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お嬢様の日常、執事の平常

作者: 金兼人右
掲載日:2013/01/08

 軽やかなカーテンを開ける音ともに爽やかな風が頬を撫でる。

「朝で御座います」

 聞きなれた安心できる声が私に目覚めを告げる。

 窓を開けた彼は私に近づいてくる。

「お嬢様。朝ですよ」

 耳元で聞こえる彼の声は、私を覚醒させる。

「ぅん・・・・・・おはよう、クエーク」

「おはようございます」

 目を開けると、耳元に居たはずのクエークは居らず、ベッドから一歩離れた場所に立っていた。

 今着ているネグリジェを脱ぎ、隣の部屋の浴槽に向かう。

 最近、発明された温水シャワーを浴びる。朝から温水を浴びれるのは思っていたより気持ちよくこのシャワーを導入してからの毎朝の日課になっていた。

 いつの間にか鼻唄を歌っていた私はふっとこの後の事を考えて少しだけ憂鬱になった。

 執事のクエークとは、私が生まれたときからの付き合いでおしめを換えてくれたことがあると聞いたことがある。

 着替えは勿論使用人であるクエークがしてくれるのだ、少し前までは、当然のことなので、気にしなかった。

 しかし、クラスメイトは着替えさせてくれる使用人は女性が普通と聞いた。更に第二次性徴を向かえた私の身体は、最近胸が膨らみ始めた。

 その事もあり、恥ずかしさを覚えていた。だけど、長年連れ添ったクエークにその事を言うのも何だか恥ずかしかった。

 シャワーを浴び終え、バスタオルで身体を拭きいつの間にか置かれていた下着を身に着ける。

「お嬢様。髪を整えますので、バスローブをどうぞ」

 下着を身に着けると同時にクエークがバスローブと学校の制服を持ってきてくれた。

 バスローブを羽織い、鏡の前に座る。

「今日はどういった髪型にしますか? いつも通りにしますか?」

 私の下着姿に動じてないクエークになんだか無性に腹が立ったが、それを押し殺して、普段通りに声を出すことを勤めた。

「いつものポニーテールでお願い」

 ドライヤーの温風で乾かしながら髪を梳かす。梳かした髪を後ろで淡いピンク色のリボンで纏めポニーテールが完成する。

 今度は、着替えなのでバスローブを脱ぐ。そして、なすがままに着替えさせてくれる。きっと私の顔は紅くなっていることだろう。

 やがてリボンタイまで整え終わる。

「お待たせしました」一歩後ろに下がり頭を下げた。


 朝食を取るために、部屋を出た所でクエークが庭の清掃が残っていると言い私の側から離れる。

 普段いつも私の側を離れないクエークは時折、清掃等の仕事があると言い偶に離れる。清潔であるのは良いが彼の仕事は私の執事だ。いつも近くに居なくてどうするんだ? と思うものの必要になるとクエークはいつも側に居るので問題無いのかとも思う。

 食べ終わる頃には、きちんとクエークは帰ってくる。

「お嬢様。今日の予定ですが学校の後、奥様とオペラ鑑賞。その後リストランテ・ヘルメシルでディナーをご予定しております」

「オペラ観賞は何時から? 着替える時間位あるよね?」

「いえ、残念ながら一旦お屋敷まで帰ってる時間は御座いません。ですが、お着替になる服は劇場の近くの店で既にご用意ができてますので、そこで商品を受け取りお着替えとなります」

 相変わらず憎たらしいほど準備が整っている。



 学園のロータリーに着き、運転手も勤めたクエークがドアを開けてくれるその後、手を添え、車から降りる。

 あれ? 手袋が擦り切れてる。今度いつものお礼にいい手袋があったら買ってあげようかな?

「それでは、今日も一日頑張ってください」

 いつもの口上を聞き流し、ロッカーに向かった。

「フレイヤ、おはよう~」後ろから陽気な声で挨拶が来る。

「おはよう。リンダ」振り向き挨拶を返した。

「今日もクエークさんのお見送り? 相変わらずかっこいい人だよね~。フレイヤはあんなかっこいい人が付き人でさぞ鼻が高いでしょう~」

 リンダが言うようにクエークはかっこいい。

 中肉高背で背は高く180を越している。

 身体能力も高く、この前なんか風船が木の枝に引っかかってしまい泣いている子供の為に助走をつけ木を台にして、蹴り2メートルを越す所にあった風船を見事取ってしまったのだ。

 更に身内贔屓かもしれないが、目は翡翠の様に鮮やかな緑で見ていると引き込まれそうになる。ただ時折、どこか遠くを見てる気がするが、少しでも私がそれに気付くと、これ以上は入れさせないと言った表情の少し困った笑顔をするのは私だけの秘密だ。そう思うとなんだか嬉しい。

 話がずれてしまったが、鼻はすらっと長く、口から出る声はまるでオペラ歌手のごとく耳触りが良い。

 見た目だけではなく、性格は温厚で怒ってる所を見たことが無いほどの紳士で、どこかの貴族だったのではなかと思うほどの、品と教養を兼ね備えている。

「ねぇフレイヤ? クエークさんって恋人とか居るのかな?」

 クエークの事を少しだけ考えたら思わぬ事を聞かれてしまった。

「彼女ですか? うーん? 居ないと思いますけど・・・・・・」

「えー? そうなの? あんな紳士な方に、恋人が居ないのが信じられない~。フレイヤ・・・・・・あなた、クエークさんに我侭言って作らせてないだけじゃないの?」

 我侭なんかいってないもん。しかし、私もメイド達もクエークに恋人が居ない事が不思議に思っている。

 でも、クエークに恋人が居るかもと考えると、癇に障るのは秘密だ。

 

 

 授業が終える鐘が鳴り、クエークが待つロータリーに向かう。

「お疲れ様でした。お嬢様」

 朝に別れた立ち姿で待っている。

 目的地の劇場の近くに車を駐車して、徒歩で服屋に向う。

 新作の服というドレスは、薄水色のシンプルでフォーマル。されど洗練された刺繍がキラリと光る一品と言ったドレスだった。

 更に小物に数点用意されていた。肩が出てるドレスに合わせるような淡いピンクのストール、同じ色で纏めたミニバッグに首から提げた三日月をモチーフにしたダイヤのネックレス。

 どれも、上品に纏まっていた。

「お嬢様。すみませんが暫くここでお待ちください。すぐに戻りますので」

 そう言うとすぐに店から出て行ってしまう。

 出て行った方を目で追いかける。そこには老紳士然とした人と何か2、3話している。珍しく怒っている? 老紳士が紙を預け立ち去る。

 一旦首を振って何かを追い出すような仕草をした後いつものクエークに戻り、帰ってくる。

「さぁお嬢様。劇場に向かいましょう奥様もきっともう待って居られる頃です」

 先ほどの出来事について聞きたがったが、触れたらいけない気もしてあえて気付かない振りをする。

「そうね。そうしましょう」

 お母様との待ち合わせの場所でもある劇場に向かうことにする。

 雑貨屋の前を通った所で、ふっとおしゃれな白い手袋が見えた。

「ぁっ」つい声が漏れてしまった。

「どうしました?」

 ショーウィンドウに飾られていた手袋を見ていた為、足が止まっていた。

「いいえ、なんでもないわ」

 オペラの休憩中に少しだけ抜け出して、買いに来よう。サプライズで驚かせるぞ。

 なるべくにやけない様に努め、その場を後にする。

 

 劇場に着くと既にお母様が待っていた。

「お待たせしました。お母様」

「私も今来たとこなの~。それより、ママに向かって堅苦しいのはやめてって~言ったでしょう~」

 のんびりとしたどこか抜けた声で頬をリスの様に膨らませてた。

 お母様は、14歳にもなる私が居るのにまるで学生の如く幼く見え、姉妹によく間違われる。頬を膨らませるお母様は、私から見ても可愛い。

「それにしても~、フレイヤちゃん。そのドレスとても良く似合ってるよ~」

「ありがとう。クエークが見繕ってくれたの。お母様のドレスもお似合いだよ」

 えへへと照れた様に頬を紅らめその場でぐるっと一回転した。ドレスの裾がふわっと浮き、綺麗な足首が見える。

「それじゃあ~、荷物を預けて席に向かいましょう~」

 クロークルームに荷物を預け、席に向かう。

 用意したあった席は、二階のボックス席で、ここからステージが良く見えた。

 それから、十数分後ブザーがなりオペラが始まる。

 

 工場で働く女工たちの中で、若い男たちに一番人気のあるジプシーのカルメンは「ハバネラ」を歌って男たちを魅了した。しかし、衛兵の一人ホセだけは全然彼女に興味を示しさなかった。と言った始まりだった。

 ジプシーのカルメンと衛兵のホセの複雑な恋愛が歌と共に繰り広げ、カルメンが闘牛士に心惹かれた所で幕が下りる。

 

 休憩が入ったので、クエークが居ないうちに劇場を抜け出して先程の雑貨屋に向かう。

 急いで、白いシルクの手袋を購入した。クエークの手の大きさなら、測らなくても分かる。

 劇場に戻る途中で、屋根の上を跳んでいくクエークの姿を見た気がしたが、気のせいだろう。一瞬だけだったし、そもそも彼があんな所に居る理由が無い。

 きっと、カラスか何かを見間違えたのだ。

 

 二幕目に間に合い息を切らしながら椅子に座ると絶好のタイミングで冷たい紅茶を差し出される。

 差出人を見るとやはりクエークだった。先程のは見間違いに違いない。

 やがて、幕が上がる。

 衛兵と闘牛士との決闘をし、ホセの故郷の母が重病を患い帰郷することになった。その後戻ってくるとカルメンは闘牛士と愛の言葉を交わしていました。復縁を求めるホセだが断られ激昂の末カルメンを殺してしまう。という劇的な最後で幕が下りた。

 

「フレイヤちゃん~。殺されるほど愛されるってどう思う~?」

 先程のオペラに対して、お母様がそんなことを言い出す。

 殺されるほどねぇ・・・・・・。

「よく分からないわ」

「じゃあ、例えば~、クエークに~愛されすぎて~折に婚約者ができて~無理心中を起こされたら~?」

「えっ?」

 クエークに・・・・・・あれ? 悪くない? 寧ろ嬉しい?

 なんだか顔が熱い。火照ってる顔に手で風を送る。

「あれれ~フレイヤちゃん。顔真っ赤~」

 お母様に囃し立てられ、ますます熱くなる。

「や、止めて、お母様!」

 クエークがどんな顔で私を見ているか、気になるが私自身でも分かる位に顔が紅いのを見せるのは恥ずかしすぎる。

 終始、顔を下を向けレストランに向かう破目になった。うぅ、情けない。

 だけど、レストランの料理はおいしく、直ぐに先程の事を頭から追い出してくれた。

 

 

 入浴を終えて、改めて机に置いてある紙袋を見る。

「いつ、渡そうかな?」

 小声でぽつりと呟くの同時にクエークが扉をノックし、

「お嬢様。少しよろしいですか?」

「え? あ? あわわ」

 余りにもタイミングが良すぎたので慌てるが、深呼吸をする。

「いいわ。入ってきて」

「失礼します」

 クエークもお風呂上りなのか、濡れた髪の毛やうなじが艶かしい。

「こんな時間にどうしたの?」

「お嬢様にこれ・・・・・・プレゼントです」

 クエークは手に木の箱を持っている。どこかで見覚えがあるけど、どこで見たのかな?

「これは?」

「今日、雑貨屋でお嬢様が見ていたオルゴールです」

 あっと驚く。クエークには手袋を見ていたのを隣のこれと勘違いしてたのだ。

「ありがとう。でもねクエーク、実は雑貨屋で見ていたのは」

 机に置いてあった紙袋を取ってくる。

「これを貴方の手袋が擦り切れていたので、いつものお礼にと思ってたのよ」

「あ、ありがとうございます」

 これには、クエークも驚いてくれてた。目の端に涙が溢れ出し、ハンカチで拭ってる。

「オルゴールもありがとうね」

 オルゴールを開くと、優しい音が流れる。曲を聴いてるとふっと悪くない考えがわく。

「ねぇ、良かったらお願いがあるのだけど・・・・・・」



※―※



 使用人は日が出るか出ないかといった時間帯から起きだす。

 軽くベッドの上で身体を伸ばす。

「さて、今日も頑張りますか」

 お嬢様の専属の使用人である私は、お嬢様の部屋の隣にある個室-――直ぐにお世話ができるようと言う名目と旦那様のご好意だ―――で寝起きしている。

 個室といっても、部屋にはほとんど物が無い。

 まだ少し眠さは残るが、厨房に行きいつもの日課である銀食器を磨く。

「おっ、クエーク。いつも一番乗りだな」

 コック長のガイリスが、市場から届いた荷物を持って、厨房に入ってくる。

「おはようございます。ガイリスさん」

「おはようさん」

 挨拶を返すガイリスは、さっそく料理を始めた。

 全部の食器を磨くのに今では、40分ほどで終わる。勿論、曇りなく新品の如く光っている。

 初めは、二時間は掛かっていないもののそれに近い時間は掛かっていた。

 少し昔を思い出し、懐かしむが手を休めることはしない。納得いくまで磨き終えた。

 次はエントランスで使用人が集まり、今日の仕事の確認だ。

「さぁ、みなさん。今日の旦那様の予定は―――です。奥様は―――その後、お嬢様とオペラの鑑賞。尚、リストランテ・ヘルメシルでディナーですので、コックのみなさんは午後からお休みとなります。では次にお嬢様のご予定をクラークお願いします」

 執事長のシヴァムさんが、オネイニア家の予定を次々に言っていく。使用人たちは聞き逃がしが無いようにメモを取ってる。

「はい。お嬢様のご予定ですが、平日のいつもと変わらず学校があります。その後奥様とオペラ鑑賞がありますが、帰宅する時間は在りませんので予め近くの服屋に寄って、用意したドレスに着替えてもらいます。その後からは先程の奥様の予定と一緒になります」

「はい。よろしい。では、皆さん! オネイニア家の使用人として恥ずかしくない仕事を!」

「「はい!」」声を揃えて返事を返す。そして、それぞれの職場に戻る。

 在る者は厨房でスープの仕上げをに、在る者は庭で花壇の水遣りや剪定を、在る者は豪華な階段を掃く。

 私は、車のメンテナンスを行う。

 ガソリンの残りのチェックから始まり、足回りから汚れまで素早く終わらす、流石に車をあっちこっち弄れば、服に肌は汚れてしまう。

 汚れたままお嬢様の前に出れないので、起床時間前に井戸の水で汚れを落とし、執事服に着替える。

 お嬢様の部屋に通じる扉から入り、カーテンを開け、テラスの窓も開け空気を入れ替える。

「朝で御座います」

 少し身を捩る。そんなお嬢様に近づき、耳元で

「お嬢様。朝ですよ」

 朝を告げる。

「ぅん・・・・・・おはよう、クエーク」

「おはようございます」

 一歩下がり改めて挨拶を返す。

 目が覚めたお嬢様は、目を擦りながらネグリジェを脱ぎつつ隣の浴室に向かった。ネグリジェを拾い、洗濯籠に畳んで入れる。

 お嬢様も、もういい年なのだから少しは私の前でも恥じらいを覚えて欲しいものです。

 仮にも私は28の男性なのだから、だからと思っていても急にお嬢様が私を避けるもの嫌な想像です。

 鼻唄を歌っているお嬢様に気付かれないように着替えの下着にバスタオルをそっと浴室に用意する。

 感覚で下着を穿いた位に、浴室に入り、

「お嬢様。髪を整えますので、バスローブをどうぞ」

 バスローブに腕を通し、鏡の前まで誘導する。

「今日はどういった髪型にしますか? いつも通りにしますか?」

 ドライヤーからでる温風で髪を傷めない程度に乾かす。

 お嬢様の髪は細く櫛を通せば、一回も引っかからず下まで行くほどサラサラだ。

 髪に気を取られていて、少しだけむっとした顔をしたのを見逃す。

「いつものポニーテールでお願い」

 髪を梳かしながら、髪を後ろで纏めて、今日のドレスと小物に合わせたに淡いピンク色のリボンでポニーテールを作る。

 バスローブを預かり、学生服を着せる。

 可笑しな所が無いかさっとチェックを済ませる。

「お待たせしました」一歩後ろに下がり頭を下げる。


 食卓までお嬢様を送りる途中で、庭で害虫を見つける。

「すみませんがお嬢様。庭の清掃が残っているみたいなので少々失礼します」

 お嬢様をダイニングに残し、庭に向かう。

 

 先程害虫が居た場所の近くまでやってきた。

「失礼ですが、お客様? アポイントメントは取ってますか?」

 そう声を掛けると害虫の身体がビックと驚く。

 トレンチコートを着た害虫は、カメラとメモを持っていた。どうやらタブロイド誌の自称ジャーナリストなんだろうと当たりをつける。

「え、えっとアポは取ってないんだが、オネイニア氏に取り繋いでくれないか?」

 彼は、まるで怪しい人ではないと言った然で立ち上がる。

「すみませんが、アポイントメント事前にお願いします」

 と言いながら身体の後ろに腕を極める。

「なっ? イ、イタタタ」

 完全に極まった腕を動かそうともがくが、無駄です。

 両手を後ろで極めながら、持ってきた縄で縛り庭師に警察まで連行させた。

 その際に訴えてやるだの、この暴力執事などと喚いていたが、生憎害虫語は知らないので無視する。

 

 お嬢様の鞄を取りに部屋寄り、ダイニングに戻ると丁度食事が終わっていた。

 素早く側に行き、今日の予定を伝える。

「お嬢様。今日の予定ですが学校の後、奥様とオペラ鑑賞。その後リストランテ・ヘルメシルでディナーをご予定しております」

「オペラ上演は何時から? 着替える時間位あるよね?」

「いえ、残念ながら一旦お屋敷まで帰ってる時間は御座いません。ですが、お着替になる服は劇場の近くの店で既にご用意ができてますので、そこで商品を受け取りお着替えとなります」



 学園のロータリーに着く。素早く降り、車のドアを開け手を貸す。

「それでは、今日も一日頑張ってください」

 校舎に入っていくお嬢様を見送っていると、

「相変わらずオネイニアのお嬢はべっぴんだな」

 お嬢様の友達、リンダ様の執事のヘカルトが話しかけてきた。

「うちのお嬢は、元気があって健康美はあっても、お宅のお嬢ほど可愛げがねぇ」

「確かにお嬢様は可愛いですが、リンダ様も負けてませんよ」

 その返答に鼻で笑うヘカルト。お前はわかっちゃいないなと哀れむ目で見てくる。

「将来はリンダも綺麗になるだろう。しかしな、しかしだ。フレイヤのお嬢は今だ。あの愛くるしい大きな瞳。その下のホクロが少女の中に女を魅せる。エロいったらありゃしねぇ。更に目だけじゃあねぇ。最近身体もふく、グフっ!!」

 いきなりわき腹を押さえ蹲る。

「あれ? どうしました? いきなりしゃがみ込んでしまって、病気なら早く帰ったほうがいいですよ?」

「お前なぁ・・・・・・」と肘が肝臓がどうのこうのと怒りをあらわにする。

 心配してるのに、失礼な人だ。

 イテテとまだわき腹を押さえながら立ち上がり、ふっと思い出した如く予想外の話題を振ってきた。

「ところで、お前っていつからフレイヤのお嬢の専属になったんだっけ?」

「専属ですか? そうですね、始めてお会いしたときからですかね?」

「いや、いつだよ・・・・・・」ヘカルトの言葉を無視し、昔を思い出す。

 

 お嬢様のとの出会いを語る前に、私クエークの薄い出生からの方が良いだろう。と言っても両親の記憶も楽しい思いでも一切無い。

 私が私の人格を持ったときから、犯罪組織の末端として厳しく辛い訓練を受け続けていた。それこそ生死に関わる様な訓練だった。事実、同じ環境の子供達は何人も死んでいった。

 何てこと無い、犯罪組織は孤児達を集め、暗殺者として、育成していたのだ。

 幼い子供達はそれが当たり前で、生き残るために必死に訓練を受けていた。

 そして、幾年か経ち、今のお嬢様の年齢の前には既に、幾つからの仕事をしており任務の為の教養も躾けられた。

 初めての仕事から2年ほど経った位だろうか、いつもの通りに暗殺に向かった私だが、失敗し逆に肩や足に傷を負い、必死に逃げ込んだのがオネイニア家の別荘だった。

 今にも亡くなりそうな私を見つけたのが、幼いときはやんちゃだったフレイヤお嬢様だった。その日も持ち前の行動力で別荘を抜け出した所だった。

 私に向かいイタイのイタイの飛んでけーっと頭を撫でてくれた。今でも覚えている全身が寒く感覚が無いのに触れたところがほんのりと暖かくなる。そして、私は意識を手放した。

 その後、今の執事長に発見され、手厚く看護されベッドで眠っていたらしい。

 初めて、そして意識を取り戻して始めての光景は、幼いお嬢様が私のベッドの上で笑顔を向けてくれる安らかな心地だった。

 1、2ヶ月程ベッドから出れなかったが、毎日お嬢様が見舞いに来てくれた。時には一緒に寝たときもあった。

 身体も大分癒えたある日、執事長と旦那様に改めて事情を聞かれる。

 全て話し終えた後に、今までの私を死んだこととし、お嬢様の専属執事として再出発しないかと優しい提案してくれた。

 これ以上命の恩人に厄介なれないと思いつつも、お嬢様と離れたくない気持ちもあり、その場は考えさせてくださいと断った。

 それから、一ヶ月ほど今まで見てこなかった普通の街、普通の日常は新鮮だった。しかし、何かが埋まらなかった。

 ある日、公園でオネイニア家の皆さんを再度見たときに、心が動くのを感じた。その日の内に、執事長に頭を下げ新米執事になった。

 

「おい。おーい。クラークくん? どこ見てる?」

 目の前を手を振るヘカルトの二の腕を殴ってるところで、仕事を思い出しお屋敷に戻る事にした。

 

 お昼をガイリス達使用人と共に食べ、お嬢様の部屋を軽く掃除して時間になったので学校まで、迎えに行く。

 授業が終える鐘が鳴り、お嬢様がロータリーに現れる。

「お疲れ様でした。お嬢様」

 朝と同様にドア開け、手を貸す。

 速やかに劇場近くの駐車場に車を置き、服屋にエスコートする。

 服屋のカウンターで、商品を受け取りお嬢様に手渡す。

 流石に外出先で私が着替えを施すわけにはいかないので、お一人で着替えてもらう。

 着替え終わったお嬢様は正しく深窓の令嬢といったお姿になっていた。

 私の見立てに狂いは無かったと自負する。

 喜びもつかの間、外に情報屋がタバコをふかしていた。

「お嬢様。すみませんが暫くここでお待ちください。すぐに戻りますので」

 そう言い店を出る。

「おい! お嬢様に姿を見せるなって言ったはずだが?」

「お前さんのコレも偉くべっぴんさんになったもんだ」

 小指を立てて、嫌らしく笑ってくる。不愉快だ。

「用が無いなら、さっさっと何処か行ってくれ」言外に暴力も厭わないと訴える。

「怖い怖い。でも、お前さんの大切な人に関係ある情報じゃよ。誘拐を計画してる馬鹿共のな」

 紙を手渡され、飄々と居なくなる。

 ったく何処からそんな情報を拾ってこれるんだ。と呆れついつい頭を振ってしまう。

 それよりもこの愚か者をどうにかしないとな。

 とりあえず、劇場に向かって奥様の方も安全を確保しないといけませんね。

 恐らく今の会話を見ていたお嬢様が待つ店に戻る。

「さぁお嬢様。劇場に向かいましょう奥様もきっともう待って居られる頃です」

「そうね。そうしましょう」

 何も聞かないでくれ、素直に頷く。

 劇場に向かうルートを比較的大通りの道に変え歩いていると、雑貨屋の前で一旦足が止まり、「ぁっ」と声が漏れる。

 お嬢様の視線の先にはオルゴールが飾ってあった。

「どうしました?」

「いいえ、なんでもないわ」

 何か決心をしてる顔がそこにはあった。

 ふむ、あのオルゴールを買うか迷ったんですね。丁度良いしこの際、プレゼントとして送って差し上げますか。ちょっとしたサプライズです。


 何も無く劇場に着く。奥様も既にロビーでお待ちしてました。

「お待たせしました。お母様」

「私も今来たとこなの~。それより、ママに向かって堅苦しいのはやめてって~言ったでしょう~」

 のんびりとしたどこか抜けた声で頬をリスの様に膨らませてた。

 初めてお会いしてから一切変わらない奥様は、愛らしくお嬢様と一緒に居るとまるで姉妹のようだった。

「それにしても~、フレイヤちゃん。そのドレスとても良く似合ってるよ~」

「ありがとう。クエークが見繕ってくれたの。お母様のドレスもお似合いだよ」

 えへへと照れた様に頬を紅らめその場でぐるっと一回転した。ドレスの裾がふわっと浮き、綺麗な足首が見える。仮にも一児の母なのだからもう少し上品にと思わなくも無いのだが、奥様は社交の場では、立派な淑女に変貌すので舌を巻くしかない。

「それじゃあ~、荷物を預けて席に向かいましょう~」

 クロークルームに荷物を預け、席に向かった。

「さて、今のうちに私は仕事を片付けますか」

 情報屋に渡された紙を改めて見ると杜撰な計画だったが、最近力を付けてきたマフィアのバックアップがあるらしかった。

 紙にはアジトらしい地図まで載っていた。

 

 

 発展する街には、必ずといって良いほど闇の部分ができる。

 それは、町の若者のチンピラから犯罪組織といったピンからキリまであるが負の何かが必ずできる。

 この街もその例外ではなかった。

 薄暗い裏路地に入った廃墟が紙にあった場所である。

「よくまぁ、こんなところ見つけるな」

 情報屋の爺さんと誘拐犯、両方にため息が出る。

 胸のガンホルダーから銃を取り出し、念のために慎重に中に入る。

 一階には誰も居らず、二階に2,3人の話し声が聞こえた。

「へへへ、アニキ。今度の誘拐も余裕っすね」

「当たり前だ。丹念に計画を練ったんだぜ。まぁあのくそじじいに高い情報料払ったからこその計画だ。それに俺のバックにはマクアデが居るんだぜ」

「流石。よっ世界一!!」

「ハハハ、止せよ照れるじゃねえか」

 そんな馬鹿な会話だった。しかも紙に有った通りの情報だ。

 だけど、情報を売ったじじいってあいつだな? 今度あったら取り合えず殴ろうと心に決める。

 人数も分かったし、階段を素早く駆け上る。

 声のする方向の部屋の扉を蹴り飛ばし、取り合えず頭を掻いてきた馬鹿の肩を撃つ。

 いきなりの出来事に呆気に取られる右の馬鹿を銃のグリップで殴り気絶させる。

 そこで、ようやく最後の一人が声を上がる。

「ア、アニキ! ヤス! て、てめぇーよくもやりやがっ」

 喋ってる途中に悪いが、銃口を最後の馬鹿の頭にグリグリと突きつける。

 流石に銃が自身を向かってると分かると降参の意思を表し手を後頭部に合わせる。

「警察にその二人を担いで行ってくれますか?」

 優しく諭すと、激しく首を上下する。そいつに階段まで二人を抱きかかえさせる。

 これで今回の事件は解決と思ったが、直後に銃声と共に降伏していた馬鹿の胸が赤く染まる。

 もう一度なる銃声。素早く伏せ、身を隠す。

 今居たところの後ろに銃痕ができる。

「おや? 仕留め損ないましたか? さて、どうやってここがわかりましたか?」

 独特な空気を纏った声の主は、階段を一歩一歩上がってくる。

 それは匂いで分かった。昔、自分から嗅いだ―――暗殺者の匂いだ。それも歴戦のだ。

 恐らく、あいつらのバックに居るマクアデの幹部の子飼いか、幹部自身だろう。

「さてさて、何処に隠れましたか? 鬼さんこちらですか?」

 さて、どうするか数秒悩み、取り合えずこの障害を取り除くことにした。

 ただ単純に邪魔という理由以外に、誘拐を支援しているマグアデの力を削いで、今後のお嬢様の安全を図るためだ。

 できれば組織ごと潰せれば良いのだが、時間も情報無いのでまた今度機会があれば潰しとこう。マメに雑草は駆除しないと大変なことになるからな。

 二階に上がってくる暗殺者に向かって発砲する。

 流石に読まれていたので、二階に上がって直ぐ近くの部屋に逃げ込まれる。

「おやおや~? 抵抗しますか? 素直に撃たれれば痛い思いせず遺体になれますよ」

 腕だけ壁からだし、連射してくる。

 こちらも、部屋に身を隠す。

 窓に近づき、カーテンを使い外から別の部屋に行く。

 素早く部屋を見渡す。暗殺者の姿は無し。まだ先ほどの部屋に向かって連射していた。

「あれれ? どうしました? 反撃してこないんですか? 怖気づきましたか?」

 検討外れもいい所である。

 もう一回外から移動しても良いが奴がマガジンを変えてしまうと私が位置を変えたのがバレてしまう可能性もあったので、このまま攻めることにする。

「ホラ! ホラ? どうですか? 降参ですか?」

 トリガーを引く一瞬だけできる隙に奴が居る部屋に入り、予想した場所に撃ち込む。

 しかし、奴も一介の暗殺者。小さな殺気を感じたのか、素早く回避していた。

 もう一歩踏み込み、お互いの距離をゼロにする。

 互いの銃口の射線に自身が入らないように両手で牽制する。それは空手や少林寺といった体術の型にも似た動きとなっていた。

 暗殺者が銃を持つ右手を引き重心を崩そうとすれば、クエークがその勢いを利用して矢を射る弓矢の様に構える。

 射線が入ろうかという一瞬前、暗殺者が膝で腹を強襲する。

 それを察知し、左手を離し受け止める。

 自由になった暗殺者の右手がこちらに向く。

 暗殺者は右手に集中し、左手がおろそかになっているので、左手はそのまま、押し出し右手を肘ごと内側に捻り、倒そうとするが、あちらも捻り、互いに背を合わせになる。

 この間、僅か数秒のやり取りであった。

「中々やりますね? どこのものですか?」

「ただの執事です」

「世の中には恐ろしい執事も存在するんですね?」

 思ったより強い。が、これでお終いです。

 自由になった左手を背に回し、仕込みの銃を出すと同時に発砲する。

 流石の暗殺者も避けきれず、腰から左胸に弾が走る。

「すごいですね? よければ最後に名前を聞かせてくれませんか?」

「執事のクエークです」

 そこで、暗殺者の息が止まる。

 一息つき、服についた埃を払う。

 懐中時計で時間を見る。

「おっと、そろそろ一旦幕が下りる頃ですね。近道しますか」

 おもむろに、窓から飛び出す。

 屋根伝いに跳んで走る。

 雑貨屋の近くまで通るとお嬢様が居た。

 やはり、あのオルゴールが気になるんですね。

 

 劇場まで先回りする。

 席に座ったお嬢様に紅茶を差し出す。

 二幕目が始まる。

 その間に先程の雑貨屋に行く。オルゴールはまだ売れていなかった。

「すみませんが、あれをください」

「目の付け所がいいね。あれなら気になる人のハートを震わせるぜ」

 オルゴールだけになっと意味が分からない事を言われた。

 買い物の後に劇場の近くの喫茶店で、コーヒーブレイクをし、少しだけ時間を潰す。

 

 ステージでのアンコールまで予定調和で終わり、次々に観客が出て行く。

「フレイヤちゃん~。殺されるほど愛されるってどう思う~?」

 先程のオペラに対して、奥様がそんなことを言い出す。

「よく分からないわ」困った表情で答える。

「じゃあ、例えば~、クエークに~愛されすぎて~折に婚約者ができて~無理心中を起こされたら~?」

「えっ?」

 私がお嬢様を殺すなんて天地がひっくり返っても在りえませんね。

 そんな事を考えていたら、お嬢様が少しだけにやけた表情をし、頬が紅くなっていく。

 林檎みたいに真っ赤になっている頬を冷ます様に手で仰いでいた。

「あれれ~フレイヤちゃん。顔真っ赤~」

 奥様に囃し立てられ、ますます熱くなる。

「や、止めて、お母様!」

 お嬢様は終始下を向いていましたのでどんな表情してるか不明ですが、私も顔を見られずに済んだので良しとしましょう。

 後日、奥様に耳まで真っ赤なクエークって可愛いねと言われてしました。



 夜、日課のトレーニングをし、汗を流しに使用人用のお風呂に入る。

 部屋に戻り、オルゴールを取り出す。

「さて、いつ渡しますか?」

 早目が良いと判断し、お嬢様の部屋の扉をノックする。

「お嬢様。少しよろしいですか?」

「え? あ? あわわ」何やら少し慌てた声が返ってきたが少しして、

「いいわ。入ってきて」

 許可が下りたので、扉を開け部屋に入る。

「失礼します」

 お嬢様もお風呂上りなのか、濡れた髪の毛やうなじが艶かしい。

「こんな時間にどうしたの?」

「お嬢様にこれ・・・・・・プレゼントです」

 オルゴールを差し出す。

「これは?」不思議な顔をされました。

「今日、雑貨屋でお嬢様が見ていたオルゴールです」

 そこで、驚かれた。サプライズ成功です。と思うのもつかの間。

「ありがとう。でもねクエーク、実は雑貨屋で見ていたのは」

 机に置いてあった紙袋を取ってくる。

「これを貴方の手袋が擦り切れていたので、いつものお礼にと思ってたのよ」

 袋の中には白い手袋が入ってました。

「あ、ありがとうございます」

 感極まり、少しだけどもってしまう。

「オルゴールもありがとうね」

 オルゴールを開かれると、優しい音が流れる。

「ねぇ、良かったらお願いがあるのだけど・・・・・・」



 夜の中、月の光に灯されるテラス。

 綺麗なオルゴールの調べ。

 背の高い幼い頃からの傷を持つ男性が、これから少女から女性に変わる一歩前の女の子をエスコートしながら。

 ロンドを踊る。二人のロンド。

 繰り返される回旋曲。

 今日も明日も回る。廻る。

 二人をいつまでも。


最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

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