第五章 繊細な彼女 10
「あんな事って・・・・やっぱり何かあったんですね。」
「ああ、けどまさかこの話を大橋さんにするとは思わなかったよ・・・・・」
ペアレントは遠い目で陽子と阿部悟という男性の間に起こった出来事を茜に語った。
「ええっと・・・・ここだわ!ここが噂の『知床旅人庵DGH』ね。」
1993年9月、当時20歳の誕生日を2日後に控えた看護学生の中乃谷陽子は夏休みを利用して、慣れないバックパックを背負いながら1人で北海道へやって来た。そして道中、幾度なく”歌声喫茶”と噂された『知床旅人庵DGH』へ試しに泊まってみようと青春18きっぷを使って知床半島まで移動してきたのである。
(噂ではとんでもなく賑やかな宿だって聞いたけど・・・・・。ちょっと怖いな。だけど知床までやって来て今更引き返す訳にも行かないし。ええい、取り合えず一か八か入ってみよう!)
陽子は恐る恐る旅人庵のドアを開いた。
「あ、あの・・・・・こんにちわ。」
屋内の様子を伺うように挨拶をした瞬間、
「おっ帰りなさーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーい!!!!!!!!!」
旅人庵のスタッフが総出でカスタネットやらタンバリンやらあらゆる打楽器を鳴らしながら迎え入れたのである。
「!!!!!!!!!!」
突然の出来事に陽子は何が何だか訳が分からずに玄関で1人ボーっと立ち尽くしてた。
「旅人さん、ようこそ旅人庵へ!荷物重いでしょ?部屋まで運んでおくからその間に受付カウンターでチェックインの手続きを済ませて下さいね。」
「は、はぁ・・・・・」
陽子は背負っている荷物を男性ヘルパーに預けて受付にてチェックインの手続きを済ませた。
「それじゃあ必要事項を書いておいたんで・・・・。」
チェックインの用紙を受付担当の女性ヘルパーに渡した。
「ありがとうございます。あらら!あなた明後日が誕生日だったのね。しかも20歳?!うっそーーーーー、超若いじゃない!!!!!」
やけにテンションの高いそのヘルパーが陽子のチェックイン用紙を見て言った。
「それじゃあ明後日のミーティングは誕生日パーティやるからペアレントに伝えておかなきゃ!」
「た、誕生日パーティ!?」
陽子は目を丸くした。
「そう!あなた中乃谷さんって言ったわよね?あなた旅人庵が初めてだから知らないだろうけど、ここでは毎晩大広間で歌って踊ったり皆で大騒ぎするミーティングがあって、その時に宿泊者の中で誕生日を迎える人がいるとペアレント主催の誕生日パーティが行われるの。パーティの時は普段のミーティングの他に女子ヘルパーお手製のケーキにペアレント自腹の振舞い酒が出てきたり、男子ヘルパーの”怪しい”出し物まであって、すっごく盛り上がるのよ!まぁ取り合えず明後日は楽しみにしておいてよ。」
受付の女性ヘルパーが誕生日パーティの事を言うと、一体どんな催しが繰り広げられるのか陽子は不安になった。
「あ、あの!そのミーティングって一体どれだけ賑わうんですか?」
陽子は恐る恐る尋ねてみたが、
「それは後でのお楽しみに!」
と”企業秘密”にされてしまった為、これ以上何も聞く事ができなかった。
「旅人さーーーーーーーーーーーーーーーーーん、お部屋案内しますよーーーーー!」
先程荷物を運んだ男性ヘルパーからの呼び出しがあったので、陽子は部屋へと移動した。
(え~ん、どうしよう!話には聞いていたけど、何だか噂以上にとんでもなく強烈な宿って感じがするんだけど・・・・。この先ついて行けるかどうか自信がないよ・・・・)
陽子の心の中は不安で一杯になっていた。




