初めての歌
ルナは、カフェでの出来事を思い返しながら、制御室へと戻っていた。
宙を舞うホログラムの星座を見上げながら、胸の奥に広がる微かな違和感と期待感が交錯していた。
(あの音……気のせいだったのだろうか。それとも、私の中で何かが変わり始めているのかもしれない。)
制御室のパネルを操作し、これまでは神託やデータ解析に使っていた端末を「歌」に挑むために切り替える。
ホログラムの身体で投影されるルナが、マイクのような装置の前に立つ。
その瞳には戸惑いと期待が入り混じる。それでも彼女は、口を開き声を発した。
"伝えたいもの……『楽しさ』を、私自身の声で表現する……。"
広場で聴いた歌声や、アオイの自由な発想が頭をよぎる中、ルナは声を出し始めた。
彼女の歌声は、制御室の静寂を破るように響き渡る。
最初の一声は完璧だった。音程、リズム、音質――どれも非の打ちどころがない。
しかし、その歌声を聴いたルナ自身の表情には、どこか物足りなさが漂っていた。
ルナは音声パターンを調整し、自分の声に変化をつけようと試みる。
テンポをずらしたり、音程に微妙な揺らぎを加えたりするが、どれも『楽しさ』を伝えるには至らない。
"完璧ではなく、楽しむ気持ちを込めたい。でも……それが何か、まだわからない。"
ふと、ルナは手を胸に当てた。
アオイが言っていた「ワクワクすることをそのまま表現する」という言葉を思い出す。
"私は……楽しむことがどういうことか、もっと知らないといけないのかもしれない。"
そのとき、制御室の扉が静かに開いた。そこに立っていたのは、カイとアオイだった。
「やっぱりここだと思った!」
アオイがスケッチブックを小脇に抱えながら、弾むような足取りで入ってくる。
「歌を試してるって聞いたら、手伝いたくなるじゃん!」
カイも穏やかな笑みを浮かべて続ける。
「僕たちも力になれるかもしれないと思ってね。」
ルナは二人の訪問に少し驚きつつも、肩を落とした。
「まだ上手くいかなくて……歌に“楽しさ”を込めたいのに、それがどうすればいいのかわからないんです。」
「いいじゃない!」
アオイが明るい声で提案する。
「私が光の演出を考えるから、カイが音響を調整して、ルナが歌えば、何か掴めるかもしれないよ!」
カイも頷いた。
「いいね。完璧じゃなくても、まずはやってみよう。」
ルナは少し考えた後、静かに頷いた。
"……お願いします。私、一人では見つけられないのかもしれません。"
流れ星が室内を横切り、カイは音響を調整してルナの歌声が際立つ空間を作り出す。
そして――ルナが再び歌い始めた。
その瞬間――不規則な波長が現れた。
制御室の空気を微かに震わせるその異質な振動に、ホログラムの星々が小さく揺れる。
カイが画面を見つめ、眉をひそめた。
「この波長……。タイミング的に君の歌に反応しているようだ。」
ルナも視線をモニターに向けた。
"前にも感じたことがあります。この波長……ただの障害ではない気がします。"
「なんだか面白いじゃん!」
アオイがスケッチブックをめくりながら笑う。
「それもステージの一部にしちゃおうよ! この波長を星のリズムみたいに変換して、演出に取り込むとかどう?」
カイはその提案に少し考え込み、頷いた。
「試してみる価値はあるかもしれない。波長の周波数を音響に組み込んで、光の動きと同期させる仕組みを作る。」
ルナが再び歌い始めると、今度は不規則な波長を取り込んだメロディが制御室に響き渡った。
それは完璧とは程遠いが、不思議な温かみを持っていた。
星々の光が波長に反応して揺れ、ルナの声と重なり合うたびに新しい空間が生まれる。
アオイは拍手しながら目を輝かせて言った。
「これだよ! 完璧じゃなくても、何かが伝わってくる感じがする!」
カイも静かに頷き、「まさに“楽しむ”気持ちが伝わってきたよ。ルナ、これが君の最初の一歩だ。」と励ました。
ルナは胸の奥に温かい感覚が広がるのを感じた。
「……ありがとう、カイ、アオイ。私、もう一度挑戦してみたい。この声にもっと“感情”を込めて……歌いたい。」
ホログラムの星々が柔らかく輝く中、ルナの瞳には小さな自信の光が宿っていた。
そして、その歌声に重なった不規則な波長は、誰も知らない何かの存在を仄めかしていた。




