第七章 フローレンスカヲル 9
「ね、ねぇ・・・・・馨さん、それって本当なの?確かにあなたのファンの1人である私としてはプロの小説家を目指すのは嬉しい事だと思うわ。でもあなたはまだ若いんだしこれから社会に出て色々と経験を積んでからにした方がいいんじゃない?」
と、麗子夫人が言うと
「そ、そうだよ。そりゃあ確かに今までみたいに小説に割く時間は減るかもしれないけどさ、何も今すぐプロを目指さなくたっていいんじゃないかな?それに趣味として書き続けるって方法もあるじゃないか。」
と、雄也ペアレントも説得に入った。しかし
「ええ、お2人のおっしゃることは最もだと思う。だけどこれは私の一生のことだから放置していただけるかしら?」
と、馨本人は頑なになっていた。
すると茜がすかさず話に割り込んできた。
「えーーーーーーーーーーーーっ??????それって超勿体無いよ!
だってあなたまだ22歳でしょ?それに国立大言ってるんじゃん!悪いけどね、私なんてもう28だし、おまけに三流バカ短大しか出てないしで今だって会社クビになってからかなりブランクがあるから少なくともあなたより私の方が立場的にかなり不利なんだよ?
まぁ色々と大変かもしれないけどさ、ペアレントさんたちが言った通り今すぐにでも福岡の自宅に戻って今から就活しておきなよ!」
しかし馨は吉田夫妻の時と同様、茜の意見にも全く聞く耳を持たなかった。
「あのさ、悪いんだけど知った様な口叩かないでくれる?大体自分の姿を鏡でよ~く見て御覧なさいよ。アンタみたいにいくら一流企業のOLやってたって結局会社に捨てられた挙句汚らしい格好しちゃってあちこち浮浪者みたいにほっつき回っているんでしょ?今の世の中『一生安泰』って言葉なんかないって事分かってるの!?」
それまで感情を顕わにしなかった馨が少々荒げた口調で茜に対して反論すると、それまで馨に対する不満をぐっとこらえて来た茜が遂に爆発してしまったのである。
「ハァ?何だってっ?!ちょっとアンタ!!!!言葉遣い気をつけなよ。誰が”汚い格好の浮浪者”だって?!もう1回言ってご覧よ!大体ね、今日だってこっちには予定があったのにアンタのくだらない小説のお陰で1日中振り回されっ放しだったのよ!一体うちらがどれだけ迷惑したか分かってんの?!
便所の尻拭き紙にもならない様なアンタの駄作なんて世間に公表した所で社会の害悪になるだけなんだからさ、とっとと大人しく引っ込んでりゃいいんだよ!!!!!!!!」
ここまで来たらまさしく売り言葉に買い言葉。完全に理性を失った茜と馨はギャーギャーとヒステリックに喚きながら言い争いとなってしまい、麗子夫人がおろおろとする中雄也ペアレントと昌男が止めに入った。
「ね、ねぇ2人共落ち着いて!そうだ、そうだよ、ね?橘さん、僕らが余計な事言って悪かったよ。だからホラ、落ち着いてったら!!!!!!」
雄也ペアレントが馨を落ち着かせようとしたが、
「おだまりっ!余計な口挟まないでよ!!!!!!」
と突き返されてしまった。一方昌男は
「お、大橋さん!!!!!もうやめろって!!!!!とにかく今日は疲れているんだしさ、早く部屋に戻って休もうぜ!!!!!!」
と、興奮した茜を制止しようとしたが
「いちいちうるさいのよ!!!!!!大体何なワケ?野崎君はいい御身分じゃない!公務員なんてクビもリストラもないんだしさ。一生のほほんと暮らしていけるアンタにとやかく言われたくないんだよね!!!!!」
と、茜から思い切り言い返された昌男は
おい、ちょっと待てよ。
この女一体何考えてんだよ?
俺が一生のほほんと暮らしていける身分、だと?
公務員は一生クビもリストラもない、だと?
それに三流バカ短大卒ってどういう事なんだよ?
俺もお前が云う所の『三流バカ短大』卒業なんだけど?
俺が毎日どんな思いで過ごしているのかこいつに分かるのかよ?
と、内心かなり不快感を感じていたが、今の茜に何を言っても無駄だというのが分かっていたので昌男はこみ上げて来る怒りをそっと胸の中にしまっておいた。
「ね、ねぇ!とりあえず馨さんには馨さんの考えがあるんだし、私達だってアドバイスすべき事はしたんだから、もういいじゃない・・・・・・・」
麗子夫人の一言で茜と馨は何とか落ち着きを取り戻した。
「そうだな。だけど橘さん、君がこれから先どういう道に進むのかは君次第だけど後悔だけは絶対にしない様にじっくり悩める時は悩んでおいた方がいいよ。僕もそうだったな。かつては普通のサラリーマン生活を過ごしていたけどさ、どうしても宿経営の夢が捨てきれなくって必死で周囲に納得してもらえるよう説得した時の事を思い出したよ。」
雄也ペアレントが開所前の頃を回想した。
「さて、もう夜も遅くなって来た事だし、そろそろ寝るとするか。」
一同それぞれの部屋に戻って床についた。




