第五章 繊細な彼女 15
翌朝、恒例のラジオ体操と朝食を終えた2人は旅人庵の玄関前にて待ち合わせをし、JR石北本線に乗車して知床斜里駅から網走駅へと移動した。
「そうだ中乃谷さん、ガイドブックで調べたんだけどさ、丁度今の時期になると能取湖って湖に咲くサンゴ草が見頃だって云うんだ。せっかくだからまずはそこへ行ってみようか?」
悟は持参したガイドブックを取り出しながら言った。1990年代前半当時はまだインターネットが一般普及されておらず、現在なら観光スポット等を調べるにしてもパソコンや携帯電話等ですぐに分かる事でもガイドブックを使うか現地の人に聞くしか方法がなかったのだ。
「是非行きましょうよ!今日の行動予定はすべて阿部さんにお任せします。」
陽子は網走での行程を全て悟に任せた。間もなくして列車は網走駅に到着し、2人は下車した後能取湖へと移動した。
「素敵!辺り一面真っ赤だわ!!!!これがサンゴ草なのね!」
陽子はサンゴ草で覆い尽くされた能取湖を目の当たりにして大はしゃぎをしていた。
「そうだ、せっかくだからサンゴ草をバックに写真撮ってあげるよ。」
悟は陽子の持っていた使い捨てフィルムで彼女の姿を能取湖の背景をバックにして撮影した。
「あ、あのっ・・・・・・」
陽子が言った。
「何?」
「いえ、別に・・・・・」
陽子は”2人で一緒に写真撮りませんか?”と言おうとしたのだが、内向的な性格ゆえ言い出せなかったのである。能取湖を後にした2人は能取岬へ移動してオホーツク海を眺め、網走刑務所などの名所を訪れ、網走駅近くにある喫茶店へと立ち寄った。
「あーーーーっ、今日は本当によく歩いた!中乃谷さん、昨日もツアーで大変だったのに、又連れ回す様な事しちゃったけど大丈夫だった?無理させちゃったらごめんね。」
悟は陽子に気遣いながら言った。
「ううん、全然平気。それどころか今日はとても楽しかったわ!誘ってくれて本当にありがとうございます。」
陽子は旅に出て以来人見知りをして他人とあまり会話をした事がなかったのに、今こうして昨日今日出会った人と親しく会話をしている事自体が信じられない事であり、とても嬉しくて仕方がなかったのである。
「そう言ってくれると嬉しいよ。僕は明日の飛行機で帰ってしまうけど、今回の旅の最後の思い出として君と過ごせて本当に楽しかったよ。後は旅人庵に戻って例の強烈なミーティングを待つだけだな。」
悟がミーティングの事について触れると、陽子は今晩のミーティングにて自分の誕生日パーティが行われる事を思い出した。
「そうだわ!実は今日私の20歳の誕生日で今晩のミーティング時に誕生日パーティがあるんです。あの旅人庵の事だから一体何をしでかすかもう心配で心配で・・・・・。まさか私、自分の20歳の誕生日を旅先で、しかも旅人庵で過ごすとは思わなかった・・・・・・」
陽子が誕生日パーティの事を言うと悟は驚いた。
「それ本当かい?すっごい偶然だな・・・・・・・・」
「偶然?」
「うん、実は僕もつい先日25歳になったばかりで、チェックインの時に誕生日パーティやるからって受付の女の子に言われたんだよね。その時もう1人9月生まれの人がいるから合同で行うって
事でさ、でも、まさかそのもう1人が中乃谷さんだったんだね。いやー、驚いたよ!」
悟も自分と同じ9月生まれで、しかも一緒に旅人庵で一緒に祝ってもらう事を知って非常に驚いていた。
「それ本当なの?!こんな事ってあるのね・・・・。あの、失礼ですが阿部さんって何型なんですか?私A型なんですけど・・・・・」
「えっ?僕もA型だよ。へぇーーーー、こりゃ驚いた。これも何かの縁だね、きっと。」
悟が”縁”と言った途端、陽子は急に顔を赤らめた。
「どうしたの?急に顔赤くしちゃって。まぁいいや。夜はドンチャン騒ぎになる事確実だから今の内に2人だけで誕生日パーティをやろう!済みませーーーーーーーーーーーん、チーズケーキにレモンティー、それからスパゲティにカレーライス2人分お願いします。あと彼女にアイスクリームとチョコレートパフェも持って来て下さい。」
悟は『2人だけの誕生日パーティ』と称して店員に食べきれない程のメニューを注文した。
「ね、ねぇ、そんなに頼んで大丈夫なんですか?」
陽子は慌てて言ったが
「平気平気。そんなに量多くないと思うしさ、もし食べ切れなかったら僕が全部食べてあげるから心配するなって!」
と、悟は全然お構いなしの様子であった。
注文したメニューが届くまで時間があったので、2人はテーブルの上にあった旅人ノートにそれぞれ記帳した。
「ええっと・・・・・何て書こうかしら?こんなんで大丈夫かな?
『今日は知床旅人庵DGHからバスとJR石北本線を使って網走までやって来ました。初めての北海道&一人旅だからすっごく緊張していたけど、旅人庵のツアーで沢山の仲間ができたし、今日もツアーで一緒だった人と2人で訪れました。能取湖のサンゴ草もとってもキレイで最高!又いつか網走には訪れたいです。』よし、出来た!阿部さんもどうぞ。」
陽子は『1993年9月 千葉からやって来たナースのタマゴ 中乃谷陽子』と自分の書き込みを締めた後、ノートを悟に渡した。
「そんじゃあ僕も書くとするか。ええっと…『上の書き込みの彼女と一緒に旅人庵からやって来ました。自分は明後日から仕事があるので明日の飛行機で地元に戻るけど、又いつか絶対に北海道に”帰り”ます!!!!!!!』よし、完了!あ~あ、明日で帰らなきゃいけないんだよな。現実は厳しいよ。」
悟も『網走にて 阿部悟』と自分の書き込みを締めた。
間もなくして注文したメニューが届いた。
「お待たせ致しました。カレーライスにスパゲッティに・・・・・」
店員が次々とカレーライスやらスパゲッティやら色々とテーブルの上に乗せた。
「あ、すみません・・・・ん?!!!!!!!!!!!」
悟はテーブルの上にある数々の品を見て驚愕した。そこには1皿明らかに2人分は軽く超えると思われるであろうという量のカレーライスとスパゲッティがあった。そしてデザートのチーズケーキにチョコレートパフェ、アイスクリームも相当のボリュームであった。
(しまったーーーーー!!!!!!こんなに量が多いとは思わなかった!!!!)
悟は自分の浅はかさに今更ながら後悔していた。しかし目の前にいる陽子が美味しそうに食べていたので自分もそのまま一緒に食べる事にした。




