アオイとの出会い
人工星空が夜の街を彩る中、ルナは制御室を離れ、一人オリオン・プラネタリアムの路地を歩いていた。
水晶のようなドームの下、星々のホログラムが絶え間なく輝き、空気全体を幻想的に染めている。
静かで穏やかな風景にもかかわらず、彼女の心はどこかざわついていた。
(私が伝えたいものって……いったい何?)
そう自問するたび、答えのない空虚感が広がる。ルナの足取りは次第に重くなっていた。
しかし、通りの角を曲がった瞬間、人々の笑い声が風に乗って耳に届いた。
そこだけがまるで別の空間のように明るく賑やかだった。
好奇心に引かれて近づくと、通りの一角に小さな人だかりができている。
その中心には、スケッチブックを抱えた若い女性が立っていた。
鮮やかなピンクや青、紫のハイライトが入ったロングヘアが、人工星空の下でも際立っている。
カジュアルで遊び心あふれる衣装をまとい、未来的なアクセサリーが彼女のエネルギッシュさを際立たせていた。
彼女は、大きな身振り手振りを交えながら観衆に熱心に語りかけていた。
「例えばさ、天井にホログラムで星空を映してさ、みんなで自分の星座を選べる仕掛けにするの。流れ星を作れるとかどう? ね、楽しくない?」
スケッチブックには、夜空を模したステージのアイデアがびっしりと描かれている。
星座のライト、観客が操作できる仕掛け、ダイナミックな演出――そのどれもが常識にとらわれない大胆さを持ち、観衆の笑顔を引き出していた。
ルナはその様子に自然と引き寄せられ、足を止めた。
目の前に広がる彼女のアイデアは、自由で、楽しさに溢れていて、それでいてどこか「繋がり」を感じさせるものだった。
ふと、アオイの視線がルナに向いた。
ぱっと目を輝かせ、明るい声で話しかけてきた。
「おや、新しいお客さん! あれ、もしかして……ルナさん!? あの“星占いAI”の!」
少し驚いたルナは、一瞬だけ戸惑いながらも頷く。
”ええ、そうです。でも、通りがかっただけで……。”
「へえ~、こんなところで会えるなんてラッキー! 私、アオイ!よろしく!」
アオイは親しげな笑顔でスケッチブックを差し出した。
その中には、さらに大胆なアイデアが詰め込まれている。
星座を模したライトが会場全体を照らし、観客が星を操作して自分だけの星空を作るステージ……。
それは、これまでルナが見たどのライブ演出とも異なる『参加型』の自由さに満ちていた。
”すごいですね……こんなに自由で楽しそうなアイデアばかりなんて。どうやってこんな発想が浮かぶんですか?”
ルナの正直な感想に、アオイは得意げに笑いながら答える。
「うーん、どうやってっていうか……楽しそうだなーって思ったら、それをそのまま形にするだけだよ。ステージなんて楽しむためにあるんだから、型にはめる必要なんてないでしょ?」
”楽しむために……。”
その言葉に、ルナの中で小さな問いが生まれる。
(私が伝えたいものも、もしかして ‘楽しむ’ という感情と関係があるの……?)
アオイはルナの様子を見て、少し首を傾げた。
「ルナさん、何か悩んでるっぽいけど、大丈夫?」
ルナは躊躇いながらも、自分の抱える疑問を打ち明けた。
”私は……感情を歌に込めて伝えたいんです。でも、何を伝えるべきなのか、まだ分からなくて。”
するとアオイは、スケッチブックを閉じて真剣な表情になった。
「理屈なんていらないんじゃない? まずは『これ楽しそう!』って思ったことをそのままやってみればいいのさ。自分が楽しんでないと、人に楽しさなんて伝えられないしね。」
”楽しそう……と思ったことを、そのまま……。”
未知の視点に触れたルナの瞳が、ほんの少し輝きを増した。
その変化に気づいたのか、アオイはポニーテールを揺らしながら笑顔を広げた。
「ね、星だって好きなように輝いてるんだから、私たちもルールなんか気にしないで、自分のやりたいことをやればいいんだよ。」
その言葉に触発され、ルナはふと広場で聴いた歌声を思い出した。
あの歌手もきっと、楽しさや伝えたい思いをそのまま歌に込めていたのだろう。
”……アオイさん。あなたのアイデア、もっと教えてもらえませんか?”
アオイの目が輝き、力強く頷いた。
「もちろん! 一緒に考えよう! ルナさんなら絶対に素敵なステージを作れるよ!」
こうして、ルナはアオイとの出会いを通じて“楽しむ”ことの本質に触れるきっかけを得た。
この夜の路地裏での偶然の出会いが、彼女の『伝えたいもの』を探す旅の大きな一歩となるのだった。