第五章 繊細な彼女 12
翌朝ツアー参加者を乗せたマイクロバスが最初の目的地であるオシンコシンの滝へと出発した。バスの中ではそれぞれ自己紹介が行われ、最初に引率担当のヘルパーとペアレントからスタートした。尚、ペアレントが直接ツアーを引率するのは非常に珍しい事であった。スタッフ側の自己紹介が終わると次々と参加客が自己紹介を行い、その後は到着するまで寝ている者もいれば隣の席の人と会話する者もいた。そして陽子の隣には昨晩のミーティング後にぶつかった男性が座っていた。
阿部悟 神奈川県横浜市出身
大学卒業後某大手新聞社の記者となり、今回は職場の有給休暇を
利用して知床にやって来ていたのだ。
「昨日名前聞きそびれてしまったけど、中乃谷さんって言うんだね。それに君まだ学生さんだったんだ。いいねー、僕も学生時代に戻りたいよ。」
「そんな、学生って言ったって毎日実習やら何やらで忙しいんですよ。それに阿部さんこそ新聞記者だなんて凄いわ!全国各地色んな所に駆け回っているんでしょ?」
「おいおい、僕はまだ駆け出し記者だから雑用ばっかりだよ。あはははは・・・・・・」
お互いまだよそよししかったものの、それなりに楽しく会話をしていた。
「皆さーーーーーーーーーーん、到着しましたよーーーーーーー。」
ペアレントがオシンコシンの滝の到着案内をすると皆バスから降りる準備をした。
この日は旅人庵のツアーの中でも定番でかつ1番人気があるコースであり、オシンコシンの滝に知床観光船乗船、更にフレペの滝がある知床自然センターにメインの知床五湖、最後にカムイワッカの湯の滝にて温泉を楽しむ内容であった。最初はどことなく緊張気味だった参加者達も知床自然センターで昼食を取る頃になるとお互い完全に打ち溶け合っていた。そしてメインの目的地である知床五湖に到着した。
「皆さーーーーーーーーーーーーん、ここでちょっと注意事項伝えておきますね。知床五湖なんですけど、つい先日ヒグマが出没したばかりで一部立ち入り禁止になった場所もあります。今日は観光客も多いし、人が沢山いるから大丈夫かと思われますが万が一の事があっても絶対に大声を出したりせずに落ち着いてこちらの指示に従って下さいね。あと安全の為熊鈴 を持参されている方は身につけておいて下さい。持っていない方は当方で用意してあるので取りに来てくださいねーーーーー。」
引率担当のヘルパーが注意の呼びかけを行ったが、
「えーっ、まさかこんな観光地にヒグマが?」
「いちいち大袈裟なんだよ。もし本当に出たとしてもどんなモノか見てやろうじゃないか。」
と、参加客の殆どが冷やかし半分でいたのである。
「見て見て!あそこにいるのエゾシカじゃない?」
「えっ?どこ?あっ!!!!いたーーーー!!!!可愛い!!!!!!」
「すげぇ!本当に自然のままって感じの湖だよな・・・・・・」
エゾシカが出没すれば大はしゃぎし、湖にたどり着くと皆一斉にカメラを構えて撮影大会となった。
「どうだーーーー、楽しいかーーーーーーー?」
「楽しいでーーーーーーーーーーーーーーーーーーす!!!!!!!」
ペアレントが楽しいかと聞くと全員が一斉に楽しいと答えた。しかしその時であった。
ガサガサガサッ!!!!!!
近くから何か大きな物体が素早く動く音がしたのである。
「???????」
皆が音のする方向へ振り向いたが何もなかった。が、
ガサガサガサガサガサッ!!!!!!
先程よりも間近に聞こえてきたのである。
「ねぇ、今の音なあに?」
「さぁ?風が吹いている訳でもないのに何だろう・・・・・」
一同が首をかしげた。するとその瞬間
「キャアーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!
でででで出たーーーーーーーー!!!!!!ヒグマだーーーーーーーーーーー!!!!!!」
すぐ近くにいた別の観光客が大声で悲鳴を挙げると、大きなヒグマが突然林から顔を出して来たのである。




