第五章 繊細な彼女 24
2003年4月、皮肉にも挙式予定日に悟の告別式が地元横浜市内の寺院にてしめやかに行われた。
悟の両親と、悟と共にイラク入りした若手記者に出張命令を出した上司をはじめとする会社関係の人々や親族、友人知人等大勢の弔問客が訪れていた。又、その中には生前世話になっていた知床旅人庵DGHのペアレントもはるばる北海道から駆けつけていたのだ。
(悟君・・・・・・・・・残念だよ、本当に残念だよ!)
ペアレントは悟の遺影に向かってそうつぶやいて、手を合わせた。遺影は昨年の夏、陽子と共に旅人庵に訪れた際に撮影したものであった。
ところで肝心の陽子だが、悟の死後、ショックのあまり体調を崩してしまって殆ど外出せずに引きこもり状態となり、告別式にも顔を出さずにずっと1人で控え室にいたのである。陽子の事を心配していたペアレントが様子を見て来ようと控え室のドアをノックした。
「陽子ちゃん、僕だけど分かるかい?中に入るよ。」
ペアレントは控え室に入り、1人で横になっている陽子の姿を見つけた。
「体の調子はどうだい?ありゃりゃ、寝てしまったのか。仕方ないな・・・・・ん?陽子ちゃん!!!!!!大変だーーーーー!!!!誰か救急車呼んでくれーーーー!!!!!」
ペアレントは左手首から大量の血を流しながら倒れている陽子の姿を見てすぐに助けを求めた。そしてすぐ傍には血がついた果物ナイフに『天国の悟さんの所へ行かせて下さい』と書かれたメモが置いてあった。
その後陽子は救急車に運ばれて治療を受けたが、幸い大事には至らずにすぐ退院し、間もなくして職場復帰も果たしたが、この頃から情緒不安定となってある時は夜中に動悸がして息苦しくなり、又ある時は仕事中にも関わらず突然泣き出したり、ひどい時には患者がいる目の前でリストカット行為に出るまでに至り、とうとう勤務先のクリニックを休職する事となったのだ。休職後はしばらく心療内科でカウンセリングを受けていたが、ここ最近は少し安定してきた事もあり、心療内科側からの許可が下りて今回悟の死後初めて旅人庵に”帰省”し、茜と同室になったのである。
「だけど陽子ちゃん、あの調子じゃまだ悟君の事を想い続けているんだろうな。そう思うと何だかせつなくなるよ。」
ペアレントが溜息交じりに言った。
「そうなんだ・・・・・陽子さんの不可解な行動に写真の事など、これで全て辻褄が合うのね。それにしても陽子さん、今まで私達に対してあんなに明るくて優しく振舞っていたのに、心の中ではすごく苦しんでいたなんて全然知らなかった・・・・・。本当にこんなのって悲し過ぎるよ!!!!!!」
茜は何日も陽子と共に過ごして来たにも関わらず、悟を失った苦しみを全く理解できなかった事に対してやるせない気持ちになっていた。
その時であった。
「陽子ちゃん!!!!!!!」
ペアレントが居間の入り口付近に隠れていた陽子を見つけたのである。陽子はペアレントと茜が自分と悟の間に起こった出来事について話していたのを一部始終聞いてしまい、わなわなと震えながら立っていた。
「どうして・・・・・どうしてなのよ!!!!!!!!」
陽子は取り乱しながらそう叫ぶと、自室に駆け込んでそのままベッドの中へ入ってしまった。
「陽子ちゃん、陽子ちゃん待ってくれ!!!!!!!」
ペアレントはすぐに陽子の後を追いかけ、茜はこれまで見た事がない形相をした陽子の顔を見て呆然と立ち尽くしていた。
(悟さん・・・・悟さん・・・・・・悟さん!!!!!!)
陽子はベッドの中で悟の名前をつぶやきながら息を殺して泣いていた。
その日の晩のミーティングには陽子の姿はなかった。茜は陽子の事を心配しつつも他の宿泊者達とミーティング後の雑談タイムを楽しんでいた。この頃、陽子は無数のリストカット痕がついた手首を眺めながらぼんやりと考えていた。
ねぇ悟さん、私今でもあなたの事が忘れられないの。
初めてあなたと会話した時のことや一緒につないだ手、
ミーティングで一緒に歌った事、
初めてのツアーで転んだ私を助けてくれた時の事、
そして2年前の夏神の子池でプロポーズ
してくれた事。どれもこれも今でも鮮明に覚えているの。
私ね、今でもあなたがもうこの世にはいない人
だって事が信じられないの。
だけどいくら私が悟さんに会いたくてもあなたは
私の前に現れてはくれない。
悟さん、私は一体どうすればいいの?
やっぱり私の方からあなたのいる場所に
行くしかないのかしら?
ねぇ?教えてよ悟さん…
陽子は突然起き上がり、部屋の外へ出た。
(あれ?陽子さんじゃない・・・・・・・)
茜は大広間から窓越しで陽子がうつろな目をして玄関から外に出るのを見た。そしてその手には何か光るものを握っていたのである。
(ちょっと今陽子さんが持っていたの何よ?何だか刃物みたいなの持っていた様だけど・・・。まさか・・・・・まさかあの人!!!!!!!!)
夕方ペアレントから聞いた話を思い出し、胸騒ぎがした。
「陽子さん待って!どこに行くの?!」
茜は慌てて陽子の後を追いかけた。




