挿入話:フィオーネ
「うー痛い」
メリーは顔を上げた。恐ろしいほどの衝撃に見舞われたが、なんとか意識はつないでいた。
リスクはあったものの『バード』は動きを止めた。それだけで彼女は満足だった。
防風ガラスをはずして胸を張る。
「さすが私! クレイルも褒めてよ……ってクレイル!?」
メリーは、クレイルに意識がない事に気づいた。耳元で名前を呼んでも返事がない。微かに呼吸はしているが、虫の息だ。
「誰か助けて! どうすればいいのか分からないの」
メリーは叫んでいた。
「私の命の恩人なの。このまま死なせたくないの。私にできる事なら何でもするわ。お願い、誰か助けて!」
遠巻きに見ていた野次馬達がざわめきだした。その中から、一人の女性が歩み寄る。緩いウェーブのかかった茶髪を腰まで伸ばしている。
「お困りですか?」
穏やかな声で語りかける。純白のワンピースを身につけた姿は、天使を思わせた。メリーは泣きながら頷いた。
「クレイルが死んじゃう……」
「大丈夫です、男の子ですから。簡単には死にません」
女性は微笑んで、クレイルに手を触れる。
「心配ないわ。ちょっと骨が折れているだけ」
「怖いんだけど、それ」
「当て木をして一ヶ月もしたら治るわ。大丈夫。いい医者がいるから」
そう言って、女性は野次馬の一人に医者を呼ぶように頼んだ。自らはクレイルの脈を取ったり、呼吸音を調べたりしている。
「できるだけ身体に負担がないようにしたいのだけど……下手に動かさない方がいいかしら」
女性は、『バード』内でくの字倒れるクレイルの頭にそっと触れた。その様子を見て、メリーの胸のうちに熱い炎が灯った。
「あんたとクレイルってどんな関係?」
「ただのお知り合いよ。昔から縁があるだけ」
「どんな縁!?」
「随分と食いついてくるわね。もしかして妬いているの?」
メリーの顔は耳まで赤くなった。怒りのためか、恥ずかしさのためか。当人には分からなかった。
「な、なんでそんな話になるの! 私はただ命の恩人が放っておけないだけ。何にもやましい事なんて考えていないんだから」
「あらあら照れ屋さんね。私はちょっとやましい事を考えているかもしれません」
「なななななな! なんて事を」
「ごめんなさい。あなたの反応が面白くてちょっとからかっただけです」
女性はクスクスと笑っていた。メリーは怒りで頭のてっぺんから火を噴きそうだった。
「冗談じゃないわ! あなたが何様か知らないけど変な事言わないで」
「そんなにカッカしないでください。謝っているでしょ」
「態度が謝っていない!」
メリーは本気で怒っているのだが、女性は微笑んでいる。
「かわいい」
「か……!? からかわないで!」
「だって本当にかわいいのだもの。彼氏さんが心配でしょうがないのね。クレイル君は意外としっかりものだから、安心なさい」
「ど、どうでもいいわ」
メリーが視線をそらして口ごもるのを、女性は楽しそうに見ていた。
そうこうしているうちに、白衣の集団が現れた。『バード』内で倒れているクレイルを運び出す。
「名乗り遅れたけど、私はフィオーネ。フィオと呼んでね」
女性――フィオーネ――は右手を差し出した。
メリーはその手を握り返す。
「私はメリー。恩に着るわ」
「メリーちゃん……素敵な名前ね。今後ともよろしく。クレイル君はいい医者が治してくれるけど、タダというわけには行かないわ。変なお願いはしないから、頑張ってくれる?」
「もちろん!」
クレイルの知らない所で、話は進む。メリーはただ頷くばかりだった。




