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08


「本当に、王女殿下なのですね。何をしているのかと思いました」


「ご、ごめんなさい。驚かせて」




 ずっと固まったままかと思ったが、沈黙を破ったのは意外にもメイドの少女だった。


 表情をあまり変えない、とてもクールに見えるレディーだ。


「ステラ、といいます。先ほど王城に連れてこられた平民です。王女殿下のメイドになるよう命じられ参りました」


「……え? あ、はい! アストライアです、よろしくお願いいたします」



 キョトンとしたライアだったが、綺麗にお辞儀し挨拶を返す。

 その姿にキョトンとするステラと名乗った葦毛のメイド。

 お互いが信じられないものを見たかのような反応だった。


 メイドとしては、きちんと挨拶をする王女が信じられないのだろうな。



「俺はスティ、よろし――」「――あぁぁ‼ あ、汗をかいてしまいました‼ 申し訳ございませんがタオルを‼」



「……え、今何かとても渋い男性の声が」


「き、気のせいです‼」



 しょぼん。

 私だって、挨拶したかったのだが。



「そう、ですか。あ、タオルでしたね。少し待っていてください」


 ステラは、お辞儀をすると足早に部屋を後にする。

 今のが、ライアが言っていた平民のメイドだな。

 明らかに、他のメイドとは態度が違って見えた。


「……スティさん」


「あ、いやすまない。俺もお話ししたかったんだ。――アゥ、痛いから怒らないで」


 ピリピリと、ライアの怒りの感情が筋肉から伝わってくる。

 しかし、筋量が増えてるな。以前より格段に痛い。


「お話しって。思ったのですがスティさんは口がないのにどこから喋ってるんですか」


「筋肉からだ。それにしても、今の子はいい子そうだったな」


「……。確かに、そうですね。名乗ってくれたのは初めてでした。……でも、日が浅いみたいですし、最初は優しい人も時々いました」



 そうなのか。

 だがあの少女は、何か違うように見えたが。


 ――コンコン。


 丁寧なノックの音。

 はい、とライアが答えると、簡素な木製の扉が開き、銀の台車を押したステラが姿を現す。


 おそらく彼女は先ほどもノックをしてくれていた。私たちは筋トレに夢中で気づかなかったが。


「お待たせいたしました。タオルです」

「あ、ありがとうございます」


 ふかふかのタオルを手渡すと、ステラは持ち込んだ台車に置かれた陶器製のポットを手に取り、グラスに飲み物を注ぐ。


 ライアと一緒にいて、メイドにそこまでしてもらったのは初めてだった。


「……ひとつ、いいですか王女殿下」


「はい、なんでしょう?」


 コポコポと、静かに飲み物を注ぎながらステラはライアを見つめてそう言った。


「私は、平民です。突然連れてこられて、メイドって言われて……ここに連れてきた人は、先輩メイドが教えてくれるって言っていたのですが、給仕室に誰もいませんでした」


「あ、それは……」


 そんな状況があり得るのか。

 入社初日に放置されている、新入社員みたいだな。



「私は、いったい何をすればいいんですか?」



 ステラの表情はいたって冷静そのもの。


 しかし不安が残るのか、下唇を少し噛んでいた。



「……今は居ないかもしれませんが、メイドたちもいずれ来ると思います。仕事についてはその時に聞いてみてください」


「昼過ぎなのに、まだ来ていないんですか」

「……すみません」


「あ、いえ。王女殿下が悪いわけではないので」


 そういいながら、ステラは飲み物が注がれたグラスをライアに手渡す。

 スポーツドリンクみたいな色合いの水だ。氷も入っていたが、グラスに結露した水分は丁寧に拭き取られていた。


「……ありがとう、ございます」


 両手でグラスを受け取ったライアは、王族らしくそれを静かに一口飲んだ。


「おいしい。今まで飲んだことのない味です」


「あ、勝手に作ってしまい申し訳ございません。炊事場に材料があったので」


「いえ、かまいません。スッとした清涼感がおいしいです。これはどんな材料で作られているのですか?」


 本当においしかったのか、ライアはグラスに残ったその飲料を一気に口に含んだ。



「毒草です」



「――ブッホォ‼」


 それを、口と鼻から盛大に吐き出した。



 レディーにあるまじき、と言いたいが飲み込む前に吐き出す反射神経はさすがだ。

 成長してるな、ライア。


「だ、大丈夫ですか? すみません、言い方が悪かったです」


 ちゃっかりライアの水飛沫を回避していたステラは、台車からもう一枚タオルを取り、ライアに手渡した。


「メタセコイヤ草といって、汗をかいた時に飲む庶民の飲み物です。根に毒があるだけで、使用したのは葉です」

 

「そ、そうなのですね。ごめんなさい、取り乱しました」


 口を引きつらせているライアは、軽くポンポンと自分の濡れてしまった衣服をタオルで叩く。

 ステラは、表情は読み取りづらいが面白い子だな。



「根の毒も、大したことはありません。いたずらで子供がよく食べますから」

「すみません、市井にうとくて。毒なのに食べて大丈夫なのですか?」

「はい。笑いが止まらなくなるだけなので」



 ……それは大丈夫じゃないだろう。



 そう心の中でつぶやくライアだった。

 しかし二人は、いいコンビだと思う。だがまだ二人ともお互いを警戒しているような気がするな。

 会話がとてもぎこちない。


「王女殿下。失礼でしたら申し訳ございません。……あなたは、本当に王女殿下なのですか?」

「はい、そうですが。……それって、どういう」

「申し訳ございません。事前に聞いていた人とは思えなくて」

「……うわさ、ですか」

「はい。城下でも、それにここに連れてきた貴族の人も言っていました」



 やはり、この城内で悪評が立つと街でも噂になるのか。

 そんな子では決してない。

 それは私がきっぱりと断言できる。

 どう考えても、誰かの作為が関係している。


「そうですか。……私には敵が多いみたいなので。あなたも、私のことは自由に判断してください」

「……。はい、わかりました」


 ステラは変わらず無表情でライアを見つめ、そうして深く頷いた。

 何か心の内でいろいろと考えている様子だったが、それを気づかせないようふるまっていた。



「……でも、ですね。私は今、一人じゃないんですよ」

「――ッ‼」



 そう小さく呟いたライアの声は、ステラには聞こえなかったようだった。

 しかし、私にはもちろん聞こえていた。

 

「――ぅ、ぅぉぉぉぉ」


 嬉しい。嬉しいぞ、ライア。



「――え。ど、どうされたんですか⁉ とてもドスのきいた地滑りみたいな音が」

「あ、いえ違うんです‼ お腹がすいてしまって‼ 私の腹の虫は凄味があると定評なんです‼」


 

 声、漏れてしまっていたか。




 すまない、ライア。

 これはまた後で怒られそうだ。

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