第七章 フローレンスカヲル 6
「ふんふんふんふんふーーーーーーーーーーん♪」
短大時代の同級生である野崎昌男と共に軽井沢のグリーンケイブルズDGHへ訪れて2日目の朝、茜は例によって早起きし、鼻歌を歌いながらチェーン調整にエンジンオイルのチェック等、愛車カワサキ250TRのメンテナンスを行っていた。旅を始めたばかりの頃はメンテナンスはおろかろくに洗車もしていなかった茜であったが、秋田県内にある安宿にて永井純平の魔の手から逃れるべく必死でタイヤ修理を試みた件がきっかけで、以来簡単なメンテナンスは自分自身で対処する様になってきていたのである。
「みんなーーーーー、そろそろ朝食の時間よーーーーーーーーー!!!!!!!!」
DGHより麗子夫人が皆に朝食の準備ができた、と呼んだので茜はメンテナンスを切り上げた。
「昨日のケーキも美味しかったけど、パンも焼きたてでいい匂いがして、とっても美味しい!」
「まぁ、褒めてくれて嬉しいわ!ところで昨日はよく眠れた?」
「え、ええ、まぁ・・・・・・・・・・・・・」
朝食は麗子夫人お手製の焼きたてのパンに入れたてのコーヒー、そしてスクランブルエッグにカリカリに焼いたベーコン等の洋食メニューであり、どれもこれも絶品であった。しかし茜も昌男も寝不足の為か、食事の最中何度も何度もあくびをしていた。
それもそのはず。何しろ客室には麗子夫人がどこから寄せ集めてきたのか分からないが、恐ろしい数のテディベアで埋め尽くしてしまい、とてもくつろげる様な雰囲気ではなかったのである。
「ごちそうさんでした。そんじゃ俺、ちょっくら外出して来ますんで。」
朝食を食べ終えた昌男は食器を台所まで運び、客室に戻って外出の支度をした。
「じゃあ私も今日はバイクでそこら辺を周りたいんで。ごちそう様でした、パン美味しかったです。」
茜もそう言って使用済みの食器を片付けて客室へと戻った。
「お粗末様でした。それじゃあ2人共気をつけて行ってらっしゃいね。」
麗子夫人は2人を見送った後、台所へ行って朝食の後片付けをした。
「よう、おはよう!今日は天気がいいね。」
玄関先にて、雄也ペアレントが茜に声を掛けた。
「おはようございます、ペアレントさん。もう9月も半ばを過ぎてるしこれからが一番爽やかな時期ですよね。それじゃあ行ってきまーーーーーす。」
「おう、気をつけて行っておいで!!!」
雄也ペアレントが手を振って茜を見送った。
「あれ?大橋さんもバイクでどっかに行くの?」
駐輪場にて、昌男はホンダCBR1000RRのエンジンをふかしながら茜に言った。
「うん、だって今日はとても天気がいいし、こういう時こそ存分にバイクに跨りたいんだよね!」
茜はそう言うと250TRのエンジンをかけようとした時であった。
「ちょっと2人共待ちなさい!」
昨夜のティータイムで見かけた『自称』乙女小説家のフローレンスカヲルこと橘馨が例にって全身黒ずくめのゴシックロリータスタイルを身にまといながら茜と昌男の目の前に立ちはばかった。
「なななななな、何なんですか?!」
馨の姿格好に驚いた昌男がびっくりして聞いた。
「貴方達、悪いんだけど今日1日私に付き合ってくれるかしら?」
馨の突然のお願いに2人は驚きを隠せなかった。
「ハ、ハァ?あの・・・・・どうして私達が貴方と???????」
茜が目を丸くしながら馨に聞いた。
「貴方達2人に私の新作のモデルになってもらいたいのよ。」
「ハァァァァァァァァァァ???????モデルだって?!!!!!!!!!!」
いきなり馨の新作小説のモデルになってくれと頼まれ、茜も昌男も開いた口が塞がらなかった。そもそも馨が軽井沢へやって来たのは自身の新作執筆の取材が目的であり、その新作の内容とは不治の病に侵された1人の女性が軽井沢へ静養しにやって来て、そこで出会った外国人宣教師と恋に落ちる、というまるで昭和初期のメロドラマそのものであった。そして主人公の女性を茜に、恋人の外国人宣教師を昌男にと、それぞれモデルを設定して物語の雰囲気をつかもうとしていたのだ。
「ね、ねぇ?それにしてもどうしてうちらをモデルにしようと思ったの?別にうちらじゃなくたってペアレントさんご夫妻など他に相応しい人がいるじゃない。」
モデルなんて絶対にやりたくない茜が恐る恐る聞いてみた。
「別に誰がモデルに相応しいかなんてどうでもいい事なの。とにかくこっちだって執筆がかかっているんだし、今日は何が何でも私に付き合ってもらうから。」
馨は淡々とした口調でありながらも、2人に強制的に付き合うよう命令をした。
「おいおい、ちょっと待ってくれよ。そりゃあそっちの勝手な都合ってモンだろうよ!」
昌男は馨のあまりの横暴さにカチンと来て反論したが、
「な・・・・・・・んですってぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇl!!!!!!!!!!!」
それまで不気味なほど無表情で淡々とした口調であった馨が突然殺気立って顔を紅潮させ、物凄い目つきとドスの効いた声へと豹変した。
「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!!!!!!!!分かりました、分かりましたよ!!!!!!
付き合いますよ、今日1日貴方様に付き合わさせて頂きます!!」
茜と昌男は馨の底知れぬ迫力に完敗し、ガタガタと震えながら泣く泣く馨に付き合わされる羽目となった。




