表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
愛が重いと捨てられた公爵令嬢ナナ、世直しの旅に出る  作者: 風谷 華


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

10/10

エピローグ:愛は続く

秋の終わり、街道は落ち葉でいっぱいだった。


赤と黄色と橙色の葉が積み重なり、馬車の車輪がそれを踏むたびに乾いた音を立てる。木々の梢は透けはじめ、空が広く見えるようになった。遠くの山に、最初の雪が白く光っていた。


「次の街に、酷い悪徳商人がいるようですね」


ゼノが地図を見ながら言った。眼鏡の奥の目が、すでに何かを計算している。「独占的な商売で街の物価を三倍に吊り上げ、逆らう者には雇っている用心棒を——」


「まあ」


ナナは車窓の外を見た。


橙色の木々の向こう、夕暮れの空が金色に染まっていた。ちょうど、ナナの魔力と同じ色だった。


「愛が足りているかしら」


「圧倒的に不足しております」ゼノは続けた。「商人の名はグレード・ボルツ。元々は行商人だったようですが、十年前に街唯一の問屋を買収し、以来、仕入れ値を独占的に操作しております。街の住民は彼の許可なく他所から物を買うこともできず、逆らった商店主が三軒、用心棒に叩き潰されたという記録もあります」


「可哀想に」


「商店主たちがですか」


「商人の方ですよ」


ゼノは眼鏡を直した。「……それはまた、ずいぶん遠い慈悲ですね」


「そんなに愛に飢えていなければ、あんなことはしませんもの」ナナは静かに言った。「きっと、とても寂しい方なのだわ」


ハクが御者台から振り返った。旅の風に黒茶の髪が揺れている。


「情報によれば、用心棒が十二人おります。全員、元傭兵だと」


「まあ、賑やかそうね」


「……ナナ様にとっては、十二人全員に愛を届ける機会、ということでしょうか」


「そうね」ナナは穏やかに微笑んだ。「たっぷりと」


ハクは一度だけ目を閉じた。元傭兵十二人の末路を、脳裏に描いたのかもしれない。


「……御意」


ゼノが資料を閉じ、代わりに新しい手帳を開いた。ペンを走らせながら、小声で呟く。


「ナナ様讃歌・第二巻、第五十章——愛と独占について。冒頭文案……『愛とは本来、独占されるものではなく——』」


「ゼノ」


「はい」


「書くのは後にして、今は外を見てみなさい」


ゼノは顔を上げた。


車窓の外、夕暮れの街道が広がっていた。金色に染まった空の下、遠くに小さな街の輪郭が見えてきた。丘の上に密集した屋根、石造りの建物、一本の太い煙突から上がる黒い煙——それだけを見れば、どこにでもある普通の街だった。


しかし、ゼノの目には見えていた。


街を囲む壁の内側で、小さくなっている人々の気配が。


「……愛が足りていませんね」


思わず、そう言っていた。


「そうでしょう」


ナナは静かに答えた。


馬車が進む。落ち葉が舞う。夕暮れの金色が、街道をじわりと染めていく。


「あの、ナナ様」


ゼノがおずおずと口を開いた。


「なんですか」


「グレード・ボルツという商人ですが、用心棒十二人の他に、街の入口で身分確認を行っているという情報もあって」


「まあ」


「『見知らぬ旅人、特に貴族風の身なりの者は、問答無用で連行する』という布告が出ているそうで」


「……それは」


「はい」


「私たちのことを、歓迎してくれているということかしら」


ゼノは一瞬だけ間を置いた。


「……そのような解釈も、できなくはないですが」


「良かったわ」ナナは嬉しそうに言った。「では、愛を届けやすそうね」


ハクが短く息を吐いた。諦めとも安堵とも取れる、そういう種類の息だった。


「……御意」


馬車が、夕暮れの街道を進んでいく。落ち葉が、車輪の後ろで渦を巻いた。


ナナ・オーレリア・ヴァンドールの旅は、まだまだ続く。


愛が足りない場所が、この世界にある限り。


——そして次の街には、十二人の元傭兵用心棒と、一人の孤独な悪徳商人が、ナナの到着を知らないまま、今夜も眠りにつこうとしていた。


(王都のクライヴ王子が、今夜も「来ないでくれ」と祈っているとは、ナナは少しも知らない。もし知ったとしても、きっとこう言うだろう。


「まあ、照れないで。たっぷり愛して差し上げますから」


と。)





【おしまい】

ここまで読んでくださって、本当にありがとうございました。


もしこの作品を楽しんでいただけたなら、☆(評価)ボタンをぽちっと押していただけると、嬉しいです。


ナナの愛が、少しだけあなたにも届きますように。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ