呼吸一つさえも、あなたには大切な思い出なのでしょう
兄は、人のことをよく見ている。
「波風」
「んー?」
今声をかけられたという風に装いつつ、彼がちゃんと、来訪者がいることがわかっていることを知っている。
「あっ! 波風くーん!」
「うぉびっくりした」
そう言うのは、突然声をかけられたからではなく、その声量に驚いたこと。
ずっと、神経をとがらせて周りを見ている。
「……私なら崩壊しそうな特性ですわね」
「なに急に」
兄の部屋で、ゲームを楽しんでいるレグナにこぼした。そんな彼は唐突な言葉に笑う。
「ずっと周りを見ているなと」
「リアスもじゃん」
「そうですけども」
何かが、違う。
そう。
「理由がなんか、違うじゃないですか」
「理由?」
ゲームからこちらを見たレグナに、頷いた。
リアスもレグナも、よく周りを見ている。
けれどその見ている理由が、きっと違う。
「リアスはクリスティアに害なすものがいないかが中心でしょう」
でも。
「あなたのはわからないわ」
「それなのに理由が違うって?」
「私に危害を加えるものがいないかを見るのが中心じゃないでしょう」
それだけはわかるから、言えば。
兄は少しだけ考えて、笑った。
「もう癖だろうね」
「くせ……」
「昔は、人の顔色うかがって生きてた」
それは、知っている。
ずっと一緒にいたあの、一番最初の人生の時。言葉を間違えれば、態度を間違えれば。怒られ、ののしられ、暴力を振るわれてしまうから。
そのときはきっと、私たちの周りを気にする気持ちは同じだったのでしょう。
それがわからなくなったのは、兄が離れていくようになってから。
距離が遠いから、という話ではなくて。
共にいない間に学んだことが兄を変えていって。いつしか、人の顔色は窺わなくなったけれど、周りに神経を張り巡らせていることはわかった。
その理由だけは、はっきりとはわからなくて。
本人は癖だと言った。
首をかしげていると、レグナは笑う。
「暗部の時はそもそも必須のスキル」
「ですわね」
「そこから離れてしばらく。それは抜けなかった」
テーブルに肘をついた兄の言葉に、一度その癖が抜けたことがわかって。
「また、癖になったと?」
「うん」
穏やかに笑う兄の表情を見ると、その理由は決して嫌なことがきっかけではなさそうだった。
教えてくれるでしょうか。
案外、自分のことを話さないこの愛する兄は。
それが顔に出ていたのか、レグナは私を見て一度驚いてからおかしそうに笑った。
「な、なんですか!」
「いや、すげー顔に出てる」
「し、知りたくて」
一通りおかしそうに笑い――そんな涙出そうなくらいです??
目元をぬぐう兄を少しにらめば、「ごめん」と言ってから。
「別れを、取りやめてから」
穏やかに、言った。
「四人でこれからも生きていこうって決めてから、一緒にいるときは何一つ取りこぼしたくなかったから」
私のことも、と言うように、寂しそうな、どこか愛おしそうな顔で言うから。
私もきっと、同じ顔をしているのでしょう。笑って。
「――それなら人生が始まってから一度も離れず、傍にいてくださいな」
矛盾だらけの兄に言えば、「確かに」と彼はおかしそうにまた、笑った。
『呼吸一つさえも、あなたには大切な思い出なのでしょう』/カリナ




