第五章 繊細な彼女 13
「嫌ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!」
「たたたたたた、助けてーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!」
周囲は一斉にパニック状態となった。しかも大声を出してしまった為に警戒心の強いヒグマは興奮している様子であった。ここまで来るといくら熊鈴を身につけていようが何の効果もなく、観光客全員が泡を食って避難場所へ逃げ出した。
「嫌ーーーーーーーーーーー!!!こんな所で死にたくなーーーーーい!!!!!」
「あ、ああ、ああああああーーーーーーーーーー、ひぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!!」
旅人庵の一行も意味不明の悲鳴を挙げながら逃げ出した。又、中にはショックのあまり腰を抜かして地べたに座り込む人もいた。しかしいくら逃げようと興奮状態に陥ったヒグマは気が静まるどころか余計興奮してしまい、逃げまとう人々の方向に向かって追いかけた。
「きゃああああ!!!!!」
避難所に向かう途中、陽子が躓いて転んでしまった。
「中乃谷さん!!!!!!」
すぐに気づいた悟が慌てて陽子の方へ駆けつけた。
「大丈夫?怪我はない?」
「ええ、平気よ。それよりも早くこの場から逃げ出さないと!!!!」
陽子はすぐに起き上がった。
「そうだな、行こう!」
悟もすぐに陽子を連れて逃げ出そうとした時であった、
グルルルル・・・・・・・
悟の背後からうめき声が聞こえてきた。
(う・・・うそ?冗談だろ・・・・・)
悟は冷や汗をかきながら恐る恐るうめき声がする方向に振り向くと、そこには獲物を狙っている様な目つきをしたヒグマがウロウロしていたのである。
(ひぃぃぃぃぃぃぃ!!!!出たーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!落ち着け…落ち着け俺!!!もしここで自分が大声で叫んだりしたらますます相手を刺激するだけだし、自分だけでなく彼女も巻き添えを食ってしまう!!!!!)
悟は懸命に恐怖心を抑えながら
「なななな中乃谷さん、とりあえずまだヒグマはここまで来ていないみたいだし、その間にダッシュで避難所へ移動すれば大丈夫だよ。」
と陽子に心配をかけさせまいと大嘘をつき、彼女の腕をつかんですぐさま逃げ出した。
「阿部さん?!!!!!」
いきなり腕をつかまれた陽子はびっくりした。しかし
(ひ、ひ、ひ、ひぃぃぃぃぃぃぃーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!よりによって何で旅先でこんな目に遭わなきゃいけないんだよ!!!!!!!お母さーーーーーーーーーーーーーーーーん助けてーーーーーーー!!!!!!!)
と、一番怖がっていたのは悟本人であったのだ。
「ハァ、ハァ、ゼェ、ゼェ・・・・・・・・・・」
やっとの事で全員避難所にたどり着く事ができた。
「皆大丈夫かーーーーーーーーーーーーーーー???????????」
ペアレントと引率担当ヘルパーが必死になってツアー客全員の無事を確認していた。
「ハァ、ハァ・・・・・フゥー、ここまで来ればもう安心だ。」
ヒグマの手から命からがら逃げ出した悟が陽子に向かって言った。ところが彼の足はガタガタ振るえ、顔色も真っ青で引きつった表情をしていた。一方陽子も突然の出来事に驚いてはいたものの決して喚いたりパニックになったりせず、むしろ冷静に対処していたのである。そして今だ恐怖に怯えている悟の様子を見て、自分を助けてくれたにも関わらずおかしくなってしまい、今まで必死でこらえていた笑いがとうとう我慢できずに一気に噴き出してしまったのだ。
「プププ・・・・アハハハハハ!!!!!!!おっかしー!!!ご、ごめんなさい!!!!嫌だもう阿部さんったら!『大丈夫』だなんて言って足元が震えているじゃない。」
「へ?そ、そんなーーーーーーーーー!!!!!!!!」
陽子があまりにも笑うので悟はすっかり拍子抜けしてしまったのだ。




