第四章 イージーライダー 10
「祐子さん、こんな事聞きたくないんですけど和義さんって平気で他の女性にちょっかいを出したりする人なんですか?もしかして私をここに連れてきたのも何か下心があるんじゃないんですか?」
茜は祐子に問い詰めた。
「ハァ?何言ってるのかよく分からないんだけど?」
祐子は困惑している様子であったが、茜は更に問い詰めた。
「ねぇ、どうなんですか?正直に言ってください、祐子さん!!!!」
「馬鹿言うんじゃないよ!あの人が、和義さんがそんな事する人に見えるとでも思ってんの?!」
今度は祐子が茜に一喝した。
「もうしょうがないわねぇ。茜さん、和義さんはねぇ、私の命の恩人なのよ!」
「命の恩人?裕子さんの?」
「そうよ。正確に言えば私と娘の、になるけどね。」
祐子は遠い目をして語り始めた。
「あれはもう何年前になるかしら。ここがライダーハウスになる前は小さな整備工場を営んでてさ、よく道内を旅するライダーさん達が大勢訪れていたのよ。和義さんもその中の1人でさ、当時工場長だった私の旦那と親友同士だったのよ。特に整備してもらう訳でもないって言うのに旦那に会いたくてここに来るたびにしょちゅう来てたわね。」
今から5年前、当時の富沢ハウスはまだ小さな整備工場をやっており、そこには工場長で祐子の夫に総務担当の祐子、そして雇われ従業員2名で切り盛りをしていた。そして当時まだ本州と道内の往復を繰り返していた和義と祐子の夫が親友同士で、後に和義が北海道移住を決意したのも親友の所へ行き来しやすくなる、という事も要因の1つであった。
「それからしばらく経って私のお腹の中に美久が、娘が宿っている事が分かってね、それはもう私も旦那も大喜びしたわ。そして私達夫婦を温かい目で見守ってくれた和義さんもまるで自分の事の様に喜んでくれたの。けどその矢先だった。」
祐子は急に寂しげな表情になった。
「旦那が作業中に突然倒れて救急車に運ばれたのよ、白血病だった。しかもすぐに骨髄移植をしないと持ってあと半年しか命がないと言われてね、このままじゃお腹の中の子供に出会えぬままこの世を去ってしまうのではないかと思うと夜も眠れなくて、あの時は私も和義さんも他のライダー仲間達全員掛かりで必死になってドナーを探したのよ。けど結局見つからないまま旦那は息を引き取ってしまったの。」
祐子は更に語り続けた。
「その後工場はすぐに閉鎖して、雇っていた従業員も他へと行ってしまい、残されたのは私とお腹の中の子供だけだった。唯一旦那が残してくれた工場も私1人ではどうにもならないし、この先どうやって生きて行こうかと途方に暮れたわ。けど考えれば考える程絶望感に苛まれてね、ある日吹雪が吹く夜私は1通の手紙を残して近くの海に向かった。”お腹の子供と一緒にあの人の所へ行きます”ってね。」
「それで・・・・それでその後祐子さんは一体どうしたの?」
茜も真剣になって祐子の話に耳を傾けた。
「極寒の海の中に飛び込もうとした。けど旦那が死んで以来私の身を心配していた和義さんが工場にあった手紙を見つけたみたいで、すぐに私の元へ駆けつけたの。でもあの時の私は完全に生きる自信を失っていたからそのまま身投げをしようと”死なせて!”と叫びながら抵抗したわ。」
「そんな・・・・・!!!!」
茜は祐子と和義の知られざる過去を聞いて驚きを隠せなかった。
「だけど私がどんなに抵抗しようと叫ぼうと和義さんは絶対に私のことを離さなかったの。”親友が心から愛した祐ちゃんを絶対に死なせる訳には行かない”ってね。それと”君にはあいつが残した工場と産まれてくる子供がいるんだ。こんなに素晴らしい宝物を君は持っているのにどうしてそれをみすみす手放すマネをするんだい?”とも言っていた。」
「”宝物”、か・・・・・。和義さんらしい表現ね。」
「あとはこんな事も言ってたかな。”今まであいつが俺達ライダーの事を迎え入れてくれた様に
今度は祐ちゃんが迎え入れてくれ”ってね。私その日の晩真剣に考えちゃった。私ができる範囲でどうやって和義さん達をここに迎え入れようかってね。その時丁度ライダーハウスの存在を思い出して、ここも宿にすれば今まで通り又ライダーさん達を迎え入れる事ができるのではってひらめいたの。
だけど旦那との思い出も消したくなかったから大して改装もせずにボロのまま宿稼業を始めたのよ。それから間もなくして娘が生まれて現状に至るって訳。」
祐子は富沢ハウスが実は和義に命を助けられたのがきっかけで始めた宿である、という事実を茜に打ち明けた。そして茜は今、自分自身を非常に恥じていた。先程までボロ屋だと思っていた富沢ハウスが実は祐子達にとって大切な思い出が詰まった場所であり、又和義がとんでもない女たらしだと誤解していたからである。
「ところで茜さん、今日あなたがここに来る途中でコケたんだって?和義さんから聞いたわよ。」
「嫌だ!あの人そんな事祐子さんに言ったんですか?本当におしゃべりなんだから・・・・。」
茜はさっきまで和義に対する誤解が解けたかと思ったらまた呆れてしまった。
「ああ、あの人もおしゃべりな所があるからね。何だか随分としごかれたみたいだけど、茜さんも和義さんのしつこさには相当参ったでしょ?だけどね、あの人って困っている人を見ると黙っていられない性分なのよ。私が自殺未遂をした時もそうだったけど、和義さんはね、どんな事があっても絶対に人を見捨てたりしないわよ。多分和義さんの事だから簡単な修理に対しても少しでも手を抜くと容赦なく怒られたと思う。でもそれだけ茜さんに対してこれからも良い旅を続けてほしいと思って、そしてオートバイの知識や技量についてもしっかりと身につけて成長してほしかったんだと思う。」
祐子の言葉に茜は全くその通りだと思った。留萌に向かう途中に転倒し、倒れた250TRを持ち上げるだけでも少しでもやり方が違うとやり直しをさせられ、損傷した部品の修理に関してもちょっと手を抜くだけで容赦なく叱られたのである。しかし途中茜が何度も根を上げたり文句を垂れても和義は最後まで茜の傍から離れずに1つ1つ丁寧に指導していたのである。
「さて、もう時間も遅いし茜さんも朝早くから移動で疲れてるでしょ?そろそろ寝ましょ。」
「そうね、何だかもう眠くなって来ちゃった。ところで和義さんを放ったままにしたけど
裕子さん、大丈夫かしら?」
「いっけない!すっかり忘れてた!!!!」
茜と祐子は急いで和義のいる庭へ戻ったが、当の本人は気持ちよくいびきをかきながら熟睡していたのである。
「あーあ、これじゃ風邪引くじゃない!けどこんな重たい体とてもじゃないけど部屋まで運べないからあとで毛布かけておくわ。後は私が全部やるから茜さんはもう部屋に戻って寝ていいわよ。」
「はーい、祐子さんも大変ですね。じゃあお休みなさーい。」
「大丈夫よ、こんなのもう慣れっこだから。お休みねー。」
茜は自分の部屋に戻って床についた。




