シークエンスの1、2
瞳はお決まりのポーズ、お気に入りの帽子を深く被って玩具のパイプを俺にむけてつき出す。
「残念ながら、私がどうあがいてもお前が犯人だ。」
どうしようもなく追い詰められた。俺は何もしていない。唯、ほんのちょっとの善意と、運の悪さが俺を裏切り者にした。
味方のはずのさきのん先輩も、ストーカーの高野も、犬好きの関谷さんも、みんなが俺を、いや、真犯人を見ていた。
「瞳さん、、、その、、、灰君には動機が無い。」
「いや、灰は私に恨みがある。だから、これは私への挑戦だ、だからこの捜査をお前は手伝ってくれた。嫌いな私のために。私が証拠を掴むのを邪魔するために近づいたんだ。」
さきのん先輩の精一杯のフォローも淀みなく瞳は答える。
言ってる事が正しいかどうかなんて関係ない、瞳が止まらない、瞳が止まらなければ、この論理的に穴の無い推理を無かった事にする事は出来ない。つまり俺が暫定犯人だ、しかし、これが俺にとっては命取りになる。
やるじゃん
潔癖犯人と、迷探偵 <
作 かぼちゃ
―――シークエンス1
愛というのは皆平等に、雨のように降り注ぐ。そして、びしょびしょに濡らしてしてしまうのだ。
by名言いつもいってる人
二十八回目のトライの前、憂鬱な気分の中、黒嶺 灰は論理的に考える。
時間的にもラストトライだ、今日が卒業式なのもあり、遅刻するわけにはいかない。曲がり角に立っている、さきのん先輩が手を挙げる。その合図と共に俺は走り出す、曲がり角まで全力疾走だ、成功のためには幾分の妥協も遠慮も赦されない。例えそれが、男子として最低の行為でも。
二十八回目も、曲がり角で女の子とぶつかる。
「うぐっ。」
全力疾走で衝突した事で、自分より小柄な少女は女の子として微妙な声を出しながら弾き飛ばされる。 女の子は、お約束のようにこちらを前にして三角座りの体制で尻餅をつく。ちゃんとパンも齧ったままだ。
成功した。
「やったー。」
ぶつかった女の子が立ち上がり、先輩と俺にハイタッチをする。俺が汗だくなのを除けば、全てがシナリオどおりだ。
なぜこんな事をしたかと言うと、このぶつかった少女、探偵 瞳が暇をもてあまし、その弟の拓未君が小さな疑問を抱いた事から始まった。
これは昨日の、探偵家での出来事だ。ちなみに苗字が探偵なので、探偵の家系ということは無く、瞳のお父さんは自動車の排気ガスの中から有害物質を取り除くフィルターを作っている。そんな探偵家の合成皮のソファーの上で拓未君が漫画を居間で読んでいて、
「なぁ、よく曲がり角で食パンを咥えた女の子と男の子がぶつかって運命の出会いってあるじゃん。そんでもって、尻餅を女のこの方がついて、パンツが見えるとかあるじゃん。でもさ、この体制になるには結構強くぶつからないといけないよね? 恋に落ちるどころか印象最悪だと思うんだけど。」
と言った。
俺はこの拓未君にはあったことが無いのだが、話を聴く限りではかなりめんどくさい奴だ。しかし、この話に納得してしまう人もいる。もしくは同調してしまう人も居るかも知れないのが、神様が世界を大きく作りすぎた弊害だ。
本当に珍しく、俺にメールが来た。
「「明日、朝6時に学校に集合」」
論理的に考えて、時間帯と、明日が卒業式である事から、部活で唯一の先輩の、さきのん先輩の送別会の準備だ。そう思い、五分前に学校に着くように通学路を歩いていると、学校に着く前の交差点で、食パンを一袋を持って、瞳が手を振っていた。
他の部員、去年、予想以上に多く集まったはずの、一年の後輩たちが居なかったことから、論理的に考えて、おかしいとは思っていた。
―――シークエンス2
俺と瞳は幼馴染でも、隣の席でも、転校生と委員長の関係でもない、まごう事無き、被害者と加害者の関係だ。もう一度言う、被害者と加害者。ここを勘違いして欲しくは無い。
あれは、俺が一年生の夏、金曜女子の里中さんのロッカーに入れておいた水着が消えた時だ。苗字が探偵な事と、ムカつくことに頭がいい事を理由に、瞳は探偵役となって犯人を探し出した。
そして犯人を突き止めた
奴の推理はこうだ。
まず、犯人は男子。これは盗まれたのが女子の水着である事から。
里中さんは寝坊して、ホームルームぎりぎりに教室に入ってきた。そして、里中さんより後に入ってきた人はいない。つまり、ホームルームに遅刻してきた男子が犯人。
つまり俺だ。
得意げな瞳の顔。友人たちの、、、特に女子からの刺すような視線。
論理的な考えだ。簡単な推理だけに非の打ち所が無い。瞳が、どこからか出してきた大きな帽子を深く被り、俺を指差す。
「残念だが、お前がどうあがこうと、お前が犯人だ。」
俺はそれを変なポーズだと思った。
俺は無実だ。論理的に考えて水着を俺が盗むことはありえない。なぜなら里中さんは身長2メートルペンチプレス120キロのウルトラプレイヤーだ。どうせ盗むなら学園のアイドル矢城さんのものを盗む。
しかし、それをここで言うことは、対面的に出来ない。別の意味で色々とまずい。
人間そう簡単に死なないなどと嘯く大人たちよ、声を大にして言おう、それはお前、運が良かったんだよと。
そもそも、里中さんの水着が盗まれた地点でねぇよと男子の十割、女子の九割は思ったはずだ。「「里中さんの水着を盗んでどうするの」」と。
「弁解があるなら聞こうか、下着泥棒。」
「いや、水着泥棒だろ?」
「ついに自白したか。私は水着が盗まれたなど度は一度も言っていない。つまり今の証言がお前が犯人である証拠だ!」
「いや、言ってたろ。」
「い…いや…言ってない。」
俺は周りを見渡し、同意を求めるが、目が合っても逸らされた。白状者め。
「言ってない。」
なぜ二回言った。
先生が教室に入ってきた。生活指導の先生だ。
「おい、里中、お前のお母さんが水着届けに来てくれたぞ。」
事件は、先生の証言より、里中さんが寝坊して急いで準備したため、水着を家においてきてしまっていたという事で片付いた。
「良かったじゃない、事件が片付いて、もう少しで貴方が片付く所だったわ。ふふっ。」
笑い声。瞳のだった。
しかし、せりふとは裏腹に顔を真っ赤にした瞳は、もとの喧騒を取り戻し、更衣室へと移動する生徒の中、俺との距離をつめる。
俺は気を使って、気にしなくてもいいよ。と言ってやった、本音はお前嫌いだからコッチクンナだったが、女子には優しくの男尊女卑が謳い文句の男卑女尊の世の中なので気を使った。
しかし、この時から俺は目をつけられることになる。普通なら迷惑をこうむった俺が瞳の事をストーカーしたり、靴に画鋲、釣り針を仕込みなりする所だがそんな常識の中生きていたのは俺だけのようで、瞳は「負けた。」と呟いた。これをすぐに宣戦布告だと気付くほど、俺は鋭くなかった。
俺はどうやら勝ったらしい。瞳は去り際に「覚えてろ。」と言った。
いくらなんでも態度がふてぶてしすぎる。
なんというか、突然ご挨拶に向かいますと、三十分前に家に電話してくる先生ぐらい非常識だ。もっといえば、どうぞおあがりくださいと言っているのに敷居を踏みつけながら、遠慮する人のような…
まぁいい。
俺はたとえが苦手だと言う事をこの時、始めて知った。青天の霹靂か。
とりあえずこいつは、俺には理解できない人種に認定された。その後すぐ、俺の所属する将棋部に入ってきたが、普通の奴だった。将棋が強いわけでもなく、後ろから刺される訳でもない。
一体全体、何を覚えていればいいのか。
あと、将棋では瞳より俺のほうが強い。
それに、俺が犯人ってのは、あながち間違っちゃ居ない。ここで登場するのが、この学校で最も影が薄い男、黒波カオス君だ。こんなキラキラネームで目立たないほうがおかしいのだが、彼の目立たなさは異常だ。
まず、掃除の班に組み込まれていない、影が薄すぎて先生に気付かれない。インフルエンザで休んだ時も、誰も気付かず一週間休んだのに出席簿上ではしっかり毎日来ている事になっている。極めつけは、通信簿に先生が何も書けない。代わりに謝罪の言葉を作文用紙6枚に書き綴ったものが、当日渡すのを忘れた先生によって届けられたらしい。
そんな数々の伝説を持つカオス君が、俺が遅刻ぎりぎりの時間に教室に向かっていたその日の朝、教室から出てきて俺のほうに走ってきたのだ。
「おい、もうチャイムなるぞ。」
俺はカオスに声を掛けた。顔を上げたカオスは泣きそうな顔をしていて、
「あ、ど、どうしよう僕、さ、里中さんの水着をつい。」
といって手の中の袋を見せる。あぁ、里中さんの水着を盗んだのか。
「いや、待て。」
「その、つい出来心で、あぁ、僕はなんて事を。」
え?
論理的に考えろ、先ずは確認だ。チャイムが鳴っているが、この際関係ない。
「里中さんの事が好きなのか?」
「そうなんだ。一目見た時からずっと好きだった、彼女のことを思うと夜も眠れない。」
?
このクラスに里中さんは一人しか居ない。俺の記憶が正しければ、里中さんは最近ダイエットするといって、購買で買うと食べ過ぎるからという理由で、お弁当を持ってくる事にしたのだが、なぜかおひつにご飯を詰めて持ってきたスーパーアルティメット世紀末デブ里中さんの事だ。
待て、動揺するな俺。
友達がピンチじゃないか、このままでは犯罪者だ。きわめてクールに。論理的に考えろ。実際のところ警察も捕まえるのを忘れてしまうかもしれないが、どうにかしてやるのが友達だ。というか、カオスはこのまま帰る気だったのか。
そんなことをしたら自分が犯人だといっているようなものだ。いや、こいつの事だ、たぶん気付かれないだろう。しかし、だからといって友達が水着泥棒なのは嫌だ。
「カオス、早まるな、お前がしたいのはこんな事じゃないだろ。本当に欲しいのは水着じゃなくて里中さんのハートだろ? それにどうせ盗むんなら体育の授業が終わった後にしたほうがいい。」
自分でも何を言ってるのかは解らない。頭の中が混乱してオーバーヒートしそうだ。
「でも、声を掛けても気付かれないんじゃ僕には無理だよ。」
確かに。いやダメだ、何を納得してるんだ俺。
「とりあえず水着貸せ。そしてお前はこっそり教室に戻れ。俺が何とかしてやる。」
カオスは目を見開いて、
「僕のことを先生に言ったりしないのかい?」と言った。
1時間目が始まった、一時間目が体育だから、すぐに里中さんの水着が無い事に気付かれるだろう。
「俺に任せろ。」
そう言って、俺は水着を受け取る。去り際にカオスは心配そうな顔で、
「君も、もしかして里中さんの事を好きなんじゃないよね?」
「友達の好きな相手を好きにはならないよ。」
苦笑いしながら答えてやると、カオスはほっとした顔で教室に戻っていった。
たとえカオスが里中さんの事を好きではなくとも、さすがに猪を素手で仕留めたと言う伝説を持つ、メテオパワー地球外デブを好きにはならないだろう。そして俺は職員室に遅刻の手続きをするために職員室に行き、先生に里中さんのお母さんに頼まれたと嘘をついて暇そうな先生に水着を預けた。
「自分で届けてやれよ。」
しかし、先生は冷たかった。
「いや、先生、女の子の水着を届けるのは色々とあれじゃないですか。」
「は?お前何馬鹿な事言って、あ、いや、そうだな。しょうがない。」
さすがに先生も里中って歩くと校舎が揺れる奴だぜ、あんなの女じゃねぇよとは言わなかった。こう言うのは、差別、セクハラになるからな。それに先生も里中さんは怖いだろう。最後に連絡網から里中さん家に電話を掛ける。
「もしもし、里中恵さんのお母さんですか。」
「「はい、そうですけど。」」
里中さんのお母さんが電話に出る。そしてカオスの魅力(起こられた事など一度も無いですよなど)を伝え、話を合わせてもらう事にする。
「「あら、そうなんですか? 恵にそんな相手が…玄関から外に出れなくなった小学三年生の時からそんな事はあきらめていたのに、二人をくっつける為なら何のための嘘かわかりませんけど、水着をうちに忘れてたわよと言えばいいんですね?」」
良かった。思ったよりチョロい人で。
しかし、このあと俺が教室に戻ると、瞳に犯人だと攻め立てられる事になるのだった。
少し長くなったけどこれが俺と瞳の関係だ。




