第五章 繊細な彼女 1
2004年7月中旬、礼文島から留萌まで共に過ごした山口和義から『憧れの君』こと入江勝の居場所を聞いた茜はすぐに留萌のライダーハウス『富沢ハウス』を後にして知床にある『知床旅人庵ドミトリーゲストハウス』に向かってひたすら愛車カワサキ250TRを走らせた。しかし道東までの距離が想像以上に長かった上に途中幾度なくにわか雨や強風等悪天候に見舞われてしまい、茜にとって知床までの道のりはかなりの困難を極めた。それでもやっと探し当てた白馬の王子様に会える為ならたとえ火の中水の中、グリップから伝わる振動も歯を食いしばってこらえながら留萌から深川・旭川へと移動し、途中層雲峡付近で一晩過ごして更に北見・網走・知床斜里へと進み、2日がかりでやっと目的地『知床旅人庵DGH』へ到着した。
茜は胸を躍らせながら旅人庵のドアを開いたその瞬間、
「おっ帰りなさーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーい!!!!!!!」
突如タンバリンやカスタネット等の打楽器の騒音と共に従業員達が歓迎をしてきたのである。この”歓迎”のせいで茜は一瞬驚いたが、すぐに受付に向かって入江勝いるかどうか尋ねた。しかし受付担当のヘルパーの口から出た返事は
「入江さん?あぁ、あの人なら今朝方チェックアウトしましたよ。」
とあまりにも無残なものであった。
「ええーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!!!!そんなあぁぁぁぁぁ!!!!嘘でしょ?!」
岩手県遠野市の『遠野ふるさとDGH』でのキャンセルの件といい今回のニアミスの件といい、またしても入江勝との再会の夢は絶たれてしまった茜はただうなだれる他なかった。
(うぇ~ん、もう入江さんとは会えないのかな・・・。メールだって何通も送っているのに未だに音沙汰なしだし・・・・・それにしても2度もこんな目に遭うなんて~!!!!!)
勝との再会が駄目だった事に関して未練を感じながらも、半ば諦めかけようとしていた茜だった。
「まぁまぁ旅人さん、何があったのかよく分からないけどそんなに落ち込まないでさ、今から部屋を案内するよ。今回はすっごい部屋用意しておいたからさ、楽しみにしてて!!!!」
若いヘルパーがやたらとテンション高く茜に声をかけて客室案内をした。出迎えの挨拶もそうだったが、この『知床旅人庵DGH』は他の宿と違ってどこか独特な雰囲気があった。
「ハイッ、ここが旅人さんの部屋になります!なーーーーーーーーーーーーーーんと!!!!!!こちらの部屋は我が旅人庵が誇る”スイートルーム”でーーーーーーーーーーーーーす!!!!!!」
お世辞にもスイートルームがある施設とは思えないただの木造宿であるが、基本的に4~5人、多い時は1部屋に対し8人の相部屋が当たり前のDGHにおいて、今回案内された客室はツインルームであったので、とりあえず茜の中で良し、という事にしておいた。尚、『知床旅人庵DGH』では宿泊客の事を”旅人さん”と呼ぶのが慣例となっていた。
ただでさえずっとバイクで走りっぱなしでヘトヘトな体に『憧れの君』にまたしても再会できなかったショック、そして旅人庵の異常なまでのテンションの高さに心底疲れ果てた茜は気力なさげに案内された客室のドアをノックした。
「はーい、どうぞ。」
室内から優しそうな女性の声がした、既に先客がいる様子であった。茜は中に入ってお決まりの挨拶をした。
「あ、あの初めまして。埼玉から来た大橋茜といいます。宜しくお願いします。」
すると先客の女性も挨拶をした。
「こちらこそ初めまして、私は中乃谷陽子。しばらくここに滞在するつもりで来たんだけど・・・。
この部屋あなたと私だけだし、それにお互い年齢も近そうだからすぐに仲良くなれそうね。」
女性が優しく微笑みながら言うと、茜は今までの疲労が全て吹っ飛んでしまう位安心した。
「良かった!ここに来てから何だかすごくテンションが高い人達ばっかりで驚いていたんだけど、中乃谷さんの様な方と一緒の部屋で安心したー!!!私の事是非”茜”って下の名前で呼んで下さいね。」
「いいわよ。じゃあ茜さん、私の事も”陽子”って呼んで頂戴。この際だからお互い遠慮はナシって事にしましょうね。」
「ハイ、宜しくお願いします。陽子さん!」
茜はベッドメイキングを済ませ、自分の荷物の整理をした。




