第八章 健輔じいさん ~出発の歌~ 12
茜が『飛騨DGH』へ到着した時は既に時計の針は夜8時近くを回っていた。
先程まで土砂降りだった雨もすっかり止み、夜空は星が綺麗に輝いていたが、雨の中2時間以上に渡ってバイクに跨っていた茜はずぶ濡れのまま屋内へと入っていった。
「大橋さん!随分と遅かったじゃないか。途中で事故に巻き込まれたんじゃないかってずっと心配していたんだよ。」
日が暮れても帰って来ない茜を心配したペアレントが駆けつけてきた。しかし茜はそんな心配をよそに無言で談話室へと向かった。丁度その頃談話室では旅人達が集まって語らいを楽しんでいる中、部屋の隅で1人黙々と商売道具であるカメラのレンズ磨きをしている堅太郎がいた。茜は堅太郎の姿を見つけた途端、堅太郎の元へ勇み足で向かい、レンズ磨きの布を奪い取った。
「ちょっとあんた!さっき私の事を突き飛ばした件だけと謝りなさいよ!」
茜は白川郷で体調を崩した健輔に付き添おうとした際、堅太郎に邪魔された上に力いっぱい突き倒された事に関して激怒し、堅太郎に謝罪を求めた。しかし堅太郎は茜の言葉には一切耳を貸さずに予備のレンズ拭きを取り出し、そのままレンズを磨き続けた。
「ねぇ、何シカトこいてんのよっ!早く謝りなさいよ!!!!!!!」
堅太郎の態度に更に頭にきた茜は顔を真っ赤にしながら再び堅太郎の手からレンズ拭きを奪い取ろうとした。それまで会話を楽しんでいた他の宿泊客達も何かあったのかと不安気な顔をしていた。
ここまで来るとさすがの堅太郎も無視を決め込む訳に行かず、一旦周囲の様子を黙って見回した後、すぐさま茜の腕を力いっぱい掴んで談話室から追い出した。
「痛いっ!!!!!!痛いってば、ちょっと何すんのよっ!!!!!!!!痛いってば、離してよ!!!!!!!!!」
茜は必死で抵抗したが
「いいから俺と一緒に外に出ろ!」
堅太郎は茜の抵抗を無視してそのまま表へ出た。




