最終章 帰路 ~だれかが風の中で~ 4
「今頃になって入江さんから私宛に手紙ってどういう事?」
今まで散々茜からのメールに1度も返信をして来なかった勝が、よりによって今頃になって茜宛に手紙をよこすとは一体何のつもりなんだろう?と訝しく思いながら封を開けた。
大橋 茜様
お久しぶりです、去年の6月に仙台であなたと知り合ってから
もう随分経ちますが、お元気でしょうか?
ところで大橋さん、今頃になって僕から突然手紙が
来て、さぞかし驚かれているでしょう。
勿論正直な所、僕自身も本当に手紙を送っていいのか
どうか非常に迷いました。
何せあなたと別れた後、あなたからのメールを
何通を受け取っていたにも関わらず
僕は”敢えて”そのメールに対する返事を
全くして来なかったのだから。
「敢えてメールのレスをしなかったってちょっと・・・・私、もしかしてかなり馬鹿にされていたって事?」
茜は少々ムッとしながらも、手紙の続きを読んだ。
ではどうして今まで大橋さんからのメールを
無視して来た僕が手紙を送ったかって?
その理由については僕自身もどう伝えれば
いいのか上手く表現できないけれど、
まずひとつ言えるのは、君も知っている通り、
僕は愛する妻と子供がいる身であるということ。
にも関わらず大橋さんは僕に対して友達以上の
感情を抱いてしまっていた。
勝は茜が昨年の暮れに波照間島入りして、勝が経営するさとうきび畑『入江農園』に訪れていた事も茜が勝に対して恋愛感情を抱いていた事も全て知っていたのだ。
勿論僕が既婚者である事実は大橋さんは
今まで全く知らなかったんだし、僕も
旅先で一緒に過ごした時には何も言わなかった
からあなたには全く罪はない。
それに僕自身も自分に好意を寄せてくれた
事にはとても嬉しかった。
しかし現実問題として妻子ある身である僕の立場上、
若い独身女性である大橋さんに対して必要以上に
コンタクトを取る事は世間的に問題があると判断した、
という理由もある。
でもそれ以上に僕が感じたのは、大橋さんは旅に出る前に
職場でリストラに遭って辛い思いをしたんだよね?
僕もあの時は自分の農園の経営が芳しくなく、
その事でしょっちゅう妻と口論をし、心身共に疲れ果て、
気付いたらバックパックを背負って家から飛び出していたんだ。
だからあの時あなたが明るく振舞っていても
心の中で辛い気持ちを抱えていたのは
同じ立場である僕には一目瞭然だった。
そしてそんな悲しい気持ちを昇華したかったのか、
『僕』という人間に好意に似た感情を寄せていたという事も。
だけど大橋さんのこれからの人生において、
リストラ以上にもっと悲しくて人生を投げ出したくなる
様な出来事は沢山遭遇すると思う。
でもそんな時こそ自分の力で立ち上がり、自分で自分の未来を
切り開かなくてはいけないんだ。
勿論そうする為には大勢の仲間に助けられる事になるし、
その仲間の内からあなたの本当の『パートナー』に
なる人にも出会える事かと思う。
大橋さん、君はとても太陽の様に明るく、
どんな苦難にも決して屈服する事のない強い心の持ち主だ。
だから僕は大橋さんの今後の光り輝く人生を
大橋さん自身の力で切り開く為にも
僕はあなたの前から姿を消し、影からそっと見守る
立場に立とうと決断したんだ。
つたない文章で申し訳ないけど、
僕の言いたい事が分かってくれると嬉しいです。
では、そろそろこの辺りで失礼します。
大橋さんの今後のご活躍、心から応援しています。
今まで本当にありがとう、
あなたとの旅の一時の思い出は決して忘れません。
それではさようなら、お元気で。
南の果てより 入江 勝