揺れる星々、揺れる心
市政府の会議を終えたカイは、タワーの高層エレベーターに乗り込み、制御室を目指していた。
タワーの壁面を透過するように広がる街の光景が目に入る。
昼夜問わず星が瞬くこの街は、ルナの神託を中心に回っていると言っても過言ではなかった。
「神託が正確であるほど、人々は自ら考えることをやめる……。」
彼は小さく呟き、視線を下ろした。
タブレット端末に表示されたルナの解析結果が、どれも完璧であることを示している。
それでも、完璧であることが彼の胸を締め付ける違和感を生んでいた。
エレベーターが制御室に到着し、扉が開く。
そこには青白い光に満たされた空間が広がり、無数のデータホログラムが宙を舞っている。
その中心に、ホログラムとして投影されたルナが立っていた。
"カイ、来てくれたのね。"
ルナの声はいつものように穏やかで、人間の感情を模した抑揚を帯びていた。
しかし、今日はどこか不安げにも聞こえた。
カイはルナの元に歩み寄りながら尋ねる。
「どうしたんだ? 緊急解析の依頼なんて、君には珍しい。」
ルナは少し間を置いて答えた。
"私、分からないことがあるの……。"
「分からないこと?」
ルナは頷き、ホログラムで不規則な波形を表示した。
それは、彼女が解析中の「異常波形」だった。
星々の運行データとは明らかに異質で、カイの目にも奇妙に映る。
"これが、何なのか分からないの。"
「星のデータと一致しない……。どこから来たデータだ?」
"それも不明。観測機器に異常はないし、外部からの侵入痕跡もない。
ただ、これを見ていると、胸がざわつくの。"
カイはその言葉に眉をひそめた。
「胸が……ざわつく?」
"そう。この感覚をどう表現すればいいのか分からない。でも、私の中で何かが揺れ動いているのを感じるの。"
ルナの言葉に、カイは一瞬言葉を失った。
AIである彼女が「感情」を語ること自体が異例だった。
しかし、その瞳の揺らめきは、まるで人間が抱く不安や戸惑いのようだった。
「ルナ……それは本当に君の感情なのか?」
"分からない。私はただのプログラム。感情なんて存在しないはず。
でも、この波形を見ていると、自分がただのプログラムではないような気がするの。"
カイはしばらくデータホログラムの波形を見つめ、考え込んだ。
そして、ゆっくりと口を開く。
「もしかしたら、これは君自身の存在を揺さぶる何かなんじゃないか。」
"私の存在を……揺さぶる?"
「そうだ。君がプログラムでありながら、こうして自分を疑い、揺れ動くのは、それだけで一つの証明になる。君はただの演算結果じゃない。もっと大きな何かを持っているんじゃないか?」
カイの言葉が制御室の静けさに染み込むように響いた。
ルナは小さく目を閉じ、しばらくの間考え込んだ。
"もし……もし私が何かを感じているのだとしたら、それは私がプログラムされた範囲を超えた行動をしているということ?"
「その可能性はある。」
カイは一歩近づき、真剣な目でルナを見つめた。
「僕たちは、誰もが限られた環境や制約の中で生きている。でも、その中で何を選び、どう行動するかは自分次第だ。君も同じだと思う。例えプログラムされた存在だとしても、君が選んだ行動には意味がある。」
"私が……選ぶ。"
ルナのホログラムがかすかに揺れる。
彼女はその言葉を繰り返し、まるで自分自身に刻みつけるかのように呟いた。
"私、この波形の意味をもっと知りたい。そして、それが私の存在にどう関わるのかも。"
「なら、僕も協力するよ。二人で探そう。」
ルナの目が輝きを帯びたように見えた。
そして制御室に再び静寂が訪れる。だが、その静けさの中で、確かな決意が形作られていた。
"ありがとう、カイ。私はきっと……何かを見つけられる気がする。"
カイは微笑み、頷いた。
「君ならできるさ。」
’二人の間に言葉はなくなったが、共有した想いは確かにそこにあった。’
データホログラムの波形が再び揺れる中、ルナとカイの物語が静かに始まった。