20:恋人なんて
海に沈んだ『ペンギン大陸』から見上げると、それはそれは幻想的な景色が広がっている。
海の下から見る海面は、月の光がたゆたって、暗い海に優しい明かりをもたらしていた。その明かりは海の様々な生き物を集める。
その様子に感動を覚えたのか、メリーが両目を輝かせた。
「深海からやってくる生き物もいるのね」
鋭い歯を持っていたり、ぶくぶくに膨れ上がったボディから妙な触覚を生やしていたり。一見するとグロテスクな生き物ばかりだが、互いに争う気配がなく、温厚な生き物である事がうかがえた。
「美しいものに平等に惹かれている……理想郷を見ている気分だわ」
メリーは、感嘆の溜め息を吐いていた。
だが、そろそろ水をさしておかないと。
「僕らはドロドロ草をとりに行く。目的を忘れないでほしい」
「……」
『ペンギン大陸』の脇は、普通の鳥と同じように、翼の付け根にある。住むには不適、遊ぶには危険すぎるため普段は誰も近づかない。
そこにドロドロ草があるか分からないし、何より独特の臭いを発する事がある。乗り気はしない。
だが、ドロドロ草を見つけないとオルトラーナに怒られる。
それは確実に命に関わる。
僕達は逆立つ巨大な羽毛を避けながら、『ペンギン大陸』の脇にたどり着いた。一言で表せば、臭気地獄だ。例えるなら、大量の生ゴミに汚物を混ぜたようなものだ。
鳥の脇ってこんなに強烈なものか? 予想通り……いや、予想以上にくさい。
下手に近づけば、意識が飛びそうだ。
「うっ……」
メリーが鼻を押さえる。
「皆さん頑張ってくださいね。手ごろな入れ物を持ってきます」
フィオーネにいたっては、近づきすらせず、逃げた。
しかし、僕達全員が逃げ帰る事は許されない。オルトラーナの怒りを買うわけにはいかない。
「ドロドロ草はありそうか?」
溜め息まじりに僕が尋ねると、メリーはうなった。
「分からないわ。近づきたくないし。草が生えていたら持ってきて。見てあげるから」
「……草を持ってくるのは誰だ。ドロドロ草がどんなものか分かっている人間が行った方が能率がいいだろ」
メリーは輝く瞳で親指を立てた。
「クレイル、ここは男の見せ所よ」
「馬鹿の証明だろ?」
僕が鼻で笑ってやる。
メリーは憤慨した。
「さいってい! こんなに一生懸命お願いしているのに」
「そうだそうだ、この最低ハーレム男!」
気づいたら、野次馬の集団が僕達を取り巻いていた。その集団の中から、中肉中背で人相のよく似た男が二人出てくる。
「さっきから可愛い女の子たちといちゃいちゃしやがって」
「鼻の下が伸びなくたって、下心を満たす算段はしているんだろ?」
二人は僕を指さして声を合わせる。
「この、女ったらし!」
息がピッタリだ。
この二人はハンター仲間だ。双子の兄弟で、シンとジンという。何かと僕に絡んでくる。
「用事は?」
僕が問うと、二人は同時に溜め息を吐く。
「相変わらずとぼけるのか」
「今日こそ貴様の二股を暴くぜ!」
「正義の名のもとに」
「ハンターの誓いのもとに」
変わりばんこに話すが、口調も声の高さも同じだ。どちらがしゃべっても変わり映えはしない。
ちなみに、正義に誓ってもハンター仲間に誓っても、僕は二股はおろか恋人すらいない。悲しいなんて思った事はない。
恋人なんていた所で、めんどくさいだけだ。
少しは面白そうだけど……。




