第五章 繊細な彼女 9
網走を後にした茜は夕方頃旅人庵に戻った。この時まだツアー参加組は戻って来ておらず、それ以外の宿泊客もまだ出払ったままで戻って来ていなかった。又ヘルパー達も皆それぞれ受け持ちの仕事をしていたので、居間には茜と散らかっていた本やノートを片付けているペアレントのみであった。今がチャンスだと思い、茜はペアレントの仕事の合間を見て声を掛けた。
「お仕事中済みません。ちょっといいですか?」
「ん?どうしたんだね、野崎君の事かい?」
「いえ、違うんです。実は・・・・・・」
茜は非常に躊躇しながらもペアレントに問いかけた。
「同室の陽子さんの事なんだけど、ペアレントさん、彼女とはもう随分長いお付き合いなんですよね?」
「ああそうだけど。陽子ちゃんがどうかしたのかい?」
「それなら単刀直入に伺います。ペアレントさん、彼女と阿部悟さんって方の間に一体何があったんですか?ここに来て彼女と一緒の部屋になった時からずっと気になっていたんです。陽子さん、私に対して本当に親切で優しい方なんだけど時々思い詰めた表情をしたりして何だか変なんです。それにこの間のミーティングでペアレントさん、”悟君が・・・”って言いましたよね?あの時も急に様子がおかしくなってしまったし・・・・・」
「ちょっと待って!大橋さんがどうしてその事を・・・・・・」
突然陽子の過去を聞かれたペアレントは非常に驚いていた。
「実は今朝、11年前に玄関前で撮った陽子さんと阿部悟さんの写真を見たし、網走で立ち寄った喫茶店のノートにも同じ時期に残した2人の書き込みがあったんです。一体2人の間に何があったんだか知らないけど、彼女の不可解な行動と何か関係あるみたいで。それに私・・・・・・」
「大橋さん、一体どうしたって言うんだい?何かあったのかね?」
今度はペアレントが茜に詰め寄った。
「私・・・彼女の左手首の傷跡を見てしまったんです、それも何箇所も!とてもじゃないけど偶然できた傷跡とは思えなかった。彼女が思い詰めている時って大概左手首の傷跡と薬指にはめてある指輪を眺めている時なんです!絶対に今朝の男の人の間に何かあったに違いない!!!!!!ペアレントさん、一体何があったんですか??????」
茜は大きなお世話である事を承知でペアレントに問い詰めた。しかし何か胸騒ぎをを感じずにはいられなかったのである。
ペアレントがフーッと一呼吸した。そして
「そうか・・・・・やっぱり陽子ちゃん、まだ彼の事が忘れられないんだな。去年の春、悟君があんな事にさえならなければ今頃2人は幸せな結婚生活を送っていたはずだったんだ・・・・」
と重い口を開いたのである。




