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守るための選択

 児童相談所の女性が訪れてから、私は仕事中も上の空だった。


 彩花を叔母のもとに返すなんて考えられなかった。


 彼女が私の部屋に来てから、私の人生は確かに変わった。


 くたびれただけの毎日が、彩花の笑顔や小さな仕草で色づいて、生きる意味みたいなものを思い出させてくれた。


 そんな彼女を失うなんて、想像するだけで息が詰まる。


 

 翌日、私は上司に半休を願い出て、彩花と一緒に児童相談所へ向かった。


 彩花は私の隣で黙って歩いていたけど、その手が私の服の裾を掴んでいるのが分かった。


 彼女の不安が伝わってきて、私はその手を握り返した。


「大丈夫だよ。私がなんとかするから」


「……うん」


 

 彩花の声は小さかったけど、私を見上げる目にわずかな信頼が宿っていて、それが私の決意を強くした。


 相談所では、前日に来た女性と、もう一人年配の男性職員が待っていた。


 彩花の叔母からの正式な申し立てがあり、彼女を連れ戻す手続きを進めるとのことだった。


 私は深呼吸して、冷静に話し始めた。


「彩花は叔母さんの家で幸せじゃなかった。それが分かってるのに、無理やり戻すんですか?」


「佐藤さん、私たちも彩花さんの気持ちは考慮します。でも、未成年を保護するのは親族が優先なんです。叔母さんが引き取る意思を示してる以上、法的な手続きを無視できません」


 女性職員の言葉に私は反論しようとしたけど、彩花が私の手を強く握って制した。


「美咲さん、私も話すから」


 彩花が立ち上がって、職員たちを見据えた。


 その瞳に、初めて会った時の鋭さが戻っていた。


「叔母さんの家にいた時、私、毎日責められてた。『お前がいるせいでお金がかかる』『親が死んだのはお前が悪いんじゃないか』って。母さんとお父さんが死んだこと、私だって辛かったのに、誰も私の気持ちなんか見てくれなかった。だから逃げたんです」


 全部捨てて。


 私のとこへやって来たのはただの偶然だ。


 それでも……


「美咲さんのとこに来て、初めて安心できた。家族みたいに思えた。ここにいたいんです。お願いします、私をここにいさせてください」


 

 彩花の声が震えながらも力強くて、私は胸が熱くなった。


 職員たちは少し動揺したように顔を見合わせた。


「彩花さんの気持ちは分かりました。でも、法律的には……」


「だったら、私が保護者になるってのはどうですか?」


 私が口を挟むと、部屋が静まり返った。


 職員たちが驚いた顔で私を見た。


「私が彩花を引き取ります。叔母さんがそんな扱いするなら、私がちゃんと面倒見ます。それなら問題ないですよね?」


「佐藤さん、それは簡単な話じゃないですよ。法的には親族以外が保護者になるにはいろいろと手続きが……」


「だったら、その手続き教えてください。私、やります」


 彩花が私の腕にしがみついて、涙目で私を見上げた。


「美咲さん、本気?」


「本気だよ。彩花がここにいたいなら、私がなんとかするって言ったでしょ」


 彼女の目から涙が溢れて、私の胸に顔を埋めた。


 私はその背中をそっと抱きしめて、職員たちに視線を戻した。


「お願いします。彩花を私に預けてください」


 その後、職員たちから詳しい手続きの説明を受けた。


 親族以外が保護者になるには、書類の提出や審査が必要で、すぐには決まらないと言われた。


 でも、彩花の意思が明確で、叔母との関係が破綻していることを考慮して、一時的に私の家に滞在する許可が出た。


 叔母には後日連絡が行き、話し合いが持たれるらしい。


 帰り道、彩花は私の手を握ったまま黙っていた。


 夕暮れの街を歩きながら、彼女がぽつりと言った。


「美咲さん、私のためにそんなことしてくれて……ありがとう」


「いいよ。彩花がいてくれる方が、私も嬉しいから」


 私が笑うと、彩花は私の腕に寄りかかってきた。


「私、美咲さんのこと、ほんとに大好きだよ」


 その言葉に、私の心が跳ねた。


 彩花の声があまりに真っ直ぐで、私は立ち止まって彼女を見た。


 彼女の瞳が夕陽に映えて、涙と一緒にキラキラしていた。


「私もだよ、彩花。大好き」


 私がそう言うと、彩花は私の首に腕を回して抱きついてきた。


 私は彼女をぎゅっと抱き返して、その温もりを感じた。


 ベランダに裸で現れた不思議な少女が、今、私の腕の中でこんなに大切な存在になってる。


 不思議で、愛おしくて、たまらなく切なかった。



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