第八章 健輔じいさん ~出発の歌~ 6
「あー、いたいた!健輔じいさんみーつけたっ!おっ、ここにも!すごーーーい、健輔じいさんって本当にここら辺には何度も来ているのね。」
「はっはっはっ・・・・・何せ定年退職して以来だから、少なくとも10年以上は経っているね。おっと!グラス空いちゃったね、さぁさぁ飲んで飲んで!」
「わーーーーい、嬉しい!健輔じいさんにお酌してもらうなんて、そんじゃ遠慮なく頂きまーす!」
岐阜に来てから2日目の晩、飛騨DGHの談話室にて周囲が大人しく本を読んだり翌日の旅の計画を立てたりして静かに過ごしている中、ただ1人茜だけがビールで酔っ払って声高にはしゃいでいた。そして健輔もそんな茜に対して嫌な顔ひとつせず談話室にある過去のアルバムを見せながら茜の相手をしていたのだ。
「いやぁ、それにしてもお嬢さんは本当にお酒が好きなんだね。僕も若かった頃は結構お酒は沢山飲めたんだけど今はさすがに年だし、君を見ていると本当に若い人が羨ましく感じるよ。」
健輔が茜の飲みっぷりに感心しながら言うと
「もう、健輔じいさんったらっ!何でもかんでも年のせいにしちゃダメなんだってば!」
と、茜は事もあろうに健輔の背中をバシッと叩いてしまったのである。
「あいたたたたた!!!!!!あははははは・・・・・・全く君は元気な子だよ!」
健輔は一瞬驚いたものの、すっかりと茜の事が気に入った様子であった。
「そーーーーお?よしっ、そんじゃあ健輔じいさんもお酌ばっかりしてないで一緒に飲もうよ!」
「僕もっ!?」
「そっ!だってさっきから私ばっかりが飲んでてつまんないじゃん!!!!」
茜はそう言うと健輔の分のグラスを用意した。
「ちょ、ちょっと待って!!!!!申し訳ないんだけど僕は今ちょっと・・・・・・・・・」
健輔はグラスにビールを注がれるのを抵抗したが、
「まぁまぁそんな固い事言わずにまずは一杯!!!!!」
いい加減周囲も冷や冷やした目で見ているにも関わらず、茜は酔っ払った顔でビールが溢れんばかりに注がれたグラスを無理矢理健輔の口元まで運ぼうとした時であった。
「ハァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!!!」
すぐ傍で商売道具のカメラレンズを拭いていた森沢堅太郎が手を止め、大きく溜息をつきながら茜と健輔の元へ近づいた。
(ゲッ、またこの男?)
茜もグラスをテーブルの上に置いて堅太郎の方へ振り向いた。
「あのさ、悪いんだけどあんたもうちょっと静かにしてくれないか?昨日からずっと思ってたんだけど本当に耳障りなんだよね。」
堅太郎が茜にそう言うと、例によって健輔が彼を嗜めた。
「いいんだよ堅太郎君!元々僕が彼女に沢山飲ませてしまったんだし、堅太郎君ももう少し彼女に対して優しく接してあげたらどうなんだい?」
「だって健輔じいさん、コイツじいさんの事情も知らないくせして無理矢理飲ませようとしたんだぜ!こういう恥知らずな奴にはハッキリと言わないと分からないんだよ!!!!!!」
「堅太郎君!皆がいる前で何て事言うんだい?これじゃ幾らなんでもお嬢さんが可哀想じゃないか・・・・」
2人が言い合っている中、堅太郎に再び”あんた”呼ばわりされていい加減怒りが頂点に達した茜が割り込んできた。
「お話の途中で悪いんですがちょっと宜しいですか?あなた、確か森沢さんって言いましたよね?失礼ですけどあなた、昨日初めて会った時から何だか私に対してやけに喧嘩腰な態度ですけど、私が森沢さんに対して何か気に障る様な事をしましたか?」
茜は堅太郎に食って掛かってきた。
「いや、別に・・・・・・・」
堅太郎はいちいち茜の相手をするのが馬鹿馬鹿しいという感じであった。
「別にって・・・・、それじゃあいちいち何かにつけて人につっかかるのやめて下さい!私だって見ず知らずの他人からいちいち嫌がらせみたいな態度を受けるといい気分が悪いんです!!!!」
「不愉快、ねぇ・・・・・・・。その言葉そのままそっくりあんたに返してやるよ。」
またもや堅太郎から冷たい口調で”あんた”呼ばわりされた茜はカッとなって
「あのねーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!
さっきから私のことあんたあんたって呼んでいるけど、私にはねぇ”大橋茜”っていう立派な固有名詞があんのよ!!!!!!お・お・は・し・あ・か・ねってね!!!!!!!!」
と、周囲の冷ややかな目も気にせずに大声で叫んだ。
「まぁまぁ2人共!!!!せっかく縁あってこうして出会ったんだからお互いそんなにいがみ合うのは良くないよ!そうだ、堅太郎君!明日は車で白川郷まで行って写真の仕事があるんだよね?遅くまで起きていると
明日に差し支えるからそろそろ寝たほうがいいんじゃないかな?」
またもや健輔が2人の間に入った。
「あ、ああそうだね。健輔じいさんの言う通り今回は仕事で来たんだよな、俺。ゴメン、健輔じいさん。俺疲れているし先に寝るわ。そんじゃおやすみ。
「はいはいおやすみ。又明日宜しく頼むよ。」
「ああ、こっちこそじいさんにはいつも世話に成りっぱなしだよ。」
堅太郎がそう言うとそのまま寝室へ行ってしまった。
「ね、ねぇ。健輔じいさん達も明日白川郷に行くの?」
茜が健輔に聞いた。
「ああ、そうだよ。明日も堅太郎君の車に乗せていってもらうんだ。あの子さ、今度出版する写真集の撮影でここに来ててね、偶然僕も同じ時期に訪れる話になった際に是非一緒に行動したいて言い出して来たんだよ。」
「ふーん、そうなんだ・・・・・。それにしても偶然ね。実は私も明日バイクで白川郷へ行く計画を立ててたんだ。」
茜も健輔達と同様、世界遺産である 白川郷 へ行く計画を立てていたのだ。
「おお、そうか!それじゃあ又今日みたいにどこかでバッタリ会うかもしれんな。」
「そ、そうだね。ただ・・・・・・・・」
「おや、どうしたんだい?あっ、分かった。堅太郎君の事だね。まぁちょっと物の言い方がキツイところはあるけど別に悪気があるわけじゃないから気にしなくても大丈夫だよ。ホラ、そんなに疑ったりしないで。この爺がちゃーんと保証するから、ね?」
堅太郎の事を心底良く思っていない茜に対して健輔は論す様に言った。
「そ、そう?うーん、健輔じいさんがそこまで言うなら私も今後は森沢さんから何を言われても気にしない様にする。そんじゃ私も明日早いからそろそろ寝るね、おやすみなさーーーーーーーーい。」
「おやすみ、いい夢見るんだよ。」
「はーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーい!!!!健輔じいさんもね!」
健輔は寝室に戻る茜の後姿を見ながら
(元気な子だねぇ・・・・・人間やっぱり元気が一番だ!)
と1人つぶやいていた。




