第五章 繊細な彼女 7
茜が知床へ来て早4日が過ぎた。
この間茜は陽子と共に連日旅人庵のツアーに参加し、ある日は羅臼方面へ、又ある日は摩周湖方面まで足を伸ばす事もあった。そして夜は歌と踊りのミーティングに明け暮れ、朝のラジオ体操も慣れて来ていた。
ある日の朝、例によってラジオ体操が終わった後朝食まで時間があったので茜は居間にて本日の行動計画を立てていた。この日は久しぶりに250TRで網走方面まで行こうと考えていた。丁度その時テーブル上に1冊の旅人ノートを見つけたので、暇つぶしに中身を捲ってみると例によって野崎昌男の書き込みがあった。
(あらら、野崎君も旅人庵に来てたんだ。しかもこの書き込みつい1ヶ月前のものじゃない!)
その時であった。丁度良いタイミングでペアレントが居間の前を通りかかったので呼び止め、早速昌男の件について聞いてみた。
「ペアレントさん、お仕事中ごめんなさい。ちょっと聞きたい事があるんですけど。」
「ん?どうしたんだね?」
「ええっと・・・このページに書き込んである”野崎昌男”って人なんだけど、今何やっているのかご存知ですか?彼、私の学生時代の同級生なんです!」
茜は昌男が今、どこで、何をしているのか非常に気になっていた。
「ああ野崎君か、覚えてるよ。彼6月にここに来てさ、丁度29歳の誕生日と重なっていたからミーティングの時に誕生日祝いをやったんだよ。いや~、あの時は皆お酒も入ってたし、えらく盛り上がったなぁ・・・・・。」
ペアレントは6月に行われた昌男の誕生日祝いの事を思い出しながら言った。
「で、それで今野崎君って何しているのか分かります?」
「えぇっと、確か短大卒業した後1年就職浪人して、その後公務員やっているって言ってたよ。何だかとんでもなく大変な職場みたいな事言ってたけど、今のご時世安定した仕事に就けるだけでも有難い事だって言ってやったよ。おっとそうだ!思い出したよ。彼もあの時大橋さんと同じ様にバイクで来てたんだ。どこのメーカーだか忘れちゃったけど、何だか随分と凄いバイクに乗っていたんだよね。」
「えっ?それ本当?!元々学生時代の時からよく旅の話をしていたのは覚えているんだけど、まさか彼もライダーさんだったなんて全然知らなかった・・・・・・。」
ペアレントから話を聞いた茜は急に昌男に対して親近感が沸いてきた。
「そうだ、さっき話した誕生祝いの時に撮った写真があるから見せてあげるよ。」
ペアレントが本棚から1冊のアルバムを取り出した。
「ほら、ここにいるのが野崎君だよ。」
そこには”29歳の誕生日おめでとう!”と書かれた横断幕の下でケーキを頬張りながらピースサインをしている昌男の姿があった。
「ブッ!何これ?きゃははははーーーー!!!!」
茜は昌男の間抜けな姿を見て大笑いした。
「それじゃ僕は仕事があるから失礼するよ。まだ朝ご飯まで時間があるから本棚にあるアルバム自由に見ていいから。」
「はーい、お仕事中ありがとうございました。」
ペアレントが居間を後にすると茜は過去の旅人ノートやアルバムを漁っていた。
(うわっ!”歴代ヘルパー写真集”って・・・・。しかもこれ70年代のじゃん。凄っ!皆ベルボトムに長髪に下駄履いてるし・・・・・年季入ってるよ、こりゃ。次はと・・・・・1993年度か。今から11年前だ。あっ、この写真初めてツアーに参加した時に行った知床五湖の写真じゃない。どれどれ・・・あらら!カムイワッカの滝にも行ったんだ。へぇ、この前のコースと同じじゃん。基本的に昔から同じ所にツアー出しているんだ。)
茜は1993年度のアルバムを眺めていた。すると1枚の写真が目に飛び込んだ。
(あれっ?この写真・・・・・・。)
それは旅人庵の玄関前で撮影した写真であった。
(玄関前に立っている女の人、これって陽子さんじゃないの?確かあの人今年で31になるって言ってたから11年前だとすると・・・・もしかして20歳の頃?!へぇ~、今でも充分綺麗な人だけど若い頃の陽子さんって本当に可愛らしい人だったんだ・・・・・。)
その写真は今から11年前の1993年の9月に陽子が初めて旅人庵に訪れた際に撮影したものであり、当時まだ20歳の看護学生であった陽子ともう1人20代半ばと思われる男性の姿があった。そしてその写真の下に
『1993年9月 旅人庵玄関前にて 神奈川県横浜市 阿部悟さんより提供』
というメモ書きがあった。
(もしかして陽子さんの隣にいる男の人が”阿部悟”さんなのかな?あれ、ちょっと待って。確か初日のミーティングでペアレントさんが”あの時悟君が”って言った後急に口を濁して
陽子さんも一瞬表情が暗くなった様な気がするんだけど・・・・・。)
茜は初日のミーティング時の事を思い出したが、例によって館内全体に響き渡る音量で朝食案内の放送が田中星児の 『ビューティフルサンデー』 と共に響き渡ったので、アルバムを片付けて食堂へと向かった。




