第5話 致死量の愛
黄金の光が、広間を満たした。
それは日の出のようだった——いや、日の出よりも純粋で、日の出よりも密度が高かった。外から差し込む朝日は、窓枠という形に制限されて、斜めの柱になって室内に入ってくる。しかしナナの「愛」は、そういう制限を持たなかった。
内側から溢れるように、空気そのものが金色に染まっていく。
壁にかかった肖像画が揺れた。大きな絵画が、壁に打たれた釘ごと、ぐりぐりと抵抗しながら落下した。ガシャン、という音が連続した。広間の壁が飾り物を全て失い、裸の石だけになる。
シャンデリアが揺れた。水晶の飾りがぶつかり合い、高い音を立てた。幾本かの燭台が倒れ、足音のように転がった。
上座の椅子の背もたれが、みしりと音を立てた。
見えない何かに押されるような音だった。
護衛の兵士たちが——
一人目は、槍を手放して膝をついた。
二人目は、剣を抜きかけたまま、そのまま崩れ落ちた。
三人目と四人目が同時に「うわああ」と声を上げ、それぞれ別の方向に尻もちをついた。
五人目は「なんでだ」と言いながら泣き始めた。理由はわからないが涙が出た。
六人目以降は、既に泣いていた。
全員が、胸を押さえていた。鎧の下の、胸のあたりを。まるで何か重いものが、そこに乗りかかってくるような。しかしその重さは、痛みではなかった。溺れるような、甘い重さだった。
「————!!!!」
ガゾン男爵が、声にならない声を上げた。
男爵の体が、椅子の背もたれに押し付けられた。椅子が、床を引っ掻くような音を立てて数センチ後退した。顔の筋肉が、複雑な方向に引きつった。表情が——笑顔なのか、苦悶なのか、どちらとも形容しがたい何かになっていた。
「な……なに……を……なんだ……これは……」
「愛ですよ」
ナナが静かに言った。
「たっぷり愛して差し上げます」
「あ……あ……多い……多い多い多い……」
「まだまだ足りませんよ」
「ちょ……足りてる……足り……あああああ!」
男爵が、テーブルを両手で抱きしめた。テーブルが、男爵の力で押し付けられ、ぎしぎしと軋んだ。
広間の空気が、蜂蜜のように重く、甘く、粘性を持った何かになっていた。
ゼノは壁際に後退し、眼鏡がずれるのも構わず記録を取っていた。ペンを走らせる手が、微かに震えていた。「ナナ様讃歌・第二巻、第四十七章、愛の顕現について……」と呟きながら、それでも手は止めなかった。
ハクは男爵とナナの間に割り込むでもなく、腕を組んで立っていた。目は穏やかだった。まるで我が家の居間でくつろぐような自然さで、周囲の混乱を眺めていた。
「ナナ様の愛は今日も完璧だ」と、ハクは静かに、誰に聞かせるでもなく呟いた。
やがて。
光が、ゆっくりと引いていった。
金色が薄れ、広間がまた石の色と絨毯の色に戻っていく。
男爵は椅子に沈み込んでいた。
腹の出た、宝石だらけの、豪奢な礼服を着た、五十二歳の男爵が——子供のように、声を上げて泣いていた。
「……儂は……儂は……何をしてきたのか……」
誰も答えなかった。
「領民に……あんな……」
男爵の手が、顔を覆った。太い指の間から、涙がこぼれ落ちる。
「謝らなければ……全部、返さなければ……」
「そうですね」
ナナが穏やかに言った。
「愛を持って、やり直せますよ」




