表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
バイク乗り2004 ~ある女性の全国放浪記~  作者: r_SS
第五章 繊細な彼女
56/151

第五章 繊細な彼女 19

「ちょっと悟さん何なのよ!いきなり店を飛び出したりして恥ずかしいったら無いわよ!それに私の事を置き去りにするなんて失礼なんじゃないの?」

 すぐ近くの公園にて、陽子は悟に訴えたが

「失礼なのはどっちなのかよく考えてみなよ。」

 と冷たくあしらわれるだけだった。

「ね、ねぇ悟さんってば!一体どうしたっていうのよ?そりゃあ確かにせっかくの誕生日を台無しにした事は私が悪かったわ。だけど何もそこまで怒る事はないでしょ?」

 陽子も必死で訴えたが

「『そこまで怒る事はない』、だと?陽子ちゃん、本当に君は何も分かっちゃいないんだな。それさ、本気で言ってる?看護婦である君が事もあろうに患者に対して”死ね”って言ったんだよ?人の命を救う立場にいる人間が言う言葉か!?」


 今まで温厚だった悟が初めて陽子に対して本気で怒ったのである。そしてその後ゆっくりと語った。

「あのさ、僕よく取材で色んな現場に向かうんだけどさ、中には交通事故の現場だったり殺人事件、それに爆発事故や一家心中など目を覆いたくなるような場面に遭遇する事が何度もあるんだ。そしてその中には死にたくないのに事件や事故に巻き込まれて負傷したり亡くなってしまう人だって沢山いる。

 しかし僕はいくらそういう場面を目の当たりにしても何も手助けをする事ができずにやるせない思いをする事がしょっちゅうあるんだ。」

 悟は更に続けた。

「だけど陽子ちゃん、君は人の命を救う事が出来る立場にいるんだ。目の前で救いの手を差し伸べている人達を振り払う事しかできない自分と違って君は看護婦という直接人の命に関わる仕事に就いているんだ。そういう君がただ自分の環境に不満があるからって腹いせで”死ね”だと?よく平気でそんな事言えるよな。

 悪いけど今日と云う今日は本当に失望したよ。そんなに今の仕事が気に入らないのならとっととやめてしまえ!いい加減不平不満ばかり聞かされているこっちだってもういい加減うんざりなんだよ!」

 そう言い放つと悟は再び陽子を置き去りにして帰ろうとした。


「待って、待ってったら悟さん!!!!悪かったわ、本当に私が悪かったわ!だけど私だって旅人庵で出会った頃とは訳が違うのよ!あの頃は看護婦という職業についてもこれからの人生についても夢と希望でいっぱいだった。けど実際に看護学校卒業してナースとして社会に出ても理想と現実のギャップに苛まれるばかりで、世の中誰もが悟さんみたいに大手新聞社の記者になって全国あちこち駆け巡る様な華やかで恵まれた生活を送っているんじゃないのよ!」

 陽子はそう言うと大声で泣き出した。看護婦になってからと云うものの、日頃のストレスが限界に達していたのである。すると先程まで陽子を置き去りにしようとした悟が立ち止まり、陽子の元へ歩み寄った。


「あのさ、初めて旅人庵に来た時の事覚えてるかい?」

「ええ・・・・・だけどそれが何?」

「あの頃の僕も今の陽子ちゃんと同じ様に新聞記者っていう仕事に対する理想と現実とのギャップに苛まれていたんだ。世間の華やかなイメージとは違って実際は体力勝負な上に自分では完璧だと思った記事だってOKが出るまで何度も書き直しをさせられて帰れなかったり。もちろん上層部との考え方の違いでぶつかる事もしょっちゅうだった。そんな環境の中でやっと4日間の休暇が取れて前々から行きたかった北海道へ、そして旅人庵へと向かったんだ。」

 悟は5年前の事を思い出しながら静かに語った。

「丁度ミーティングの時だったっけ。なかなか馴染めずに1人で隅っこで座っていた君の姿を見かけて、始めは”かわいそうに”って程度にしか思っていなかったけど、ミーティングが終わった後に話す機会ができて、翌日のツアーでも一緒になって、それまでオドオドしていた君がだんだんと明るい表情に変わって行く姿を見て、”ああこの子なんて可愛い子なんだ”って感じる様になって特別な想いを抱く様になったんだ。だから・・・・・だから2日目のミーティングの後に網走行きにも君を誘ったんだ。だけどやっぱり5年の歳月はここまで人の心を変えてしまうものなのかなって、悲しくなったんだよ。」

 悟はこれ以上何も語らなかった。


「悟さん・・・・・・、本当に5年前の今頃はまさかこうして言い争いになってしまうとは思ってもみなかったわね。悟さんの言う通り、本当に5年の歳月って悲しいわよね。あなたは相変わらず新聞記者として頑張っているのに私は何だか嫌な人間になっていくだけで。もう私なんてどうなってしまってもいいのよ。今日は本当にごめんなさい。でももういいわ。悟さんだってこんな嫌な人間の相手したくないでしょ?もう帰っていいわ。」

 陽子が寂しそうな表情で言うと悟は急に陽子の事を抱きしめた。

「悟さん!?」

「”どうなってしまてもいい”、じゃなくて”これから”、だろ?」

 先程まで怒りの表情をしていた悟が今は優しい眼差しで陽子を見つめていた。

「”これから”って・・・・・?」

「”これから幸せになろうと努力すればいい”って事だよ。」

 悟はそう言うと再び陽子を強く抱きしめた。

「今度又一緒に旅人庵に”帰ろう”よ、な?」

「うん・・・・・・・」

 陽子の目から大粒の涙がこぼれていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ