第一章 出発 4
そして2004年3月末。会社を解雇されて4ヶ月経ち、失業保険も切れて完全無収入状態となったが相変わらず再就職先が決まらずに途方に暮れていたある日の事であった。その日も例によって面接を受けたが今ひとつ手応えがなく、どうせまた不採用だと半ば諦めかけていた。失業保険も切れたし、これから経済的にますます厳しくなるから寄り道しないですぐに帰ろうとしたが帰るにはまだ時間が早すぎたので通りかかった本屋に立ち読みでもしようと立ち寄った。
(ふーん、別に面白そうな本ないな・・・やっぱり帰ろうっと)
これと言って特に読みたい本もなかったので店を出ようとしたその時、たまたま雑誌コーナーに置いてあったバイク雑誌が目に止まり、表紙には旅人ライダーの特集の見出しがあった。
(何だこりゃ、旅人特集?全く世の中不況だって言うのにリッチな人がいるもんだね。どんなモノか読んでみようか)
冷やかし半分でそのバイク雑誌を手にし、中を適当に捲ってみた。そこには長期休暇を利用して北海道内を走る大学生に定年退職後に時間をもてあました男性が全国各地を巡るもの、そして茜と同じくリストラに遭ったのを機に時間ができ、バイクで四国八十八ヶ所巡りする20代女性など本当に様々な環境下で旅をしている人達の記事で埋め尽くされていた。そして最初はほんの少し読むだけのつもりだったのがいつの間にか記事の内容にすっかり引き込まれてしまい、とうとう最後まで読み終えてしまった。
私は今無職だけど時間はたっぷりある。それにここに掲載されている
人達の中にはリストラや自己退職等で無職の人達も大勢いる。
社会人を一旦リセットして旅に出る事が絶対に正しいとは言えないけど
必ずしも否定されるべき事ではないのかもしれない。それにバイクで
色んな所を駆け巡るのってすごく楽しそう!
お金なら7年間働いて貯金したのが沢山あるんだし、それに今のまま
再就職活動続けても泥沼にはまるだけだ。
私だって旅に出たい、今まで色々と大変な思いをして来たんだから
ここらで一度存分に好きなことをしたい。
よし、決めた。早速教習所へ行ってバイクの免許取って旅に出よう!
思えばこれが全ての始まりだった。すぐさま帰宅した茜は即効で地元の教習所へ赴き、普通自動二輪免許取得の申し込みに行った。そして翌日から早速二輪免許取得の為に教習所通いの日々が始まった。
しかし普通自動車はおろか原付免許さえ持っていない茜にとって本当に免許を得ることができるのかと心配していたが、学科はもちろん技能もバイク本体の持ち上げ、S字、8の字等も難なくこなし見極め・卒検とも一発ストレートで合格し、教習所へ通い始めてから半月もしない内に二輪免許を取得してしまったのである。
そして免許取得後は家族の反対を押し切って念願のバイクを購入した。車種はカワサキ250TR。 価格が手頃である事と外見もゴツくないという単なる思い付きからであった。
免許も手に入れたしバイクも手に入れた、後は旅にでる準備だけだ。
2004年5月、春も終わり季節は初夏へ移りつつあった。ライダーにとってはこれからが本格的な旅シーズンとなるのである。それまではセミロングだった髪型をイメージチェンジしようと思い切ってベリーショートにし、服装もカットソーにブラウス、ミニスカートスタイルからジャケットにGパン、Tシャツ等といった汚れても全く問題がないスタイルへと変貌して行った。
着々と出発の準備をし、全てが完了した。そして出発の2日前の2004年5月29日の夕食時に
「明後日から私、しばらく旅に出るから。」
と初めて家族に告げたのである。当然ながら家族中驚愕し、何を考えているんだと激昂されるが当の本人は一切聞く耳を持たずにそのまま夕食を食べ続け、自分の部屋に戻って行った。言うまでもなくその日の晩餐は父敬一郎の怒鳴り声に母奈美子のヒステリックな声が鳴り響き、妹の歩はこれから先の事を考えると心配でたまらなかったのである。
「もう茜ちゃんったら!本当にどうなっても知らないよ。お父さんなんて茜ちゃんの事勘当するって一点張りだしさ。もうお父さんもお母さんも年なんだからあんまり心配かけさせる様な事しないでよね!今ならまだ2人とも起きてるし間に合うからさ、昨日の事謝ってバカなマネするの辞めなって!」
「勘当なら勘当で結構、私だってあのクソ親父の干渉にはうんざりしてるからね。それにバカなマネって
言い方やめてくれる?まぁいいや。途中で携帯にメールするし何かあったら絶対に連絡入れるから大丈夫だって。歩、アンタ明日仕事でしょ?私だって明日早いからもう寝かせてよ。」
「ちょっと茜ちゃん!人の話真面目に聞いてよね!!本当にバイクで事故ったりしたら誰が責任取るのよ!」
出発の前夜、姉を心配する歩が最後の説得を試みたが例によって全く相手にしない茜に愛想を尽かし、
「本当にもう何があっても私もお父さんもお母さんも一切関与しないからね、もう知らない!」
と言ってそのまま自分の部屋に戻ってしまった。
(もうダメだ、何を言っても無駄とはこういう事を指すのね。自分の姉ながらホトホト情けないよ・・・)
そのまま布団にもぐってふて寝する歩に明日からの旅にワクワクした気持ちが抑えられない茜であった。そして翌日の5月31日の早朝、茜は愛車カワサキ250TRに乗って出発してしまったのである。
(本当にここまで来るのに色々とあったよな・・・・)
宿の部屋で寝転び、天井を見つめながら今までの事を回想していた。しかし初日からフェリーに乗れないというアクシデントに見舞われ、向こう2週間はフェリーが満員との事でこれから先の事を考えなくてはいけなかった。
いつまでも大洗でフェリーの空席を待つ訳にも行かないのでとりあえずバイクでどこかへ移動しようと考え、地図を見ながら策を練っていた。
(とりあえず仙台まで行こう!)
翌朝早速仙台に向かって出発した。