表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
愛が重いと捨てられた公爵令嬢ナナ、世直しの旅に出る  作者: 風谷 華


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/10

第3話 愛が足りない街

城門をくぐると、街の空気が変わった。


外から見ていた時以上に、それは息苦しかった。


石畳の坂道の両側に連なる建物は、どれも薄汚れた石壁が剥落しかけており、窓枠は歪み、扉は蝶番が外れかかっている。露店が並んでいる区画は確かにあったが、売り物の野菜は小さく干からびており、商人の顔には笑顔の欠片もない。客の姿もまばらだ。


老婆が、重そうな荷物を一人で引きずっていた。


子供たちが、路地の隅で石ころを並べていた。遊んでいるというよりは、ただ時間を過ごしているだけのように見えた。その目は、子供らしい輝きに欠けていた。


通りを歩く大人たちは、役人らしき男の姿を見るなり、各々の行動を止めた。露店の商人は視線を落とし、荷物を引く老婆は速度を落として端に寄り、路地の子供たちは石塀に張り付くように小さくなった。


役人が通り過ぎると、また普通に戻る。しかしその「普通」も、決して明るくはない。


「酷いわね」


ナナは静かに言った。


「課税率八割ともなれば、必然的に街は疲弊します」ゼノが低い声で言う。「食料の自給が難しくなり、商業活動も縮小し、若い労働力が他の領地へ逃げていく。悪循環です。加えてガゾン男爵は——」


「みなさん、愛が足りていない目をしているわね」


ナナはもう一度言った。


「物質的な問題がまず先に解決されるべきだと思うのですが」とゼノが続けようとした。


「ゼノ」


「はい」


「愛が足りない原因を解決すれば、物質的な問題も解決しますよ」


「……概ね、その理解で合っています」


ゼノが眼鏡を直しながら、諦めたように頷いた。


一行は宿を探した。


街に宿は二軒あった。一軒目は既に「本日満室」という札が出ていた。扉の隙間から覗くと、誰もいなかった。どうやら話を聞くなり締め出されたらしい。


二軒目の宿の主人は、白髪の太った男で、ナナたちが扉を開けた瞬間、明らかに困った顔をした。


「あの……お客人、今日は……」


「一番広いお部屋を三つ、お願いできますか」


ナナが笑顔で言った。


宿の主人の目が、ナナの顔に吸い寄せられ、それからゆっくりと何かが溶けていくように表情が緩んだ。


「……はい。ご用意いたします」


夕食は粗末だった。固くなったパンと、塩味の薄い野菜スープと、形の悪い乾燥果物。それでも宿の主人は「これが今の精一杯で」と言いながら、申し訳なさそうに頭を下げた。


「美味しいですよ」


ナナが言うと、主人の目に涙が浮かんだ。


「お嬢さん……あんた、どこから来なすった……」


「王都からです。旅をしているんですよ」


「こんな街に、好き好んで来るお人がいるとは」主人は静かに首を振った。「男爵様がこうなってから、もう四年になります。最初の二年は、まあなんとかなっていたんですが……」


それからぽつぽつと、男爵の話を聞かせてくれた。


最初は悪い人ではなかった。着任当初のガゾン男爵は、確かに地味で目立たない人物だったが、横暴でもなかった。しかし三年目に、王都の貴族からある儲け話を持ちかけられてから変わった。賄賂で中央の監察を遠ざけ、課税率を違法に上げても中央にバレなくする代わりに、「上納金」を王都の貴族に払い続ける——という取引だった。一度乗ってしまったら、抜け出せなくなったのだろう。


「俺たちにはどうしようもない」主人は俯いた。「男爵様に文句を言えば拷問所に連れて行かれる。王都に訴えようにも、中央の役人が男爵様の味方だ。逃げようにも……ここしか知らない人間が、ほとんどでして」


ナナは静かに聞いていた。


主人が語り終えた後、しばらく黙っていて、それから穏やかに言った。


「大丈夫ですよ」


「え……」


「明日、愛を届けてまいりますから」


主人は首を傾けた。意味が、よくわからなかったようだった。


しかし翌朝、その意味がわかることになる。



   

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ