第八章 健輔じいさん ~出発の歌~ 10
「そんな・・・・・・・いくら時代が時代だからってあまりにも残酷すぎる・・・・」
茜はショックを隠しきれなかった。
「もう戦争が終わって随分経って世の中もあの頃じゃ考えられない程平和になったけど、あの空襲の時の事は今でもしっかりと覚えているよ。」
健輔はめいっぱい広がる青空を眺めながらつぶやいた。
「ところで健輔じいさんは戦争が終わってからどうしたの?」
「ああ、店も家もなくなったのはショックだったけど、何しろ戦争が終わってからはとにかく自分達が生きていくだけでも精一杯だったから余計な事を考える暇さえなかったよ。最初写真館の方をどうするかは考えていたけど、親父も従業員も皆戦争で死んでしまったし、お袋さんと僕だけじゃとてもじゃないけど今後切り盛りできる道理がなかったから結局正式に店をたたんでしまったんだよ。本来跡継ぎのはずだった僕も学校を卒業した後すぐに社会に出て働いて、その後結婚して家族を持って、そして無事に子育ても終えて定年退職を迎えて現在に至るって訳なんだ。」
「そうなんだ・・・・・・・健輔じいさんの若い頃って大変だったんだね。」
茜はしみじみそう思った。
「何しろ当時は今みたいに自由に生きる事が許されなかった時代だったからね。だから僕はお嬢さんや堅太郎君みたいに自由に生きる事ができる若者を見ているととても羨ましく感じるし心から応援したくなるんだよ。」
健輔はそう言うとにっこりと微笑んだ。
茜は北海道の留萌で出会った富沢祐子と『知床旅人庵DGH』で同室になった中乃谷陽子の事を思い出した。彼女達も夫や婚約者を病気や事故で失ってしまい、一時は後を追って自らの命を絶つ事さえ考えていた。しかし周囲の優しさのお陰で何とか立ち直って前を向ける様になった。
ところが健輔の場合は周囲が次々と戦争に巻き込まれて理不尽な死に方をしても『お国の為』という事で片付けられて悲しむ事も許されず、更には人間として当たり前の尊厳や幸せを望む事さえ禁じられ、とにかく生きる為には何でもしなくてはならない運命にあった事を考えると茜は何とも複雑な思いをしていたのである。
「さて、年寄りの湿っぽい話はこの辺にしてそろそろ行こうか。」
「うん、そうだね。」
2人は萩町城跡展望台を後にした。




