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この政略結婚の行方は、

作者: 佐倉ユキト

 彼は、眼前の婚約者が震えるのを見て、やはりうまくいかないのだろうと諦めた。そして、こんな男に嫁ぐしかない彼女を不憫に思った。


 彼女は、初めて会った政略結婚の相手を見て言葉を失った。そして、思わず天を仰ぎ祈りを捧げた。





 彼女との婚姻までは、次の儀式も考慮して数年。顔を合わせるのは必要最低限にし、代わりに害するつもりはないという証明になればとこまめに贈り物や手紙を送った。会わなければいけない場面でも、怖い思いをさせることはないと、何かと用事を作りなるべく彼女の前に姿を見せぬよう過ごしてきた。

 彼女のような人族から見れば我々リザードマンは等しく受け入れがたい異形であるだろうが、いつも当たり前のように微笑んで話をしてくれて、それが俺にはとても嬉しかった。白の鱗を持つ俺は同族から見ても異端であり、役目も相まって遠巻きにされながら生きてきた。折々の挨拶と贈り物、体を気遣う便り、そうした何気ないやり取りを誰かと長く続けるなど初めてのことだったのだ。

 本当の意味で夫婦になれなくとも、せめて友人として穏やかに同じ家で過ごす存在くらいになれれば、とさえ思うようになった。だがそれは、俺には過ぎた願いだ。

 だというのに、久々の逢瀬に、先の願望をついこぼしてしまった。言葉を失う彼女にしまったと思ったときはもう遅い。せっかく少しずつ距離が近づいていたのに、迂闊な自分がすべてを台無しにした。──そう思ったのに。


「やはり……人族の私では、貴方の伴侶には相応しくないでしょうか」


 返ってきた彼女の声は涙を堪えるようで、そこで初めて違和感を持った。初めて真正面から見据えた彼女の声に抑えきれない感情が乗り、俺を射抜く潤んだ瞳には熱が籠もっている。そんなことはない、と慌てて告げた俺の言葉に彼女が安心したよう笑みをこぼした。その表情がとても嬉しそうで──胸の奥がざわついた。

 ああ、なんてことだ。これは都合のいい夢なのではないだろうか? こんなのはまるで、彼女が俺のことを、す、好き、みたいじゃないか!!


 どうなるものかと思っていたこの政略結婚の行方は、存外うまくいくのかもしれない。




****




 私はそれなりの家柄に産まれ、今まで何不自由なく生きてきた。

 政略結婚の相手が雨を呼ぶリザードマンの一族だと聞いて「とても恐ろしい見た目だそうよ」「あちらでは人族は嫌われているのですってね」などと親切にわざわざ教えてくれる方のなんと多いことか。不足なく生活を整えてくれた両親、そしてこの国に住まう民のためにも、私は与えられた役割をつつがなく全うするだけだ。

 将来の夫となる人物の絵姿を見た感想は、鱗の色が他の方と違うそうなので判別しやすそうだな、という呑気なものだった。幸いなことに私はリザードマンの方々の見た目に抵抗がないようだ。これなら心配することはない。

 そうして迎えた顔合わせ、その日に私の生活の総てが変わってしまった。


 ……なんて綺麗なんだろう!!

 あの方と初めてお会いして、あまりの美しさに打ち震えた。透き通るような乳白色の鱗、人族とは異なる形の蒼い瞳に宿る理知的な光。その尻尾の先に至るまで、全身が光り輝いているようで、思わず神に感謝を捧げてしまった。

 簡単な自己紹介のあとで差し出された手に触れて良いものか迷って、それでも失礼にならないようそおっと握ると、ひんやりと冷たい心地がした。


 その日から寝ても覚めてもあの方のことばかり考えてしまう。多忙でめったに会えることはなかったけれど、落ち着いた声や交わした手紙から感じ取れる優しく穏やかな人柄にも惹かれていった。


 ──いつもお会いするときは伝統の合わせの服だけれど、私達のような服をお贈りするのはご迷惑ではないかしら? ぴしりとキマったスーツ姿……うん、きっと似合うでしょうね!

 ──そういえば、リザードマンで眼鏡をかけている方は見たことがないわね。眼鏡から覗くあの綺麗な蒼い瞳……ああっ、想像しただけでたまらないわっ


 次お会いできるのはいつかと指折り数え、いただいた手紙を何度も読み返した。あの方の大切なお役目である雨乞いの儀が見られるのは同族のみということを知り悔しくて悔しくて、その噂に聞く光景を妄想し刺繍することで昇華したりもした。でも、その辛抱もあと半年だ。婚礼の準備も恙無く進み、打ち合わせのために久々にあの方にお会いできると心躍る気持ちで訪れたというのに。


「貴女となら、友人として穏やかに暮らしていけそうだ」


 何気ない会話の中で、珍しくあの方が微笑んで、そうして紡がれた言葉に先程までの心が浮き立つような気持ちが一瞬にして萎れていった。


「やはり……人族の私では、貴方の伴侶には相応しくないでしょうか」


 傍に居られるならばお飾りでも構わないと思っていたのに、私は思いの外欲張りだったようだ。せっかく友人とまで思ってもらえていたようなのに、こぼしてしまった本音をもうなかったことにできない。


「いや、その、そんなことは……ない」


 うつむいた私に珍しく慌てた声が否定を告げる。その声の調子に、たとえ嘘でもいいから、そうだと嬉しいと思った。


「……ずっと聞いてみたいと思っていたのですが、よろしいでしょうか」

「ああ、もちろん」

「今までも、エスコートが必要な場など、私に触れなければいけないときに無理はされていなかったでしょうか。

 人族と過ごすことに抵抗があるだろうと……その、貴方に少しでも不快な思いをさせたくないのです」


 応接室に沈黙が流れる。もしかして、やはり、そう感じていたのだろうか。叫び出したい気持ちになったけれど、少し冷静になった頭がそれをぐっと堪える。


「良ければ……隣に座っても?」

「っはい、ええ、もちろんです!!」


 私の勢いに優しげに目を細めると、向かいに座っていた彼がこちらに移動してきた。長椅子が軽く軋み、左にその存在を感じてそわそわとする。


「その……正直に伝えると、自分でもよくわからない。見たこともない、話に聞くだけの人族というのはどういうものなのか、貴女に会うまでは何もわからなかった。だから、今後について絶対とは言えない。

 少なくとも今私は──いや、俺は貴女を好ましいと思っていて……こうして隣に座っても、不快に思うことなどはない」


 蒼い双眸にじっと見つめられ、なんだか身の置き所がない。あら、今、「俺」って言ったかしら?! いつもと違う一人称につい胸が高鳴る。


「俺も貴女を怖がらせたくないと、そう思っていた。

 リザードマンの姿は人族から見たら恐ろしいだろう?」

「っそんなことありません!

 貴方はとても美しくて、格好良いですわ!!」


 独り言のようなその問いについ大きな声で返してしまい、彼は目を丸くしてパチパチとさせた。「ありがとう」と笑ってくれた。うう、なんて可愛らしい表情だろう。

 ええと、つまり、私達は互いに慮るあまり距離を取っていた、ということだろうか。少なくとも嫌われているわけではないのだと、それがわかったことに安堵していた私は、結婚したあとのためにと触れ合いが増やされることをまだ知らない。

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