第五章 繊細な彼女 18
間もなくして陽子も学校の夏休みが終り、千葉県千葉市内にある自宅に戻ると、ポストの中に悟からの手紙が入っていた。早速封を開けると、そこには旅人庵の玄関前で撮った写真と1通の手紙が入っていた。手紙には写真の件とお互い地元が近いし、これからも手紙交換したり都合が合えばどこかで会ったりしたい、という内容であった。
「阿部さん!!!!!!!」
陽子は心底嬉しく思った。なぜならば、旅人庵で悟と出会って以来彼に対する淡い想いが募り、それはいつしか恋愛感情までに至ったからである。
同時期に同じ写真が旅人庵宛にも送付され、受け取ったペアレントは鼻歌を歌いながら『1993年9月 旅人庵玄関前にて 神奈川県横浜市 阿部悟さんより提供』というメモ書きを添えて1993年度のアルバムに写真を追加した。
その後2人は互いに文通をしたり休日になると待ち合わせをして一緒に映画を観たり食事をしたりして楽しい日々を過ごしていた。又翌年には一緒に旅人庵へ『里帰り』をし、ペアレントやヘルパー達を驚かせてしまう事もあった。そしていつしかお互いの事を苗字ではなく、名前で呼び合う様になった。
ところが陽子が看護学校を卒業して東京都内の大学病院に勤務し、2~3年経った頃からお互いに仕事が忙しくなってすれ違いも生じる様になり、会う機会も減ってたまに惰性でメール交換をする程度となってしまった。
2人が出会ってから5年後の1998年9月、久しぶりにお互いの誕生日祝いをやろうと悟の提案で2人は行き付けのレストランで再会した。
「お誕生日おめでとう!」
「おめでとう!」
2人はワイングラスで乾杯をした。
「あぁ、僕ももう三十路か・・・・。本当に月日が経つのはあっという間だよ。初めて出会った時から5年も経ったんだし。陽子ちゃんもそう思わない?」
悟は陽子に話を振ったが、どういう訳か陽子は不機嫌な様子だった。
「どうしたんだい?何だかえらく機嫌悪いみたいだけど・・・・・」
悟は陽子の顔を覗き込んだ。
「別に・・・・、ただちょっと職場で色々とあって。」
陽子がそう言うと悟はため息をついた。たまに陽子から送られて来るメールの内容がここ最近職場の愚痴ばかりであったからである。
「又何かあったんだね。確かに仕事をしていると色々と大変な事もあると思うけどさ。何だか最近の陽子ちゃんはメールや電話でもいっつも不平不満ばかりでさ、一体どうしたって言うんだい?それに今日は僕と君の誕生日パーティなんだ。せめてこういう時くらい嫌な事は忘れて楽しもう、という気持ちを持ったらどうなんだい?」
悟がそう言うと陽子も口を開いた。
「別に・・・・・・誕生日って言っても私もう25歳だし、昔とは違うのよ。それに私だって愚痴りたくて愚痴っているんじゃない。ただ毎日毎日我侭な患者の相手にドクターからのナース蔑視、それに何かトラブルが生じると私みたいな下っ端ナースのせいにされるしで、もういい加減やってられないのよ!」
陽子がそう言うと悟は”また始まった”と言わんばかりにため息をついた。今まで陽子の愚痴に黙って聞いてあげていた悟もここ最近はいい加減うんざり気味であった。
陽子は更に言い続けた。
「それに今日だって病院の主みたいな患者からボケた振りしていきなり私の体を触ってきたのよ。あんなのセクハラもいいとこだわ!仕方が無いからドクターに相談はしたけど、”あの患者様は院長のお知り合いだから多少の事は大目に見てやってくれ”ですって!もう本当にあのバカ患者とっとと死んでしまえばいいのよ!!!!!!!!」
陽子がそう言った瞬間、突然悟が席を立った。
「死んでしまえばいい、か・・・・・・。そこまでストレスが溜まっているのならもう看護師なんてやめちゃえよ。」
「悟さん?」
突然の”やめろ”発言に陽子は驚いた。
「勝手にしろ、悪いけど俺もう帰るわ。」
悟はそう言い残して会計を済ませ、とっとと店を後にしてしまった。
「待って、待ってったら!悟さん!!!!!!!」
陽子は慌てて悟の後を追いかけた。




