第八章 健輔じいさん ~出発の歌~ 15
その日の夜遅く、何を思ったのか茜は布団の中から携帯電話にて野崎昌男へ電話した。
「もしもし、野崎君?私、大橋だけど今大丈夫?」
「大橋さん?こんな夜遅くどうしたんだよ?今どこから電話してんの?」
「うん、今高山の宿にいるよ。ところで野崎君さ、この前軽井沢の宿で一緒だった小説家の女子大生と私が喧嘩した時の事覚えてる?」
「ああ、覚えてるさ。アレかなり強烈だったからね。」
「あの時私さ、野崎君に”あんたは公務員だから気楽なモンだ”って言ったじゃん。」
「ああ。」
「あの時正直どう思った?」
「どうって言われてもなぁ・・・・・う~ん・・・・・・・・まぁ、いきなりんな事聞かれても俺だって何て答えりゃいいかわかんねーけどよ。ただ・・・・・・」
「ただ・・・・・・何?」
「俺の仕事って周りが思う程気楽じゃねーし、公務員だとか会社員だとかフリーターだとか、どんな世界にもそれぞれ悩みとか色々あると思うぜ。ただ『隣の芝生は青く見える』じゃねーけどさ、傍から見たって当人が抱えている悩みなんて分からずに羨ましく感じちゃうんじゃないか?」
「隣の芝生、ねぇ・・・・・・・・」
「そ、だから大橋さんだって単純に『公務員イコール気楽な稼業』ってイメージしてあの時俺に言ったんだろ?」
「うん、そうだね。」
「ま、色々難しいから何とも言えないけどな。答えになっちゃいないけどこんな感じでいいか?」
「うん、ありがと。」
「ところで大橋さんさ、何だか声に元気がないけど何かあったのかよ?」
「う・・・・・・・ううん、別に何もないけど。そんなにいつもと違う声してる?」
「な~んとなく嫌な事あって落ち込んでいるって感じがするんだけど、まぁ俺の勝手な想像だから適当に流しておいて。さてと、夜も遅いし大橋さん疲れてるだろ?俺も明日仕事だからそろそろ寝るわ。じゃーな、おやすみ。」
「うん、おやすみなさい。」
茜は受話器を切ると、しばらく布団の中で考え事をしていた。
軽井沢のグリーンケイブルズDGHにいた当時、感情任せで発した言動が昌男や大学卒業後の進路を真剣に考えていたゴスロリ女子学生橘馨の気持ちを思い切り傷つけてしまったのではないかとずっと考え込んでしまったのだ。




