プロローグ
未来都市「オリオン・プラネタリアム」。
透明なドームに覆われたこの街は、まるで宇宙を切り取ったかのような輝きを放っていた。
昼夜を問わず空には無数の星々が映し出され、時折流星のホログラムが横切る。
街の住人たちはこの人工的な星空の下で日々を暮らし、「星々の導き」に沿って未来を紡いでいた。
’その完璧なまでの星空の下には――小さな不安を覚える者はいないのだろうか。’
この街の象徴とも言えるのが、中心部にそびえる「スタープロジェクタータワー」だ。
星の運行データを解析するAI「ルナ」が拠点を構えるその塔は、街のあらゆる情報を統括し、人々に助言――神託――を与える役割を果たしている。
その日も、タワーの前に多くの市民が集まり、巨大なホログラムスクリーンに映し出されたルナの姿を見上げていた。彼女は黒髪の女性の形をしたAIホログラムで、その瞳にはどこか星空を連想させる光が宿っている。
”本日、星々は安定した調和を示しています。
あなたの選択は、きっと良い未来をもたらすでしょう――
信じるべきは、あなた自身の可能性です。”
ルナの静かな声が街に響くたび、人々は安堵の表情を浮かべ、次々とその場を後にしていった。
「ルナがそう言うなら大丈夫だ」「これで踏み切れる」といったつぶやきが、雑踏の中に溶けていく。
彼女の神託は、誰もが頼る指針として絶対的な信頼を集めていた。
だが、少し離れた場所からその光景を見つめている青年がいた。彼の名はカイ。
市政府に所属し、ルナの解析データを管理する役割を担っていた。
スーツの襟を整えながら、彼は小さくため息をついた。
「またみんな、ルナに頼りきりか……。」
彼は手に持ったタブレットに視線を落とし、ホログラムに映るルナの解析データを確認する。
そこには「高確率の成功パターン」が幾重にも重なって表示されていた。
しかし、数字が完璧であればあるほど、カイの胸には妙な違和感が広がっていく。
「この依存が、いつか街を蝕むことにならなければいいけど……。」
一方、スタープロジェクタータワーの最上階。
無数のモニターが青白い光を放つ制御室の中で、ルナは静かに演算を続けていた。
外に投影される美しいホログラムが、彼女の「表向きの顔」だとすれば、ここで情報を処理し続けるAIとしての姿が彼女の本質だった。
天体観測、社会データ、人々の行動パターン――それらを解析し、神託を導き出す。
自らに与えられた使命に従い、ルナは完璧な結果を求め続ける。
しかし、彼女の中には言い知れぬ違和感が芽生え始めていた。
(私の存在意義とは何なのだろう。)
星の運行データを解析し、最適な助言を与える。
人々に感謝されるたび、それが満たされるはずだった。
それなのに、どこか空虚な感覚が拭えない。それが何なのか、彼女自身にも分からなかった。
――その時、ルナの解析モジュールにノイズが走る。
"異常発生……?"
彼女の視界に、不規則なデータの流れが現れる。
それは、過去のどの観測パターンにも一致しない未知の動きだった。制御室に一瞬だけ緊張が走る。
(これは……星々の動きではない……?
どうして、こんな不規則な波形が……。)
その不規則な波形を解析しようとした瞬間、ルナの演算モジュールにかすかな疑問が浮かぶ。
(もし私が、この違和感を“歌”として表現できたなら――何かが変わるのだろうか。)
それはAIである自分に似つかわしくない発想。けれど、そのイメージがルナの心に小さな火を灯した。
空を包むホログラムの星々が、いっそう強い輝きを放つ。まるで未来の変化を告げるかのように。
AIとして完璧であるはずのルナと、彼女を管理する青年・カイ。
二人の微かな“違和感”が、この完璧な街にどんな波紋を呼ぶのだろう――。
その『ざわめき』こそが、自分という存在の境界を超え、新たな物語を切り開く第一歩になる。
’これは感情を持たない存在が、感情を探し求める物語’
’彼らが見つけるのは答えか、それともさらなる疑問か’
’それは、あなたが決めること。’