第五章 繊細な彼女 6
(あ~っ、今日は本当に楽しかった!後は夜のミーティングだっ。)
夕食の時間までの空き時間、茜は駐輪場に停めてあるカワサキ250TRの洗車をしていた。洗車中に陽子が通り掛かったのを見かけたので声を掛けようした。しかし陽子は近くにあるベンチに座り、うつむき加減で左手の薬指にはめてある指輪を見つめていた。そしてその姿は寂しそうであったので茜は声を掛けるのをやめ、そのまま陽子の姿を黙って見つめていた。
(悟さん・・・・・・・・。)
陽子は何か思い詰めている様子であった。そして目線は薬指から下へ行き、リストカット痕のある手首へと向かった。
(ツアーの時もそうだったけど、楽しそうにガイドをしていると思うとふと今みたいに何だか暗い表情になったり、温泉でヘルパーさんが手首のリストバンドの事を指摘された時もそわそわしちゃって慌てて話題を別の方向へ持っていったりして。陽子さんっていい人なんだけど時々何を考えているのか分からなくなる時があるんだよな・・・・・。私あの人と同室だし、何か変な事に巻き込まれたりしたらちょっと嫌だな。)
茜は次第に陽子に対して疑いの念を抱く様になってきた。
「うーーーーーーーーーん・・・・・」
茜は今、真剣に考え事をしていた。
知床旅人庵DGHに入って2日目の夜のミーティングは 『フルーツバスケット』 のゲームが行われていた。フルーツバスケットとは、人で囲んだの円の真ん中に”鬼”が1人いて、その鬼が例えば”赤いTシャツを着ている人”と言ったら円を作っている人の中で赤いシャツを来ている人が立ち上がり、それまで自分が座っていた場所とは全く別の場所へ移動しなければいけないゲームである。そして1人だけ席からあぶれる様になっており、そのあぶれた1人が次の鬼となって円の中に立ち、別の要素を言うのである。
それにしても今回は実に茜が鬼になるケースが多かった。それもそのはず。
『今回旅人庵までオートバイで来た人』
『20代後半の女性』
『8月生まれの人』
『現在無職の人』
『本日初めてツアーに参加した人』
『現在彼氏がいない人』
『埼玉県さいたま市出身の人』
『星座がしし座の人』
どれもこれも全て茜に当てはまる要素ばかりであった。
(今度こそは絶対に鬼にならないようにしなきゃ・・・・・)
茜は必死に考えて考え抜いた結果
「血液型がB型の人!!!!!!!」
と言った。しかしスタッフ・宿泊客共この日に限っては血液型がB型の人間は茜以外誰1人もいなかったのである。そしてゲームオーバーとなった。
「ハーーーーーーーーーーーーーーーーーイ、皆さん時間切れですよ。さ~て!最後に鬼になった旅人さんには”ささやかな”罰ゲームがあります。全員立って下さーーーーーーーい!!!」
ヘルパーの指示に従って円を囲んだ宿泊客全員が起立した。
(へっ?罰ゲームって一体何やるの?)
茜は嫌な予感がした。
「皆さん、僕が”せーのっ”って言ったら一斉に鬼に向かって”おしくらまんじゅう”して下さいね。行きますよ、せーーーーーーーーーーーーーーーーのっ!!!!!」
「へっ?ちょっと待ってよ!!!!嫌だ、ウソでしょ!!!!!!!」
茜はびっくりしたがヘルパーの合図で皆一斉に茜に向かっておしくらまんじゅうを始めた。
「おっしくらまんじゅうっ!」
「おっされてなくなっ!」
「おしくらまんじゅー!」
「おされてなくなぁーーーーーーー!!!!!!」
「ぎゃあああああ、ぐるじい!だずげでぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!」
茜は助けを求めたが皆容赦しなかった。
「あう~っ!!!!イタタタタタタタ!!!!!」
もみくちゃにされた茜が腰に手を当てながら痛そうにしていた。
「ちょっと大丈夫?あら嫌だ、髪の毛もグチャグチャじゃない・・・・・・」
陽子がケタケタと笑いながら言った。
「全く笑い事じゃないって!本当に痛かったんだから。陽子さんも容赦なくおしくらまんじゅうして来たの覚えてるんだからねっ。」
「あらそうだった?うふふふふ。」
茜がふてくされると陽子は更におかしくて笑っていた。しかし相変わらず陽子は左手首の傷を隠すかの様に長袖のシャツで手首を完全に覆っていた。
(う~ん、本当に一体この人何考えているんだろう?旅人庵ではかなりの常連だって言うけど。もしかしてここで散々楽しく過ごして後で部屋で”自殺”でもしようとしているとか!?)
茜はとんでもない事を考えて身震いがした。
「茜さん本当に大丈夫?顔色悪いわよ。今日1日中動きっぱなしで疲れているんじゃないの?今日はもう早く寝たら?」
陽子が心配そうに言ってきたので悟られたらマズイと思った茜はその場しのぎで
「ううん・・・・大丈夫。そうね、今日はもう早く寝よ。そんじゃお先にお休みなさい。」
と言ってとっとと部屋に戻ってしまった。




