第五章 繊細な彼女 26
翌日のミーティングは珍しくペアレントが自ら司会進行役を買って出た。
又、この日は久しぶりに実家に帰省中のペアレントの息子がギターを抱えて父親と共にミーティング司会進行をしていた。
「あれーーーー?今日はペアレントさんがミーティング担当なんだ。珍し~い。」
「今日はもしかして特別にペアレントさん自らが体を張って踊りだすとか!?」
「ペアレントさーーーーーん、早く何かやってよーーーーー!!!!!!!」
事情を全く知らない宿泊客達が次々とペアレントに注文をつけて来た。
「まぁまぁ落ち着けって。それよりもちょっと悪いが、みんな前に出て集まってくれるかな?」
ペアレントがなだめるようにそう言うと、全員前に出てペアレントを囲むようにして座った。
「よし、じゃあ始めるか。」
ペアレントが息子に目で合図を送ると、その息子はギターを抱えてMr.Childrenの『手紙』 を弾き、静かに歌い始めた。
「皆にも経験はあるだろうが、世間では生まれた時から色々な人との出会いがあって、両親や兄弟・親族から始まり、成長していく内に友人知人といった他人との出会いが繰り広げられる。
僕自身『旅人庵』という宿家業を何年もやってきている分今まで何度も見てきたけど、ここだって1つの出会いの場でもあるし、ほんの一過性のモノもあれば親友となる人との出会いもあるし、中には生涯の伴侶となる人との出会いまでよくある。」
ペアレントが語り出した。
「しかし、だ。出会いがあれば必ず別れもやってくる。だけど別れがあっても再会だってある。要は人間生きている限り出会いと別れの繰り返しって奴だ。しかし別れに関して強調すれば単なる自然消滅もあれば何らかの事情が生じて別れざるを得ないケースがあるんだ。」
(ペアレントさん、一体何が言いたいんだろう?)
誰もがそう疑問に感じたが、ペアレントはそのまま続けた。
「実は去年の春、ここの常連客で結婚を控えていた旅人さんがいたんだけど、その彼が婚約者で同じく旅人庵の常連客を残したまま不慮の事故でこの世を去ってしまったんだ。」
ペアレントがそう言うと、周囲は騒然とした。
(ペアレントさん、悟さんの事を言おうとしているんだ!)
茜と陽子はとっさに目が合った。
ペアレントは更に続けた。
「しかも挙式わずか数日前に亡くなってしまったから、さぞかし悔しかったと思う。それに残された婚約者の彼女だってそりゃあショックが凄くて、当時の様子を見ていた僕だって辛くて見るに耐えられなかったんだ。
それでも人は又、前に進んで生きていかなければならない。残された彼女にしたって婚約者の死から乗り越えようと途中何度も挫折しながらも必死で這い上がろうとしている姿は僕自身知っているし、何しろそれは天国に行った彼本人が望んでいる事なんだと思うんだ。」
全員が静かにしてペアレントの話を聞いていた。
「ペアレントさん、私の話を皆に聞いてもらってもいい?」
1人の女性客が名乗り出た。
「何だい?いってごらん。」
「あのね、実は私も先日父親を病気で亡くしてしまって、その時は凄くショックだったけど今まで父が私の事を一生懸命愛して育ててくれた分、今度は私が自分の周りの人を愛してあげようって心に誓ったんだ。そうすることによって私と父が一体になった様な気がするし、それが天国に行った父にとって何よりの供養になるって思ったの。」
その女性客は旅人庵の常連で、かつて1度だけ自分の父親を旅人庵に連れて来た事があったが、先月末期ガンで帰らぬ人となってしまい、傷心を癒そうとかつて自分の親を連れて来た旅人庵に来ていたのである。
「一体になれる、か。そうだね、君の言う通りだな。確かに愛する人を失う事はとても悲しい事だ。だけどその悲しみを乗り越えて前へ進むって事は亡くなってしまったその人そのものの人生も一緒に担っていく、という事なんじゃないかって僕は思うんだ。
先程亡くなったお父さんの事を話してくれた旅人さんの件を例えれば、天国にいるお父さんがやり残した人生の分まで旅人さんが幸せに生きてほしいと願っている、という事かな?上手く言えないけど、皆のこれからの人生の中で大切なモノが失って、どうにもならない位に悲しくて挫けてしまいそうな事が沢山あるだろうと思う。だけどどんなに辛くても悲しくても自分自身を見失わずに、少しずつでもいいから前を向いて生きてほしい、と僕は心の底から思うんだ。
さて、話がながくなってしまったね。それでは今から歌を歌うので皆で力の限り声を出して精一杯歌おう。」
再びペアレントが息子に目で合図を送ると、再度ギターを構え直し、Mr.Childrenの
『花~Me’mento-mori』 の演奏をし、全員それに合わせて合唱した。
周りの環境に流されて自分を見失いそうになってもありのままの自分自身を受け入れ、凛と咲く花の様に強く輝いていこう、という願いが込められていた歌だった。
陽子は歌いながら思い出していた。初めてのミーティング時での悟との出会いに翌日のツアーで命がけで自分を守ってくれた事、網走での初デートに盛大に祝ってくれた20歳の誕生日にその5年後の口喧嘩、2年前の神の子池でのプロポーズ、そして挙式直前の出張先での悟の死。
長年重ねて来た悟との思い出をかみ締めながら陽子は大粒の涙を流し、声を押し殺しながら泣いていた。そして隣に座っていた茜はそんな陽子の姿を見ながらも掛ける言葉が見つからず、ただ、ただ精一杯歌う事しかできなかったのである。




