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07


「言いづらければ、大丈夫だ」



「いえ、スティさんには知っていて欲しいんです。母は、今失踪しています。それに第一王子である義兄を毒殺した容疑もかけられています。……私の立場が微妙なのも、それが大きいです」



 思った100倍はハードな家庭状況だった。

 母のことを思うライアの感情は複雑そのもので、会いたい。でも会いたくない、そんな表裏一体な思いがひしひしと伝わってきた。


「……そうだったのか。乳母などはいないのか」

「いない、です。かつてはいたのですが義兄が亡くなった際、母の関係者や乳母なども城を追われました。……私は、この大きなお城でずっと、一人でした」



 それは、寂しいだろうな。


 利発的で大人びて見えるから忘れがちだが、ライアはまだ12歳の女の子だ。

 地球で言えば小学6年生の年齢。

 甘えたい盛りだろうに、この子は一人でずっと闘ってきたのか。



「……そうか。一番接する人は誰なんだ?」

「そうですね。しいて言うならメイドです。よく思われてはいないのですが、一部の人は最低限の仕事はしてくれます」

 ……メイド、か。



 私はこの城のメイドや執事に対しかなり頭に来ていた。

 ライアの聞こえる声量で、堂々と悪口をいうメイドたちにも。仕事を放棄し、何もしない執事たちにも。

 ライアはあきらめているのか、もう諫めることもしなかった。

 

 せめて城内に、一人でも理解者がいてくれれば。



「……ん? 一部の?」

「はい。城内のメイドも大半は貴族の次女だったりします。けれど、平民の方もいます。平民で魔法を扱える者たちです。その人たちは、仕事はしてくれます」



 その言い方だと、期待はできないのだが。

 この世界は貴族と平民の線引きが、まるで違う生物だというくらい激しいみたいだった。

 実際、魔法のような不思議な力が扱えるのが貴族ばかりだと選民思想に毒されても仕方がないが。



「……言っていなかったのですが、魔法を扱える平民は人権をはく奪されるんです。昔は奴隷として扱われました」

「――おいおい、ライア。それは穏やかじゃないな」


「あ、いえ。昔は、です。今は現宰相の働きにより、王家で保護する形となっています」


 そうなのか。

 この世界ではまだ赤子のような私が言えたことではないが、気分のいいものではない。

 だが、廃止されたようでよかった。



 その宰相にも、いつかハグをしよう。



「ただ……メイドたちにも上下関係があるらしくて、何を言われているのか知りませんが、誰も私とは話そうともしませんね」


 やはりそう簡単にはいかないか。

 これは地道に理解者を探していくほかないようだ。



「ここのメイドはプライドが高い貴族の娘ばかり。性格が原因で婚期を逃した者たちの行きつく場所が私の元です。墓場、とまで呼ばれているらしいですよ。笑えますよね」


「しかしライアは本当に優しいな」


 本当に、優しい。

 きっと無視されようとも、黙って耐えているのだろう。

 私の知る権力者とは大違いだ。


「スティさん……今の話でどうしてそうなるんですか」


 口をヘの字に曲げて、怪訝そうにそう言うライア。

「きっと、身分など気にしない対等な友人と出会うことさえできれば、すぐに気づくさ」


 この少女が、そんな友好を築くことができることを、切に願おう。


「……そんな人、いないですよ。さて、話過ぎました。トレーニングの時間、ですよね?」


 

 最近では習慣となったのか、ライアは自ら進んで運動するようになった。

 気晴らしにもちょうどいいし、科学的にも筋トレは脳の海馬も鍛えられ、「学び」に良い影響を及ぼすことも知られている。


「いいぞライア。前向きこそ最高のプロテインだ。まだ身体を徐々に作っている段階だからな、また体幹を鍛えていこう」


 本を閉じ、机といすを部屋の端まで移動させると、ライアは慣れた様子でマットを取り出した。


「今日のメニューはダイアゴナルだ。やり方はおぼえているな」

「はい、もちろんです」


 ダイアゴナルは四つん這いの姿勢から左右逆の手足を伸ばし、キープする体幹トレーニングだ。

 簡単そうに見えるが、正しく美しい姿勢でないと効果が半減するため、私が時折サポートしている。

 

 ダイアゴナルはインナーマッスルを鍛えることができ、体型改善や血流促進につながり、太りにくい体質にもなる素晴らしいトレーニングだ。

 また筋肉量がまだ多くないライアもできる、初心者にもおススメのメニューでもある。


「……っ」


 ものの数分で汗まみれになるライア。

 

 でもいいんだ。

 

 汗をかくということは、基礎代謝がいいという証拠でもある。


 またライアは体温も高いのか、いつも運動すると熱波のようなものを発しサウナのような蒸気を生み出すことさえある。

 この代謝の良さ、やはりライアは才能の塊だ。

 


 ――ガチャン。


 何かが落ちる音が聞こえたのは、私もライアも集中しきっていた時だった。



「お、王女殿下……? ???」



 何やってるんだこの子は、と言わんばかり困惑の表情で固まるメイド服の少女。


 ライアもすぐに我に返り、赤面したまま硬直してしまう。

 

 灰色の髪に、灰色の瞳を持つライアより少し年上に見えるメイドは、ライアが動かないためか変わらず微動だにしなかった。

 まったく動かず見つめあう二人。この小さな部屋が一瞬で混沌としてしまった。




 ……ただ、ライアは過去一番でダイアゴナルを美しい姿勢でキープすることができていた。

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