第六章 密室 1
『知床旅人庵DGH』を後にした茜はまず釧路方面に移動して釧路湿原を眺め、帯広方面に立ち寄った時は近くの池田町にある ワイン城 にて試飲用ワインを”たしなみ”ながら自由気ままな旅を楽しんでいた。途中旅人庵で同室だった中乃谷陽子の言葉を思い出し、再度入江勝宛にメールを送ったが案の定返信されなかった。しかしまだ勝本人も旅の途中で沖縄にある自宅に戻っていない可能性が考えられるので、後日改めてメールを入れなおそうと思っていた。
又、久々に妹の歩にメールではなく直接電話を入れたが”今 アテネオリンピック を観ている最中だから邪魔するな”と例によって冷たくあしらわれ、仕方がないので母親の奈美子に代わってほしいと頼むが別の部屋にて韓国ドラマ 『冬のソナタ』 に夢中になってしまい、茜の事など全く関心を持っていなかった。残るは父親の敬一郎のみであったが、会話した所で喧嘩になる事は目に見えていたので茜はとっとと受話器を切ってしまった。
(あ~あ、全くうちの家族って一体・・・・・・・・・・)
茜は呆れて溜息をついた。
尚、この間茜の28回目の誕生日である8月12日を迎え、宿泊先の宿にて盛大に誕生日を祝って貰った。そして現在、茜は道内の中心地である富良野にあるラベンダー畑 『ファーム富田』 に来ていた。ラベンダーのピーク期は過ぎていたものの、遅咲きの品種のものやその他シーズンを迎えた花が辺り一面に咲き乱れていたので、茜はデジタルカメラでその風景を撮影していた。するとその時であった。
「茜おねえちゃん!!!!!!!!!」
背後から聞いたことがある声で名前を呼ばれたので振り向くと、そこには岩手県遠野市にある『遠野ふるさとDGH』で一緒に過ごした16歳のチャリダー少年、古村靖がいたのである。
「靖君!?ちょっとどうしたのよこんな所にいて!!!!!うわ~、久しぶり!!!!!!元気にしてた?」
「やっぱり茜おねえちゃんだ!さっきからそうじゃないかな~ってずっと観察してたんだけどよ、マジで再会できるとは思わなかったよ!!!!!!!!!!」
遠野で別れてから約2ヶ月ぶりの再会に茜と靖はお互いに大はしゃぎをした。
「すっげーーーーーーー、あの時別れてからずっと北海道で放浪してるなんて信じらんねぇ!超ウラヤマしいーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!」
「そうそう、そうなのよ。礼文島から稚内、留萌、知床、釧路にと・・・・・途中 阿寒湖 に寄ってマリモも見てきたんだっけ!!!!!!」
ファーム富田内にある売店のベンチにて、2人はラベンダーソフトクリームを頬張りながらお互いに積もる話で盛り上がっていた。
「ところで靖君、遠野にいた時と比べると随分日焼けしているし、体格も全体的に何だかガッシリしてきたね。チャリってそんなに体鍛えられるの?」
茜は真っ黒に日焼けして筋肉質になった靖の体を上から下へと眺める様にしながら聞いた。
「ああ、チャリでの移動ってのもあるけどさ、前にメールしたと思うんだけど俺さ、青森の農家で住み込みの短期アルバイトしていたんだ。ただそこのバイト先っていうのがえらく人使いが荒くってよ、お陰さまでバイトが終わる頃にはすっかりとこんな体になっちまったんだよ。ま、それでも学校辞めて家で引きこもっていた頃と比べりゃ全然マシだけどよ、あははははは!!!!!」
靖は豪快に大笑いしながら言った。
「靖君も相変わらずパワフルだねぇ。いいよな~、若いって!」
茜も笑いながら言った。遠野にいた頃から靖の若者パワーには圧倒されてはいたが、当時はイジメや高校中退等の傷が深かった為、それを隠すために無理に明るく振舞っていた面も見受けられていたが、今は心の底から楽しそうに笑っている様子であった。
かつて同宿者による心ない言動が原因でひどく傷つき、外に飛び出して大暴れした事や盛岡から逃走して来た窃盗団の事件に巻き込まれて負傷した挙句、東京から駆けつけてきた両親に無理矢理連れ戻されそうになって必死に反抗した姿など、靖の身に降りかかった様々な出来事を思い出しながら茜は靖の成長ぶりを見て嬉しく思った。
「ところで茜おねえちゃん、これから先まだバイクで旅を続けるのかよ?」
靖は茜に今後の予定を聞いた。
「うん、今のところはそのつもりでいるけど。だってこんな事今しかできないし、お金だって今まで働いてきた分の貯金まだ沢山あるし、旅の途中で何回かアルバイトしながら資金稼いでた時もあったからまだまだ大丈夫かな?って思ってる。靖君こそどうなのよ?こんな所までチャリで来ちゃってるけど、これからもまだ走り続けるつもりなの?」
茜がそう言うと靖の口から意外な答えが返ってきた。
「俺、あと2、3日したら帰る予定でいるんだ。」
茜はまだ靖がしばらく旅を続けるモノだと思っていたので驚いた。
「へっ?それは又どうして?」
「実は・・・・・・・・」
靖はあれほど帰りたがらなかった、東京都八王子市内にある自宅に戻ろうと決めた経緯を話した。




