第二章 憧れの君 3
「へえ、そうなんだ。リストラを機に一人旅ねぇ・・・」
「そうなんですよ、全く今まで散々こき使っておきながら用が済んだら即解雇ですよ、本当に人をバカにしてますよね?」
その日の夕食は旅に出てから初めて人と話をしたので普段以上に会話が弾んだ。
入江勝 30歳
沖縄県出身で現在自営業を営んでいるが、最近色々と考える事があり旅に出ながら模索している、との事だった。身長177センチメートルと高身長でモデル並の容姿に身なりもカジュアルでは
あったがそれなりにきちんとしており、見るからに好青年、という雰囲気であった。そして茜自身もひと目みたその時から惚れてしまい、挙句の果てには『憧れの君』と勝手に心の中で名付けてしまう始末。
「ところで・・・失礼だけどお名前は?」
「大橋茜です。あ、茜でいいですよ。」
「ふーん、わかった。けど初対面の人に対していきなり下の名前で呼ぶのはちょっと抵抗があるから。大橋さんって今回一人旅初めてなんだよね。」
「ええ、気楽かな?って思ってたんですけど、ずっと誰も話し相手がいないとなると時間をもてあましている時なんて本当に退屈だし、さっきも妹にメール送ったのに邪険に扱われてしまって。正直かなり退屈で退屈で。だから今こうして入江さんと会話をしている事が凄く楽しいんです。」
「そっか・・・・それならDGHなんてどう?名前聞いた事あるかな?」
「DGH?名前は聞いたことあるけど・・・。確か相部屋なんですよね?」
「そう、その通り!相部屋だから人によっては抵抗はあるかもしれないけど、宿泊料は格安だし何しろ僕らみたいな1人旅の人が殆どだからお互い旅人同士の交流や情報交換で盛り上がるし、何しろ長期の旅だと旅費もそれなりにかかるから経費節約の面でも本当にお勧めだよ。」
「そうなんだ、確かにここの宿だって1人追加料金取られたりして8千円近くかかったしこの先長いし、今後の参考にさせて頂きますね。」
正直な所見知らぬ人と一緒の部屋になる事に少々抵抗感を感じていた茜だが勝の話を聞いてDGHについて興味を抱く様になった。
(DGHか・・・思い出した。そういえば短大の頃夏休みとかで使っていた人がいたっけ。えーっと誰だったっけな・・・そうそう、野崎君だ!
当時は特に親しくはしていなかったからあまり覚えてないけど、今何やってるんだろ・・・)
ふとした事がきっかけで短大時代の同級生である野崎昌男の存在を思い出した茜であった。
「ところで入江さん、明日はどうされる予定なんですか?」
「うーん、とりあえず松島方面へ行こうと思っているんだけど…。何しろ移動手段が電車だからさ、行ける場所も限られるんだよね。」
「あっらーーーーーーーーー、“偶然”ですね!実は私も“明日”松島へ行く計画を立てていたんですよ。どうせなら“是非”ご一緒しませんか?」
「でも大橋さんはバイクで移動しているんでしょ?」
「えぇえぇそうなんです“けど”、まだ私バイクに乗るようになってから日が浅いし、何しろ“慣れてない”せいか“疲れ気味”なんですよぉ。だからそろそろここらでゆっくりと観光地巡りをしようと思ったんですよネェ。」
「そうなんだ。まぁこうして出会ったのも何かの縁だし、明日一緒に行動しようか。」
「わぁ、いいんですかぁ?ありがとうございますぅ~」
勿論“偶然”も“慣れていない”も大嘘であった。ましてや“疲れ気味”だなんて全く有り得ない話であった。普通二輪免許を取得後すぐに“練習”と称してぶっつけ本番で首都高速道路を単車で走り回る様な人間のどこに疲れや不慣れが生じるというのだ?全世界、いや全宇宙探し回っても見つかるわけがない。
“偶然”についても同じであった。実は翌日はバイクで鳴子温泉まで行く予定
であったのにも関わらず、『憧れの君』といたいが為に勝手に予定変更をしただけなのだ。
(よっしゃー!これで明日は1日中入江さんと一緒にいられる!)
全く持ってお調子者で能天気な茜であった。