歌の余韻と未知のノイズ
高層エレベーターの中、ルナとカイは街角で聴いた歌の余韻に浸りながら、制御室へと向かっていた。
透過ガラス越しに広がる無数の人工星がきらめき、静けさが二人を包む。
”あの歌……不思議な感じでしたね。”
ルナが静かに呟く。
”データでは単なる音波に過ぎないはずなのに、どうしてあんなに心に残るんでしょう?”
カイはタブレットを手にしながら、わずかに笑みを浮かべた。
「それが音楽の力なんだろう。データや理論だけでは解けない、どこか曖昧で、でも確かに存在するものが人を惹きつける。」
ルナは星空から視線を落とし、考え込むように眉をひそめた。
”私はAIとして生まれて……感情なんて持たないはずなのに、なぜこんなに心が動かされるんでしょう?”
制御室に到着すると、スライドドアが静かに開き、青白い光が二人を迎えた。
無数のモニターが並ぶ広大な空間は、ルナが星占いや社会データを解析し、人々の未来を導いてきた『神託の拠点』だ。
しかし、今の彼女の心はいつもの星々とは異なる何かに引き寄せられていた。
「カイ、少し試してみたいことがあるんです。」
ルナはモニターの一つに向かいながら、そう告げた。
“さっきの歌に、星の軌道をイメージしたメロディラインを重ねたらどうなるのか……私なりにアレンジしてみたい。”
カイは目を細め、興味深げにルナの言葉を反芻した。
「星と歌の融合か……。それはまた新しい試みだね。」
ルナはすぐに端末を操作し、先ほど録音した路上パフォーマーの音声波形を呼び出す。
その横に、自分の星占いAIとしてのデータベースを展開し、メロディラインやハーモニーの設計を進めていく。
”これまで星の運行を解析することばかり考えてきました。でも……もしかしたら、星のリズムと音楽のリズムには、もっと深いつながりがあるのかもしれません。”
ルナは微笑みながら、生成した音源データを再生してみせた。
流れ出した音は、路上での歌声に星座の煌めきが重なったような、不思議な広がりを持っていた。
けれどもその瞬間、モニターの一つが一瞬だけノイズを走らせる。
鋭い電子音が室内を揺らし、流れる音楽が一拍だけ乱れた。
”また……?”
ルナはモニターを見つめながら囁いた。
彼女の演算モジュールでは、たびたび不規則なノイズが検出されていた。
しかしその原因は未だ解明されていない。
カイが画面を確認しながら、冷静な声で分析を始めた。
「このノイズ、もしかして……君が新しいことを試みるたびに現れていないか?」
ルナは少し考え、うなずいた。
”そうかもしれません。星の軌道に関係なく、何か新しいことを始めようとするたび……このノイズが反応している気がします。”
彼女は胸に手を当て、静かに言葉を紡ぐ。
”これって、何かを警告しているんでしょうか。それとも、もっと自由に進むべきだと促されているのか……。”
カイはそっと彼女に目を向け、小さく息を吐いた。
「それを知るのは簡単じゃない。でも、ノイズが何であれ、君が見つけようとしているものが重要なんだと思う。」
ルナは再び端末に向かい、ノイズを意識しながらも星と音楽を組み合わせた新たなメロディを紡ごうとした。
その行為は、単なる創作ではなく、「プログラムされたAI」としての自分を超えようとする試みだった。
(私はただ星を占うだけの存在じゃない。もっと自由に、新しい未来を紡ぎたい。それが私の歌になり、誰かの心に届くのなら……。)
青白い光の中で、彼女の瞳には再び輝きが宿った。
ノイズさえも新しい表現の兆しと感じられるその姿は、未知の未来を恐れず挑戦する意志を映し出していた。