第八章 健輔じいさん ~出発の歌~ 17
「ペアレントさーーーーーーーーーーーーーーーーーーん!!!!!!チェックアウトしたいんですけどーーーーーーーーーーー!!!!!!」
茜は受付で身を乗り出し、ペアレントを呼びつけた。
「おや大橋さん、君今日も連泊じゃなかったっけ?」
「うん、そうなんだけど・・・・・・・。ただ昨日の晩皆の前で大騒ぎしちゃったじゃないですか。ペアレントさんにも他のお客様達にも迷惑かけちゃったから居づらくなっちゃって・・・・・」
茜が恥ずかしそうに言うとペアレントが大笑いした。
「わーーーーーっははははははははは!!!!!!昨日の事か!んな事ぁ全然気にしなくて大丈夫!人が大勢集まる場所である以上よくある話さ。」
「ペアレントさん!!!!気にするなって言われても・・・・・・」
「まぁ大橋さんも分かっているとは思うけど、森沢君はちょっと気難しい所があって、前にも他のお客様と揉めた事があるんだよ。あの時も健輔じいさん止めに入ってったっけな。でも決して性格悪い訳じゃないしさ、彼も健輔じいさんも何度もここには来てくれているから僕も彼らの事はよく分かっているし信頼もしている。たしかに大橋さんにみたいに誰に対しても大らかに接する事ができるタイプとは正反対でソリが合わない部分もあるとは思うけど、そんなにクヨクヨする事はないよ。」
ペアレントは優しく茜を論し、健輔と堅太郎が初めて出会った時の事を回想した。
もういつの頃になるのか、当時家庭環境が複雑だった為に堅太郎が物心がついた時には既に両親が離婚して、離婚後母親に引き取られたものの育児放棄の為に親戚中たらい回しにされて世間から邪険に扱われていたのがきっかけですっかり人を信用しなくなり、高校を卒業後すぐに1人暮らしを始めて就職はしたものの長続きせずにいた。
ある日、例によって仕事を辞めてブラブラしていた時にふと遠くへ旅に出たくなり、リュック1つで飛騨高山方面に向かい、『飛騨DGH』に宿泊する事となった。丁度その時定年退職を迎えたばかりの健輔も宿泊して最初はお互い会話をする事もなくそのまま過ごしていたが、ある時健輔が手にしていた一眼レフカメラに堅太郎が興味を持ち、それなら1枚撮ってみてはどうかという話になり、堅太郎は健輔から手渡された重い一眼レフカメラを手にして賢明にレンズのピントを合わせながら飛騨高山の風景を撮影した。
「そうそう、その調子!うまい、うまいよ君!ところで君名前何って言ったっけ?」
「森沢堅太郎、ですけど・・・・・」
「堅太郎君、か。いい名前だね。いいかい?写真ってのはね、技術もそりゃあ大事だけど何をどうイメージして写し出したいのかっていう心構えが一番大事なんだ。ただ撮影するのは誰にだってできる。しかし同じ被写体でもそれを撮る人の気持ちによって映し出されるモノが大きく変わってくるんだ。要は心、気持ちが大事って事なんだよ。」
健輔は堅太郎にそう説いた。
「ふーん、おじさん随分カメラに関して詳しいんだね。もしかしてプロの写真家?」
「いや、僕はただの素人さ。だけどその昔、僕の父親が写真屋を営んでいたんだよ。」
健輔は少年時代、写真屋の家庭で生まれ育った事を言った。そして被写体と懸命に格闘する堅太郎の姿と少年時代に本当の兄の様に慕っていた土橋写真館の青年写真技師の姿と重ね合わせていたのだ。
「それじゃおじさんもお店が戦争で焼けたりしなければ今頃有名なカメラマンになっていたかもしれないんだね。」
「ははは、それはどうだろうね?僕は写真家としての才能は全くないし、今はただの年金生活者だからね。ははははは・・・・・・・・・」
お互い初対面だと言うのに、気づいたときには打ち溶け合っていた。健輔は勿論堅太郎自身もこんなに笑って人と会話をしたのは初めてで、いつしか健輔の事を本当の身内みたいに慕う様になったのだ。
旅が終わってから堅太郎は働きながら夜間の写真学校で勉強をし、自分が撮影した作品をあらゆる広告会社や出版社に投稿し、やっと世間に認められる様になった時も真っ先に健輔に報告していた程であった。やがて知名度も上がり、遂には一人前のフリーフォトグラファーとして独立した時は堅太郎は勿論、健輔もまるで自分の事の様に大喜びをしてくれたのである。
堅太郎がどん底から這い上がってフリーフォトグラファーとして一人前となったのもここ、飛騨DGHで健輔との何気ないやりとりがきっかけであり、唯一本当の自分の気持ちをさらけ出せる事ができる相手であった。そしてそれは誰も立ち入る事が出来ない程の深い絆で結ばれていたのである。




