第五章 繊細な彼女 5
「ハーイ、皆カメラの方を向いて~。ハイ、チーズッ!」
それぞれ好みのポーズを撮りながらカメラの方へ目をむけ、ツアー引率担当のヘルパーが『オシンコシンの滝』をバックにして記念写真を撮影した。
北海道知床半島、アイヌ語で『大地が尽きるところ』という意味の通り、知床連山に知床五湖等の自然そのままの姿が残っており、エゾシカやヒグマといった野生動物が数多く生息されている場所でもあった。そして 知床峠 からはロシア領の 国後島 を望む事ができ、更に冬になるとオホーツク海全面にビッシリと埋め尽くされた流氷を望む事もできるのである。
この日の旅人庵のツアー参加者は茜と陽子を含めて10名であり、引率担当のヘルパー2名が交代で運転するマイクロバスに乗って オシンコシンの滝 、フレペの滝がある 知床自然センター へと向かった。
そして今、ツアー一行は 知床観光船 に乗って上陸禁止とされている知床岬へと向かっていたのだ。
「ねぇ見て、あそこが知床岬よ!!!!!この先はもうロシア領なのね・・・・・・。」
知床半島の先端である『知床岬』に差し掛かった所で陽子が大はしゃぎしながら言った。
「ええ?どこどこ?????」
「ああ見えた!へぇ・・・・あれが知床岬なんだ。本当に人間の手がつかないだけあって自然そのものって感じだ・・・・・。」
他の参加者が観光船から知床岬を望みながら言った。
「そうそう、今船が通っているオホーツク海なんだけど、冬に来る流氷だって元々ロシアと中国の国境にあるアムール川から流れて来るものなのよ。」
と引率ヘルパー顔負けの詳しいガイドをする陽子。
「へぇ~、そうなんだ。」
茜は船上より見える景色をボーッと眺めていた。しばらくして観光船がフェリーターミナルに到着し、それぞれ船から降りて旅人庵のマイクロバスに乗り、次の目的地である知床五湖へと向かった。
「ねぇ、あの足跡何か動物が通ったのかな?」
「ああ、多分エゾシカのものだと思うわ。ここらは原生林だからシカやリス等の野生動物が当たり前の様にいるし、運が”いい”と本物のヒグマに遭遇する事もあるのよ。」
ツアー一行は知床五湖の遊歩道を散歩していた。そしてツアー参加回数最多の陽子は相変わらずガイド役を務めていた。
「あーーー、負けた!ペアレントから聞いた通り中乃谷さんってとても素人とは思えない位
知床に関して詳しいっすよね。今日は僕が引率兼ガイド担当なのに、これじゃあどっちがヘルパーでどっちが旅人さんなのか分かりゃしないや。ええい、決めた!本日のガイドは中乃谷さんに任せたっ!!!!」
「本当?きゃあ嬉しい!今まで何度もツアーには参加しているけどこうしてガイドを任せられたのって初めてだわ。それに今日のコースは私が初めてツアーに参加した時と全く同じだから余計やる気が出てくるのよねっ。」
プロのネイチャーガイド並みのガイド陽子を見たヘルパーは白旗を上げ、急遽陽子にガイド担当を変更すると、一同がどっと大笑いした。
「ここからは私がガイドなのね、分かったわ。それじゃあ次の3湖目に行きましょう。ここから先は更に野生動物に遭遇するチャンスが多くなるわよ。っとその前に!今いる2湖目から見える知床連山の姿はおそらくここが一番良い景色になるから写真を撮りたい人は今ここで記念撮影して下さいねーーーーーーーー。」
”即席ネイチャーガイド”がそう言うと皆一斉にカメラを取り出して記念撮影に取り掛かった。
「キャアーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!」
突然茜が悲鳴を挙げたので周りがびっくりして一斉に茜の方へ視線を向けた。
「ちょっとアンタ、一体どうしたんだい?」
「まさかヒグマが出たとか?!」
「ちょっと待ってくれよ、俺熊鈴つけてないぜ・・・・。」
皆が心配しながら周りを見回すと
「違う、ヒグマじゃなくて今私の足元で何かが猛スピードでピューっと通り過ぎて行ったの!」
茜がゼイゼイしながら言うと
「もしかして今通り過ぎたのってあそこにいるエゾリスの事じゃないの?」
と陽子が茜の傍でちょこんと座って木の実をかじっているエゾリスを指差して言った。
「あれがエゾリス?可愛い!!!!!私野生のリス見たの初めて!」
「へぇ、こいつが?俺も初めてだ、こんなの見たの。すげぇ・・・・・・」
全員がエゾリスの方へ注目している間、茜は
「ハァ?今のリスだったの?びっくりした・・・・・・。」
と1人で呆然と突っ立っていた。
知床五湖を後にした一行は本日のツアー最終目的地である 『カムイワッカの湯の滝』 へ到着した。
滝の入り口から登ること約30分。天然温泉が滝となって流れ、丁度良い湯加減となる頃に滝壷へと流れ落ち、そこに溜まった温泉に皆気持ち良さそうに入って1日の疲れを癒していた。
「あーーーーーーーーっ、極楽極楽。やっぱり動いた後の温泉は最高!!!!!!」
「それにしても滝の温泉って珍しいですよね?初めはツアーに参加するの躊躇してたけど、今日は僕、本当に参加して良かったと思う。」
「あっ、それ私も同じだよ。現役時代はこうして旅に出て温泉にゆっくりとつかる事なんて考えられない程働くことしか脳がなかったけど、まさか60過ぎて定年退職してからこんな楽しみができるとは思わなかったよ。」
「私も学生生活最後の夏休みをこうして皆と出会えてあちこち周れて凄く楽しかった!」
参加者それぞれがツアーを振り返っていた。
「陽子さん、私もツアーに参加できて良かった!もし陽子さんが教えてくれなかったら今日も1人でバイクに乗ってどこか走っていたかもしれない。けど今日1日楽しく過ごせたのは本当に陽子さんのお陰よ。」
「良かった!私もあなたを誘った甲斐があったわ。旅人庵じゃ都合が許す限り毎日色々な場所へ案内してくれるのよ。」
今回1番大はしゃぎをしていた茜と陽子であった。
「あれ?中乃谷さん、左手首ケガしたんスか?リストバンドしたまま温泉入ってて大丈夫?」
ヘルパーが陽子の左手首にはめてあるリストバンドを見て言った。
「あっ・・・・・これ?別に大丈夫よ・・・・・。」
陽子はうつむき加減に言ったが左手首の件について触れられたくなかったのか、すぐに話題を変えた。
「ねぇ、明日のツアーはどこに行くの?私明日も参加するつもりよ。」
「おっ、さすが中乃谷さん!明日のコースは今晩のミーティングに発表するからまだ秘密!」
「ねぇねぇ私も明日参加したい!良いでしょ?」
と茜も言ってきた。すると
「俺も!このツアーめっちゃ面白れぇーーーーーー!!!!」
「私も参加するっ!いいでしょ?」
「うわーーーーーーーっ!!!!残念!僕はもう明日の飛行機で帰らないといけないからな。会社員は辛いよ・・・・・・。」
「ああ俺もだ。明日帰って明後日から仕事なんだよな。また辛い現実が待っている~、トホホ。」
と皆も乗り出してきて明日のツアーに参加するかどうかの話となった。しばらくしてカムイワッカの湯を後にし、ヘルパーが運転するマイクロバスに乗って旅人庵へと戻って行った。




