り出し火をつけた。

「あれ? タバコ吸うの?」

「こういう時だけね。吸いたくなるんよ」

 女は青い煙をゆっくりと吸い、白い煙をゆっくりと吐き出した。そしてまったく自然な感じでこんなことを話はじめた。

「ねぇ知ってる? 私が死にたいって思ってること」

「は?」

 男の返事は自分でも分るくらいに間が抜けていた。

「死にたいんよねぇ。いや、死んでもいいかって思ってる。どうなってもええやんって」

「ミヤコ?」

「あのね、婚約した相手にさぁ、フラれたんよね。私はどうやらつまらない女らしくて、他に女作って行っちゃった」

 男にはなんとも返事のしようがなかった。女が返事を期待しているとも思えなかった。男は女が吐き出す煙をじっと見つめていた。

「やけ酒飲んだんよ。それで外ブラブラしてたら、バカな男が襲いかかってきてさ。犯されると思ったし、それでもいいかって思った。けどなんでやろ。こんなとこで生きて、普通に生活してるわ。普通に、普通に……」

 女はくるりと男から背を向けた。しかしその細い肩が震えていた。男はかける言葉も見つからず、ただ抱きしめ続けることしかできなかった。

「えっと、ミヤコ?」

 しばらくして男が声をかけたとき、女はいつのまにか眠っていた。


     ※     ※


 それから一ヶ月が過ぎた。相変わらず二人の生活は続いていた。何事もない平凡な毎日だった。女は時々家に戻るようだが、かならず男の部屋に戻ってきていた。男は週に一回の出社ではなく、週5回に変わった。それでも毎日遅刻もせずに通っていた。

 セックスもよくするようになった。ただ同棲している他のひとよりずっと回数は少なかった。男はキスもしたいと思っていたが、女はそれだけは許さなかった。

 男は女に服を着てくれと言わなくなった。しかし女が自分から男の選んだ服を着てみたりもしていた。男の選ぶものはけっこうどれも派手で、ヒラヒラしたものがついていたりフワッとした感じのものが多かった。女は正直そういう服はあまり好きではなかったが、たまに着るのはいいらしい。

 そんなある日男が仕事から戻ると、女があの白いワンピースを着て待っていた。はじめてこの部屋に来た日以来一度も着たことのなかった服だった。そして部屋の机にはケーキが置いてあった。

「あれ? ケーキ?」

「だって、今日私の誕生日なんやもん」

「あ、そう。そうなんや……」

 両手をみつめるが、仕事の資料なんかが入ったビジネスバッグを持っているだけだった。

「あぁええよ、そんな気使ってもらわんでも。一緒に祝ってくれるだけでいいよ」

 二人だけのささやかな誕生日だった。でも女はすごく嬉しそうにローソクを吹き消した。

 毎年決まっているらしいチキンを食べ、安物のテーブルワインで乾杯した。食事もケーキも平らげた後二人はワインを飲みながら長い夜をぼんやりと過ごした。何をするわけでもない。なにを話すわけでもない。なにか音楽があるわけでもない。ただぼんやりと二人で夜を過ごした。

 だんだんと外が白みはじめていた。

「トイレ行ってこよ」

 女は勢い良く立ちあがったが足元がおぼつかづ、フラフラとよろめいてしまった。足が机にぶつかった拍子にワイングラスが倒れる。

 白いワンピースに、赤い染みが広がった・・・

「きぃぃぃぃぃぃぃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

 突然男が奇声を上げた。女は驚いて男を見ると、目をカッと見開いてワンピースの染みをじっと見ていた。

「あ、ゴメン。今日にでもクリーニング出しとくわ」

「お、おま……お前!」

 男は飛びあがるように立ちあがり、勢い良く机を飛び越えた。その勢いのまま女を押し倒した。男にはなにも見えなかった。ただ目の前に赤い染みが広がっていた。

 女は必死になって抵抗したが、ついに動かなくなってしまった。ただ静かに、一粒の涙を落した。

 ゆっくりと男の目の前に景色が戻ってきた。目の前に自分の腕が見えた。その先に手があり、その手は女の首をしめつけていた。

「う、うわぁぁっ!」

 男は慌てて手を離し、飛びのいた時壁に背中をしたたかにぶつけた。しばらく呼吸を整えて、それからようやく女をじっと見つめた。女はピクリとも動かなかった。おずおずと近づいてそっと胸に耳を当てた。なんの音もしなかった。

「そんなつもりやなかった。そんな気なんてなかったんや!」

 男は女の肩を掴んで揺さぶりながら耳元で叫んだ。

「ミヤコ! ミヤコ! 起きてくれよ、ミヤコ!」

 しかし女に目を開ける気がないようだった。

「ミヤコ……どうしよう……。この死体……そうや、そうやねん。元々はこいつが悪いんやしな。顔もそんなに気に入らんし。胸が小さい割には態度はデカいしな。大体こいつは死にたがってたやん。僕が楽にしたってん。そうなんや」

 男はその日仕事を休んだ。そして1日、動かない女を眺めて過ごした。やがて日は西に落ちていく。薄暗がりの部屋で男はそっとつぶやいた。

「この服に合う体作ろ……」


     ※     ※


 男は女の体にのこぎりを引いた。女の腰から上の部分だけを残しておこうとした。胴体でも胸は削ぎ落とした。血が畳に広がって難儀した。それに切り取ったものが残る。

「捨てるにしてもなぁ……腹減ったなぁ」

 男はなるべく大きな鍋を用意し、切り落とした部分をできるだけ小さく切り刻んだ。そしてよく煮てポン酢で食べた。

「意外といけるもんやなぁ……」

 髪の毛と爪と骨だけ残し、あとは全て胃の中におさめた。

 そして次の日から、腕と足と顔と胸を捜して街をブラついた。よさそうな女を見つけ、一人になるまでそっと後をつけて襲って連れかえる。薬で眠っている間に殺してしまい、ゆっくりと目的の部分を手に入れた。

 ほっそりしなやかな手、スッと伸びたシミ一つない足、大きくふっくらとした胸、目の大きな白い肌の顔……。

 そして残りの部分はやはり食べてしまおうとした。

「かっ! ゴホゴホッ! なんやこれ、マズいなぁ……」

 結局全てゴミの日に出すはめになった。

 ミヤコが持っていた裁縫道具でパーツを縫い合わせた。慣れない針仕事に指を刺したりもしたし見た目もきれいではなかったが、それでも一応すべてつなぎ合わせた。

「ははは、出来たで……」

 男はさっそく白いワンピースを取りだして着せた。まだ赤い染みは残ったままだった。

 そして男はマネキンをゆっくりと抱きしめた・・・

「冷たい……固い……」

 男は体を離してじっとマネキンをみつめる。

「ははは、冷たくて固い……ははは。せっかく作ったもんが、最初の人形と同じやなんて。全然似合わんやんか。服が映えん。一番似合うの選んだのに、なんでや。ミヤコが着てた時のほうがずっときれかったで。ミヤコが……ミヤコ……。なんやねん、僕が間違ってたいうんか! 間違って……間違ってたんやな……ウワァァァァァァァァァァァッッ!」

 男は白いワンピースをずたずたになるまで引き千切った。そしてつぎはぎだらけの体があらわになる。その体を見てはっと気がついたように、男は部屋の隅にあるゴミの山を漁った。そこにはきれいに食べたミヤコの残った骨もあった。その一番底にミヤコの頭がある。わずかに血や肉が残ったミヤコの、首。

「ミヤコ、ミヤコ……。ごめんな、いまさらやけど。ごめんな、ごめんな……」

 男は目に涙をためて、いつまでもその言葉を繰り返していた。そして優しく頭をなでる。男の目に、嬉しそうにローソクを吹き消して微笑むミヤコの姿が映っていた。

「ミヤコ、もう間違わんからな。僕でよかったら、ふたりで幸せになろな……フフフ」

 その時部屋の扉がはげしくノックされた。扉を無理にこじ開けて入ってきたのは、近所の住人の通報によって駆けつけてきた刑事ふたりだった。

 男は、何も気づかなかった。


   おわり

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