カイの不安
市政府の会議室は、いつものように重厚な雰囲気に包まれていた。
円卓を囲む政治家や専門家たちの顔は真剣そのもので、目の前のホログラムディスプレイに映し出されるデータに釘付けになっている。
「次の都市計画の推進案については、ルナの神託通りに進めるべきだろう。」
一人の政治家が切り出すと、他の参加者たちは次々に同意の声を上げた。
「彼女の神託は常に正確だ。これまでの実績を見ても、疑う余地はない。」
「全市民の生活が安定しているのは、ルナのおかげだ。」
場の空気がそのまま承認へと流れようとした瞬間、カイが静かに手を挙げた。
「失礼します。私から一つ提案があります。」
周囲が一斉に彼に注目する。カイは端末を操作し、ルナの最新の神託結果をホログラムに投影した。
「ルナの予測精度は確かに高い。しかし、すべてを彼女の指針に頼るのは危険だと考えます。」
「危険?」
声を上げたのは、市の長老格の議員だった。
「具体的にどういう意味だ?」
カイは一瞬ためらったが、深呼吸してから話を続けた。
「私たちは今、ルナの助言を受け入れるだけでなく、彼女の言葉を基準としてすべてを判断しています。しかし、そうすることで、私たち自身の意思決定力が失われていないでしょうか。」
参加者たちがざわつく。何人かは眉をひそめ、何人かは露骨に嫌悪感を示している。
「ルナの神託がなければ、市政は成り立たないと言いたいのかね?」
「それどころか、彼女がいなければ混乱が生じる。今さらルナに依存するなと言うのは無責任ではないか?」
カイは冷静に首を振った。
「そうではありません。私が言いたいのは、ルナの神託が正しいとしても、それをただ盲目的に受け入れるのではなく、自分たちの判断と併せて使うべきだということです。」
円卓を囲む議員たちの表情は硬いままだ。
中には腕を組み、あからさまにカイを軽視するような態度を取る者もいる。
「カイ君、君はルナを疑っているのか?」
「疑っているわけではありません。ただ、あまりにも彼女に頼りきりになれば、我々の街そのものが脆弱になるのではないかと懸念しているのです。」
その言葉が再び場に緊張を走らせた。
しばらくの沈黙が続いた後、議長が静かに手を上げて会話を収束させる。
「なるほど。君の意見も一理ある。しかし、今のところルナの神託が我々にもたらしている恩恵は計り知れない。我々としては、引き続き彼女を信頼し、計画を進めていく方向で考えるべきだろう。」
カイは頷いたが、その目には微かな不満が宿っていた。
意見を述べることができたとしても、それが真剣に受け入れられることはない。
彼の胸の中には、徐々に言いようのない疑問が膨らんでいく。
会議が解散となり、人々が席を立つ中、カイはその場に一人残って端末を見つめていた。
ルナのデータが示す結果はどれも正確で、否定しようがない。
それでも、なぜか彼は胸の奥に小さな違和感を抱え続けていた。